第二部 第三章 中章 1
今日は修多羅との待ち合わせの他に、もう一つの待ち合わせがある。
半分ドタキャンするつもりだったが、修多羅との話し合いが上手くいかなかった以上、そこに行く事にした。
指定されたマンションへと入り、教えてもらった番号を入力し、中へと入る。二十五階という高さをエレベーターで登り、目の前の部屋の扉を開く。
「古閑、だったか?」
「はい。ようこそ、乙金雄也様」
古閑はゆっくりと頭を下げる。
ホテルのコンシェルジュのように丁寧に。
「私どもの招待を受けてくださり、誠にありがとうございます」
「…あぁ」
英雄信仰教会。
教義も、信仰も、何もかも理解できないが、何がなんでも言葉を復活させようとするはずだ。
「あなたも、言葉様を崇めて…」
「違う。俺はあいつが復活しないと困る」
復活してもらわないと困る。
でなければ、俺はどこにもいられない。
「成程…不知火様は帰ってきませんし…どうでしょう、ここは思い出話をしてみるというのは」
「俺は情報屋だぜ?そう易々と話すかよ」
「だったら、情報を取引するならまず信用が必要でしょ?」
「…わかった。出自が一緒なんだ。俺らは施設育ちなんだよ」
「施設?孤児だったのですか?」
「…まぁ、そんなもんだよ」
孤児…、であることは間違いない。
広義的に言えば…、だが。
「所謂幼馴染みたいなものですね」
「少し違うがな、まぁそんなもんだ」
「へー、羨ましいですねぇ。言葉様と幼馴染なんて」
「まぁ、俺は吐いた言葉の責任をとってもらいたいだけだがな」
救うと言った以上、責任をとってもらわなきゃ行けない。
それが、たとえ言った"本人"ではなくても。
発した口は"同じ"なのだから。
「面白そうな話をしているわね」
バリン!
窓を蹴破りながら、不知火が部屋へと侵入する。
まるで、人型の竜のような姿だ。
「あなたが乙金雄也さんですか?言葉様の知り合いの」
「そうだ、招待したのはそっちだろ」
傷一つついてないか…、どうやら修多羅たちを一方的に倒せる異能者か。
「お帰りなさい、不知火様」
「服がちぎれた…、古閑、代わりの服を用意してくれる?」
「了解致しました」
近くにあったソファにどっかりと座り、異能の解除を行う。生えていたものは全てなくなった後、彼女は全裸を晒す。
「…露出趣味か?そういうのは勘弁願いたいんだがな」
乙金は一瞬だけ視線を落とし、それから舌打ちして顔を背けた。
「あなたに見せてないわよ、言葉様に純潔であることを見せているのよ。穢れのない体というのは、神に使えるには必要な要素でしょ?」
「お前みたいな奴は趣味じゃないと思うけどな」
「頭ピンクなのも大概にしなさいよ、私の思想にそんな邪な感情はない」
そんな言い合いをしている最中に、音もなく古閑が後ろから不知火に服を着せる。
「信仰も大切ですが、お体を痛めては言葉様が悲しみますよ」
「そうね、ありがとう」
不知火は上着へと袖を通し、ソファに足を組み替えながら座り直す。
「んで、殲滅会からこちらに寝返るってことでいいの?」
「勘違いしてんじゃねぇよ、利害が一致しているだけだ。俺は言葉の場所を割り出し、お前らは実働部隊として働く。そして、言葉を復活させる。それで終いだ」
「終いね…、つれないこと言うじゃない」
「ビジネスライクって奴だよ」
黒いイヤホンを指で弾き、不知火へと渡す。
「これは?」
「俺に直通するイヤホンだ。一日だけ時間をもらうぞ、個人の特定にはそれなりの準備ってやつが必要だからな」
「あぁ、それは専門家のあなたに任せるわ」
不知火の言葉を半分聞き流しながら、雄也は背を向ける。
「あ、俺が探すんだ。お前らがやっている異能狩りはやめろ。俺は騒がしいのは嫌いんなんだ」
「あら、人聞きの悪い。私はただ、専用サイトを作って、標的を指名手配しただけ。騒いでいるのは大衆が望んだことよ」
「…そうか。止められないならいいんだよ、その程度人間ってわけだ」
「煽っても無駄よ、私はこの儀式を止める気はないわ」
「…まぁいい、それじゃあな」
雄也はそのまま歩き、部屋を後にする。
「まさか、我々が異能狩りやっていたことがバレていたとは」
「知っていないと、情報屋を名乗れないでしょ。まぁ、わかっていて協力するのは不思議であるけど」
古閑に櫛で髪を解かれながら、不知火は思考を巡らせる。
やがてそれにも飽き、天井を仰ぎ見る。
「まぁいいわ、とりあえず味方に引き入れただけでも御の字としましょう」
「そうですね」
二人は歪な笑みを浮かべながら、割れた窓の外を見る。
「さて、言葉様が降臨するもの、お掃除と行こうじゃない。来なさい」
パンパンと不知火が手鳴らすと、部屋の奥から四人の人影が姿を表す。
「お呼びですか、不知火様」
男の一人が前に出て、不知火の前にかしづく。
「ええ、あなた達は異能者として、一般人を殺してきなさい。古閑、あなたはこいつら以外の異能者を大勢の前で殺しなさい」
「…成程、さすがです不知火様」
古閑は冷酷な笑みを浮かべながら、不知火の意図を察する。
「恐れながら、私にわかるように説明してくだされば」
男は頭を伏せながら、不知火に意図を聞き返す。
「虐殺よ。人間と異能者の。異能者は言葉様が神であるために不要な存在で、ここの人間は言葉様を犠牲にした愚かな劣等種よ。せいぜい無様に殺しあって、死んでもらおうじゃないの」
不知火は興奮のあまり上着を脱ぎ捨てる。
壊れた窓へと近づき、街を見下す。
「さて、第二段階よ。全ては言葉様のために!」
不知火は狂笑する。
言葉の復活と、新たな創世に身を震わせながら。その声は夜空へ響き、暗雲を引き寄せた。