第16話 港を照らす一杯
港広場は朝から人で溢れていた。
昨日の中断を受け、港中の視線は波間茶房と黒潮珈琲館のブースに集中している。
太鼓の音が遠くで鳴り、潮風が舞台の幕を揺らす。
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決勝種目は「港の未来を示す一杯」。
——未来。
俺はカウンターに並べた三種類の豆を見つめる。
港の市場で手に入れた、潮風で乾かした浅煎り豆。
灯台の老婆が託してくれた、柑橘の香りを含む深煎り豆。
そして、昨夜の潮喰を退けた焙煎豆——潮の香りを宿した特別なロット。
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「リーナ、蜂蜜と柑橘の皮、頼む」
「はい!」
リーナが小走りで材料を持ってくる。
俺は三種の豆をそれぞれ粗挽きにし、透明なグラスの中で層にした。
熱湯を落とすと、香りがふわりと混ざり合い、潮風と柑橘の甘みが立ち上る。
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さらに、港の岩塩をほんのひとつまみ。
塩は甘みを引き立て、海の記憶を閉じ込める。
最後に、表面に薄く泡立てた蜂蜜ミルクを重ね、金色の層を作る。
「——これが“灯ブレンド”。港を照らす一杯だ」
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審査員がカップを口に運ぶ。
最初に感じるのは柑橘の爽やかさ、次に深煎りのコク、最後に蜂蜜の甘みが長く残る。
飲み終えた老漁師が目を細めて言った。
「……港の朝そのものだな」
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一方、バルドは黒潮の名にふさわしい漆黒の一杯を淹れていた。
海藻とスパイスの香りが、潮風に乗って広場を包む。
観客は半分がこちら、半分が彼の一杯に心を奪われている。
——この勝負、まだどちらに転ぶか分からない。
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結果発表を前に、港の沖で再び波が盛り上がった。
潮喰か、それとも——。