第15話 潮を裂く灯
黒い影——潮喰は、港の方へゆっくりと迫っていた。
水面が異様に盛り上がり、波の下に無数の目が瞬いているように見える。
リーナが握る貝殻の光が、潮紋と同じリズムで脈打っていた。
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「潮紋の光を港に向けろ!」
バルドの声が夜風に乗る。
言われるままに、俺はリーナの手を取り、港に向けて貝殻を掲げた。
光はひと筋の帯となり、海面を照らす。
その瞬間、潮喰の動きが一瞬止まる——だがすぐに、渦を巻きながら突進してきた。
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灯台の老婆が低く呟いた。
「豆だ、潮の香りを持つ豆を焙て」
意味は分からない。だが、港祭り用に残しておいた浅煎り豆を取り出し、
その場で手回し焙煎器を回す。
香ばしい香りと柑橘の甘みが夜風に混ざり、港全体に広がった。
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潮喰は渦を解き、まるで匂いに引かれるように沖へ向かっていく。
最後に水面から覗いた影が、こちらを振り返った気がした。
やがて海は静まり、波だけが残った。
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「……退けたな」
バルドが短く言った。
「だが、あれはまた来る。次はもっと深く」
そう言い残し、闇の中に消えていった。
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港が再び静かになると、リーナが小さく息をついた。
「たくまるさん……明日、品評会、勝ちましょう」
その言葉に、潮紋が袖の奥で温かく脈を打った。
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夜明け前、灯台から港を見下ろすと、朝焼けの海が金色に輝いていた。
——今日は港市珈琲品評会、決着の日だ。