表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

第4話 灯台の間(あわい)で



 港町の夜は、潮と焙煎の香りが混ざり合う。

 改装作業を終えて、シャッター代わりの木戸を下ろそうとした時、ポケットの中の紙切れが指先に触れた。

《灯台へ。潮紋の者へ》


 灯台までは港沿いを歩いて十五分。月は半分欠け、波に溶けた光が道を照らしている。

 途中、向かいのパン屋のドアが開き、リーナが顔を出した。

「こんな時間にお出かけですか?」

 小麦粉で白くなった頬が月明かりに溶けて、なんだか柔らかい。


「ちょっと灯台まで。……一緒に行く?」

「もちろん!」

 即答だった。エプロンを外すと、麦わら帽子の影が消えて、彼女の目がまっすぐこちらを見た。



 灯台の根元に着くと、波の音が低く響いていた。扉は重く、錆びた取っ手を押すと、冷たい潮風が中へ滑り込む。

 螺旋階段を上る間、足音と心臓の音だけが響く。


 最上階。

 そこには、ひとりの老婆がいた。背は曲がり、白い外套の裾が床に広がっている。

「……潮紋の者、よう来た」

 老婆の目は、海そのもののように深く、揺れていた。


「どうして俺が呼ばれたんですか」

 言葉は自然に出た。

「港の灯は、迷った魂を招く。お前は“帰り道を探す者”……だが同時に、“居場所を探す者”でもある」

 老婆はそう言って、俺の手首の潮紋に指先を触れた。

 ——瞬間、目の前が開ける。



 青と金の光が混ざる海。

 そこには、カフェのカウンターがあった。見覚えのあるメニュー表、見慣れた常連の笑顔——だが、奥の席に一人、顔の見えない客が座っている。

 その客の前には、コーヒーではなく、波が静かにたたずんでいた。


「いずれ、その客はお前の前に現れる。その時、お前の灯が試される」

 老婆の声が遠くなり、光景は潮にさらわれるように消えた。



「……たくまるさん?」

 気がつくと、リーナが心配そうに覗き込んでいた。灯台の窓からは港町の灯りが宝石みたいに瞬いている。

「何か、見えたんですか?」

「……さぁ。でも、ここに来てよかった気がする」

 それだけ答えると、リーナは微笑んで、「帰りにパン、持って帰ってくださいね」と言った。


 港を下る帰り道、風が少しだけ温かかった。

 ポケットの中の紙切れは消えていて、代わりに潮紋がほんのり赤く光っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ