第二部 第三章 前章2
不知火は椅子へと腰を押しつかせ、乱れた髪を櫛で整えている。
「悠長ね…、何のつもり?」
二人して目の前の不知火を睨め付け、異能を発動させる。
不知火はそんな二人を見やり、両手をひらひらと返す。
「やめてよ、戦う気はないわ。言ったでしょ?女子会をしましょうって」
「私たちに、あなたと話すことなんてないよ」
「私はあるのよ。少なくとも、情報屋とやらが気を使って紙に書いていた事を、あなた達が周囲の確認もせず話していた事にね」
「「…ッ!」」
「私たちにとって、歴木言葉は英雄ではなく、もはや神と呼ぶべき現人神。そんな人が復活するなんて、歴史で言えばキリストが復活するようなものだわ」
恍惚な表情を浮かべながら、不知火は天を仰ぎ見る。
「ねぇ、組みましょうよ。あなた達も言葉様に会いたいでしょ?会いたいに決まってるわよね?」
会話を聞かれてしまったことは、私の落ち度であることは理解した。だがーーー。
「さっきの会話を聞いて、それを言っているのなら、私を、私たちを侮辱してるのよね?」
さっき雄也は私をわかりやすくなったと言っていた。なら、私は今どんな表情をしているんだろうか。
「侮辱?とんでもない。同じ女として、好きな男に会いたいかと聞いてるのよ」
「会いたいに決まってるよ。でも、それはあなたには一切の関係がない。さらにいうと、あなたのような人間を言ちゃんの視界に入れたくもない」
後ろから空気が軋むような音がして、私は凛の怒気を感じ取った。皮膚が逆立つほどの圧力だ。
どうやら、私よりも凛が怒っているみたいだ。
「はぁ、餓鬼ね。どんなやり方だろうと、どんな手段だろうと、結果が大事でしょ?この状況では、『英雄』歴木言葉様がいないと成立しないのよ。植物に光合成が必要で、その光合成には太陽が必要。人間も太陽に適応して、その生活サイクルで生きている。何が言いたいかというとね、言葉様は太陽なのよ。この世界にいないといけない存在で、私たちが生きるために必要な人。この状況下で、言葉様を復活させるのは当たり前で、その手伝いをできるのは当然だと思うべきじゃない?」
「話にならない」
我慢できず、修多羅はテーブルに八つ当たりをする。その八つ当たりは強烈であり、テーブルは粉々になった。
「それがダメだと言っているのよ。やるわよ凛、こいつは私たちを怒らせた」
「もちろん」
「交渉決裂ね。まぁいいわ、これを機に実力を推し量らせてもらーー」
修多羅は怒りのままに、不知火の顔面へと拳を振りかぶる。拳には異能が乗っており、派手に吹っ飛んだ不知火は後ろの建物へと激突した。
「いきなり顔面ね…、全く乙女に何してくれてんのよ」
傷が一つもついていない。
防御できる時間なんて、与えなかったというのに。
「まだ綺麗な顔をしているのね」
「そうよ、防御したんだから」
「推し量るんでしょ?とっととかかってこい」
「そうさせてもらうわ」
不知火は屈伸をした後、軽やかに飛ぶ。その瞬間、修多羅の目の前へと出現する。
「な…」
「危ない、砕ちゃん!」
盾を構えた凛が咄嗟に間に割って入る。
「これはどう?」
繰り出された蹴りの威力は凄まじく、盾ごと凛を吹っ飛ばす。さらに、体を捻って一回転した後、修多羅に回し蹴りを繰り出す。
「…ッ!」
修多羅も防御をしたが、その威力に踏ん張ることはできず、後ろの建物へと激突する。
「推し量ることもできないじゃない。そんなことじゃ、私を倒せないわよ」
二人は地面を蹴り、不知火へと攻撃する。
凛は槍を投げ、修多羅は蹴りを繰り出す。
「遅いわよ」
槍を易々と蹴散らし、修多羅の蹴りに寸分違わず合わせる。
「な!?」
「言っておくけど、あなたを超える拳法家なんて、裏にいくらでもいるのよ!」
滑り込むように修多羅の懐へと移動し、足で顎を蹴り上げ、蹴り上げた足で深く踏み込み、鉄山靠で修多羅を吹き飛ばす。
「このままじゃ相手にはならないけど、異能を発動しないままなんてつまらないわね。せっかくだから、見せてあげるわ」
そういうと、不知火の体が突然膨れ上がる。膨れ上がった場所に翼、角、尻尾が生え、全身は鱗で覆われる。
それはまるで、おとぎ話に出てくる竜が人の形をしているようだった。
「私の異能は《変身》。今回は竜になってみたけど、…どう?似合うしかしら?」
「…ッ!」
凛はその変化に対して、矛盾を発動させる。
「矛盾が効かない!?」
「効くわけないじゃない。あなたの矛盾は所詮あり得ない事象に適用される。だけど、あなたは異能者なのよ?人が化物になれる事を知っているのに、それを矛盾しているなんて思えるわけないじゃない」
たった数回だが、拳を交わしただけでわかってしまった。
強い、それも圧倒的に。
異能者としても、拳法家としても。
「…ッ!非天無獄流・破岩一掌!」
非天無獄流の中で最速の一手。
だが、不知火はそれを半身を逸らすだけで避ける。
「だから、遅いって言ってるでしょ」
一本背負いの要領で軽々と投げ飛ばされる。
だが、修多羅もそのままではなく、体を捻って体勢を整えて、再び襲いかかる。
「非天無獄流・六昆星乘!」
「あなた真面目ちゃん?型通りなんて、どこに当てにこようとしてるかわかるじゃない」
喋りながら軽々と交わし、修多羅の首に踵落としを入れる。
「ガ…」
あまりの衝撃に耐えきれず、そのまま修多羅は意識を失う。
「砕ちゃん!」
槍を拾い上げた凛が駆け寄り、修多羅を庇うように立つ。
「その程度じゃ言葉様の隣に並ぶに値しないわよ。そんなことじゃ、世界は滅ぶわね」
不知火は体を翻し、背を向ける。
「言葉様の情報は手に入ったし、あなたたちの力量はわかったから、もう要はないわ。そこで傷でも舐め合いなさい」
「この!」
最後の抵抗に、槍を投げる。
だが、軽々と受け止められ、凛の鳩尾に不知火の蹴りが入る。
「…アガ」
「無駄なことはよしなさい。全く、これじゃ変身した意味ないじゃない」
「待て…」
凛は懇願するように必死に手を伸ばす。
だが、その手は届かず、ばたりとそのまま倒れ伏した。