第8話 灯の下で
日が沈み、港祭りは夜の顔を見せ始めた。
提灯の赤と金が石畳に揺れ、屋台の香りが潮風に溶ける。
太鼓の音は昼よりも低く、海の鼓動みたいに胸に響いた。
波間茶房の前でも、人の流れは絶えない。
“港蜜コーヒー”の甘い香りが客を呼び、笑い声が途切れない。
そんな中、リーナが静かに隣に立った。
「……祭りの夜って、特別ですね」
横顔が提灯の灯に照らされ、頬が柔らかく赤く染まっている。
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その時、港の端にある灯台が、一瞬だけ強く光った。
視線を向けると、あの白い外套の老婆が階段の上からこちらを見ていた。
——呼ばれている。
なぜか確信できた。
「ちょっと、灯台まで行ってくる」
「えっ、今ですか? ……じゃあ私も」
リーナはエプロンを脱ぎ捨て、軽い足取りでついてくる。
祭りの喧騒を背に、二人で港沿いを歩く。波は夜光虫をまとい、足元で淡く光った。
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灯台の中は静かだった。
最上階で老婆が待っていた。
「潮紋の者よ、港は岐路に立っている」
老婆の目が、深い海の底のように揺れる。
「お前はこの港に“居場所”をつくる者。だが——もう一人は、“奪う者”だ」
脳裏にバルドの姿がよぎった。
老婆は俺の手首に触れる。
潮紋が熱を帯び、青い光が部屋を満たす。
その光の中で、一瞬だけ、港のカフェで笑うリーナの姿が見えた。
——だが、その背後に広がる海は、荒れ狂っていた。
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灯台を出ると、祭りの音が再び耳に戻ってきた。
リーナが心配そうに覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「……ああ。ただ、港がもうすぐ大きく揺れる気がする」
そう答えると、彼女は小さく頷いた。
遠くで花火が上がり、光が夜空に散った。
俺たちはしばらく無言でその光を見上げていた。