第7話 港祭り、灯と影
港町の朝が、花火の音で割れた。
空はまだ薄青いのに、朱と金の紙吹雪が潮風に舞い、帆船のマストには色とりどりの旗がはためく。
魚の香りと、甘い蜜菓子の匂いが混ざり合い、どこからか太鼓と笛の音が響いてくる。
——港祭りの日が始まった。
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波間茶房の前にも、祭り仕様の装飾を施した。
リーナが花を編み込んだリースを扉に掛け、カウンターには柑橘の籠を山盛りにする。
「今日は、この街の誰よりもいい香りのコーヒーを淹れましょう」
彼女が笑うと、店の中まで明るくなる気がした。
午前は順調だった。
“潮灯コーヒー”を求めて、漁師、旅人、子ども連れがひっきりなしに訪れる。
だが、昼を回った頃——
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港の中央広場から、人の波が押し寄せてきた。
視線の先には、黒潮珈琲館の巨大な天幕。
その下では、銀色の機械が蒸気を吐き、豆を一度に何十杯分も抽出している。
「これぞ港初、“蒸気圧魔導エスプレッソ”だ!」
バルドの声が広場に響き渡る。香ばしい香りが風に乗り、観客の歓声が一層大きくなる。
客足が一気に黒潮へ流れ、波間茶房の前は潮が引いたように静まり返った。
リーナが不安そうにこちらを見る。
——これは正面からぶつけるしかない。
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「リーナ、祭り用の樽、持ってきて!」
彼女が奥から引きずってきたのは、氷と塩で冷やしたガラス樽。
中には、朝から仕込んでいた“港蜜コーヒー”——港の蜂蜜と海塩を合わせた特製ドリンクだ。
樽ごと店先に運び、柄杓で注ぎ分ける。
太陽の光を受けた琥珀色の液体がキラリと輝き、客の足が少しずつ戻ってくる。
ひと口飲んだ子どもが「甘いのに海の味がする!」と叫び、その声が波のように広がった。
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午後、港全体が音楽と香りで満ちる中、広場の真ん中でバルドと目が合った。
彼はグラスを掲げ、口の端をわずかに上げる。
——これはまだ、前哨戦だ。
潮紋が袖の奥で熱く脈打ち、灯台の方角に視線が引き寄せられる。
港祭りの夜は、まだこれからだった。