第13話 灯台の脈
夜の港は、潮騒と提灯の灯りだけが生きていた。
昼間の品評会が中断されたざわめきは、まだ町のあちこちに残っている。
灯台は港の端で、心臓のように光を脈打っていた。
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「……行きましょう」
リーナの声は小さいけれど、迷いがなかった。
港沿いを歩く足元で、夜光虫が波間を青く染める。
途中、漁師たちが不安げにこちらを見ては、何も言わずに道をあけた。
港全体が、灯台を怖れているようだった。
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灯台の扉を押すと、冷たい潮風が流れ込んだ。
螺旋階段を上る途中、潮紋が熱くなり、足が勝手に速まる。
最上階には、あの白い外套の老婆が待っていた。
「潮紋の者よ。……海が呼んでいる」
老婆は、リーナをじっと見つめた。
「そして——海はお前も呼んでいる、パン屋の娘」
リーナが驚いて俺を見る。
「私が……?」
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老婆は小さな貝殻を差し出した。
それは渦を巻く形で、潮紋とよく似ている。
「二つが揃えば、港の“灯”を守ることができる。だが、奪われれば——」
言葉の途中で、灯台が大きく揺れた。
外を見ると、港の沖合に黒い影が浮かんでいる。波の中で形を変えながら、こちらをじっと見ているようだった。
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「潮が変わるぞ……急げ」
老婆の声が低く響く。
リーナの手に渡された貝殻が、淡く光り始めた。
俺の潮紋も、それに応えるように青く脈打つ。
港の夜が、静かに色を変え始めていた。