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落ちぶれた令嬢の日常に咲くハナシノブの花

 庭の噴水に向かってコツコツと歩く。エメラルドグリーンのような薄い緑色のような水色で飾り気のないワンピースのスカートをひらひらと揺らしながらアリアーヌは表情を一切作らずに歩いている。


 噴水の水は出ておらず、飾り気のないその置き物がただ外に置かれている。辺りを見回してみると、庭の噴水の隣にある一面を埋め尽くす紫色の小さい花々が地面に咲いている。


 さりげなく咲いているその紫色の花々を見て、その紫色が示す華やかさよりも孤独さや冷たさの方がすぐに感じ取れる。


「この花が気になるのですか?」


 その花にジョウロで水をやっていた黒い服に白いエプロンのメイド服を着た黒髪を一つにお団子に結んだ侍女の女の人は軽く微笑んでアリアーヌに声を掛ける。


「何という花? これは」

「これは、ハナシノブという花です。花言葉は確か……お待ちしています、と、落ちぶれるという意味で……あとは愛を持っていますという意味もあるんですよ」

「そう。花言葉といえども、いい意味ばかりではないのね」


 他に気品のある白い百合や美しく可憐な赤い薔薇や陽気なマリーゴールドなどの花はなく、小さく静かに一面をただ冷たい紫色で覆う花々だけが何もない草が生えた庭の一面に咲いていた。


 家の外の入り口、門の扉の隣にあるレンガでできた塀は、もう古くなっており、手入れが行き届いていない。アリアーヌはふっ……とため息を漏らすように、門の扉を眺めて、家の方に振り返り、家の玄関の方に歩き出した。


 家の中に敷かれた赤い貴族の家ではよく見られる絨毯は以前なら埃ひとつなくピカピカだったのに、掃除が行き届いておらず、埃がある。ここの使用人は、さっきアリアーヌと話していた侍女ともう1人の下働きの2人しかもういない。玄関から入ってきたアリアーヌにもう1人の下働きの女が駆け寄ってきて声を掛ける。


「アリアーヌ様! 昼食の時間です」


 メイド服を着た茶色いショートヘアーの下働きの女に声を掛けられ、アリアーヌは一緒に昼食を食べる食堂へと向かった。


 食堂には、椅子はぽつんと3脚しか置かれていない。高価な家具は売却され、この食堂の椅子も売却されてしまった。アリアーヌは、椅子に座って、目の前に置かれた一つの皿を見る。


「本日は豆のスープです」

「はっ……せめて、かぼちゃと豆のスープぐらいにしたいものね」

「も、申し訳ありません」


 質素な食事にはもう慣れた。この生活になってからもう2年くらいにはなる。以前のような、高級な肉や魚、豪華な果物はもう食事には出てこない。出てくるのは、こう言った豆だけが入ったスープや一切れのパンだけ。


「アリアーヌ様、先に食事をとってください。私はキッチンの掃除を少ししてきます」

「いいの。寂しいから隣で食べて。ユスティーナ」


 以前なら、アリアーヌは決して寂しいなんて言葉は口にしなかった。冷徹で頭の良いが、なかなか人に心を開かない氷の女王の様だったアリアーヌ。


 侍女のアヴェリナや使用人のユスティーナには、僅かながら心を開いたり子供の様に微笑んだりすることがあったくらいだったが、今ではこんな風に人懐こく振る舞うようになった。


「アヴェリナも戻ってきたの。一緒に食べましょう」


 外で花に水をやっていた侍女のアヴェリナも食堂に戻ってきており、アリアーヌが声を掛けて、3人で食事をとることになった。


 わずかにキラキラと輝いているものがそこにはあった。アリアーヌの背中まである長くてさらさらとした金髪。群青色の高価な宝石を思わせるような、まっすぐとした瞳。


「ご飯を食べたら、お父様の所へ行ってくるわ」


 アリアーヌはそう言って、豆のスープを5分もかからないうちに食べきり、食堂から出た。3階にある主寝室。そこにアリアーヌの父親がいる。ドアを開けるとそこには、寝込んだ父親の姿があった。


「お父様……」

「アリアーヌ……。やっとアリアーヌを助けてくれる存在を見つけた」

「私を助けてくれる存在って?」

「いつ言おうか悩んでいたが、政略結婚の話が出てきている。詳しい話を侍女アヴェリナから聞いてくれ。先にアヴェリナには話してあったが、なかなかアリアーヌ本人に言い出せなかった」

「せ、政略結婚?」


 アリアーヌ・エルドリアは、貴族界でも高い地位にあった有名な貴族エルドリア家の令嬢だ。しかし、父親であるセヴェリノ・エルドリアは、経済や政治には疎く、貴族界では甘い性格だった。


 聡明で経済的な実務能力に長けていた母親のミシリア・エルドリアは、病気でアリアーヌが8歳の頃に若くして亡くなった。ミシリアは28歳だった。


 それから、アリアーヌは、家の財政状況の厳しさを目の当たりにした。セヴェリノが苦悩する姿をよく見ており、そして、母親が自身が子供の頃に亡くなったことで、自分がしっかりしなければという責任感を人一倍持つようになり、冷徹になった。


 母親が亡くなった分、父親を支えようと幼い頃から経済や政治の勉強に勤しんだ。しかし、父親であるセヴェリノは、帝都の金融業者が持ちかけた詐欺的な話に乗ってしまった。


 また、貴族界で中立的な立場を保とうとするも、それが裏目に出てしまい、あらゆる貴族から警戒された。そして、気候変動による農作物の収穫の減少。


 母親の死、詐欺的な話、貴族との間柄、収穫の減少。そう言ったことが重なり、エルドリア家の財政は破綻し没落してしまうことになった。セヴェリノは精神的なダメージを受け、体調を崩して寝込んでいる。そこで、現在出てきた話が政略結婚ということで、アリアーヌは驚いていたのだ。

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