第6話 港町の午后、パンとコーヒー
港は珍しく風が穏やかだった。
朝からリーナが「今日はパン焼きすぎちゃって」と笑いながらカゴを抱えてやって来た。
「もしよかったら、これでサンドイッチ作りませんか?」
彼女の提案に頷くと、カフェの奥が急に台所みたいな空気になる。
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切り立てのパンに、港の市場で仕入れたハーブチキンと野菜を挟む。
コーヒーは浅煎りの豆を使い、柔らかな酸味を残す。
「こうやって一緒に作るの、なんだか家みたいですね」
リーナが屈託なく笑い、俺は包丁を持ったまま返事が遅れる。
その一瞬を誤魔化すように、コーヒーを注ぎながら言った。
「港の灯は、人が集まってこそ灯るんだよ」
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昼下がり、常連になりつつある漁師のタロ爺がやってくる。
「お、今日は飯も出すのかい」
タロ爺はコーヒーとサンドイッチを頬張りながら、「こういう港の昼飯、久しぶりだ」と呟いた。
店の外では、子どもたちがカモメを追いかけ、どこからか祭りの準備らしい太鼓の音が聞こえる。
——港祭りまであと三日。
黒潮珈琲館も当然仕掛けてくるだろうが、この穏やかな時間が、何よりの力になる気がした。
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閉店後、リーナが残ったパンを包んで手渡してくれた。
「祭りの日は、お店、どんな風にするんですか?」
「……まだ秘密。でも、驚かせるよ」
そう言うと、彼女は少しだけ頬を赤くして「楽しみにしてます」と答えた。
港の空は茜色に染まり、潮紋が袖の下で静かに熱を帯びる。
嵐の前の、穏やかな午後だった。