第二部 第三章 後章1
静かだ。
戦っているというのに、心が酷く安定している。
「ほらほら、これならどうだ!」
泗水は指先からウォーターカッターのような水を出し、易々と山を切り刻む。だが、修多羅はそれを全て紙一重でよけ、未だ傷一つついていない。
「避けるだけか?もしかしたら持久戦を期待してんのか?やめとけ、俺に消耗なんて存在しない。俺の異能は周囲の水分を勝手に吸収して、放つ技だ。つまり、海の近くなら無尽蔵という訳だ!」
私はワンとの戦いの中で、異能を覚醒させることはできない。その感覚を指先でも感じることはできなかったし、この戦いでも覚醒させることはできないだろう。
なぜなら、命をかけるほどの戦いにならないとそう確信できる。
「死ね!」
宝石を砕く水の刃が、修多羅の着地の瞬間を狙って一直線に襲いかかる。だが、修多羅はそれを見ることしかせず、無抵抗に受け止めようとする。
「は!死を悟ったか!」
ガギィン!
水流は修多羅の皮膚を貫くことはできず、痣すら作ることもできなかった。
「少しかゆい程度ね」
修多羅はワンとの修練により、《修羅》のポテンシャルを六割を引き出すに至り、肉体硬度は凛の盾すらも凌駕し始めていた
「馬鹿な!俺の異能で貫けないだと!?」
「曲芸に長々と付き合うつもりはなくてね、さっさと終わらせるわよ!」
地面を勢いよく踏み砕き、泗水へと修多羅は飛ぶ。
「調子乗ってんじゃねぇ、これならどうだ!」
周囲の水を勢いよく両手に集め、修多羅に極太のレーザーを放つ。
「ハハッ!さっきのやつよりも強力なやつだ!避けようがねぇだろうが!」
「やっぱり曲芸ね」
修多羅の異様な冷静さが"道"を捉える。
確実な勝利への道を。
修多羅は全身を捻りながら拳を水流の中心へと捩じ込む。
「はぁ!」
気合いとともに入れられた回転は水流を喰らうように侵食し、周囲に霧散させる。
「く、来るな!化物!」
泗水は味わったことのない展開に驚きを隠すことができず、修多羅に連射する。だが、悉く修多羅の皮膚に弾かれる。
「非天無獄流奥義」
手を手刀に変え、腕の硬度は跳ね上がり、両腕は刀へと変わる。
「十握剣」
その声ともに、空中にいた修多羅は姿をブラしながら消える。
「ど、どこだ!」
「ここよ」
懐から出現した修多羅は両腕を荒々しく振り抜く。一太刀、一太刀、音速をも超える速度で斬りつける。
「…ばがなぁ」
「止めよ」
心臓を貫いた瞬間、泗水の体に九つの切り傷が現れ、傷が開くとともに泗水はバラバラになる。
「まだまだね」
強くなった今、まだ天井に余裕があることがわかる。だが、この天井の"高さ"を十分に発揮できるかわからない。
「凛はどうしているだろうか」
家を出て行く時、気配が二つあった。
一つは泗水、もう一人はおそらく凛が戦っているはず。
ザー、ザー。
「泗水!そっちはどう?」
懐にあるトランシーバーから、助けを求める声が聞こえる。
ゆっくりとトランシーバーを掴み取り、ボタンを押す。
「泗水は倒したわよ、大人しく凛に倒されるのね」
「そう、この女のあとーー」
周波数を変え、相手の声をシャットアウトする。ぽいとその辺に投げ捨ててから、あらためて死体を見やる。
「…言葉ならこうするわよね」
そう思い、九分割した泗水を拾い上げ、近くに穴を堀り始める。
泗水の墓を作るために。