第二部 第三章 前章1
「言葉を生け取りか…」
廻栖野を殲滅会に連れて行った後、情報を素直に吐き出してくれた。凛にかなりビビっていた…というよりも、トラウマに近い恐慌状態だった。全く、何をやらかしたのやら。
「…暑い」
6月だというのに、最高気温は30度を超えている。異常気象と言っているが、いつまで続くのかと呆れるばかりだ。
そんな中、今日は待ち合わせをしなきゃいけない。昨夜、突然メッセージアプリに集合場所と時間だけを送ってこられた。普通ならイタズラだと思いこないが、差出人が乙金雄也という名前さえなければ。
彼はどうやら殲滅会に情報屋として協力しており、凄腕であると火憐さんが言っていた。
「あ、美味しい」
駅前のカフェに外付けされているテーブルで、一人暑さに耐えながらコーヒーを飲む。星華さんが淹れるコーヒーに比べるべくもない。だが、専門店とチェーン店を比べる方が酷というものか。
「待たせたか?」
「…あなたが乙金雄也?」
「そうだ、期待はずれだったか?」
「いや、意外だった」
情報屋というのは聞こえは悪いが、影に生きるもので、あまりにいいイメージを持っていなかった。それに、仕事をしているのだから歳をとっているイメージだったが、私と同じ高校生ぐらいだ。
「あぁ、高校生だぞ。心を読めるわけじゃないからな、そういう顔しかしてなかったからだ」
「…そう」
意外すぎて、顔に出してしまっていたらしい。
「こんなこと言うのも変だが、表情豊かになったな。豊かになったと言うか、"わかりやすくなった"と言うのが正しいか?」
「わかりやすくなった?」
「今もそうだが、感情が表情に出てんだよ。昔はそうじゃなかったじゃないか」
「昔って、なんでわたしの過去を知ってるのよ」
「ん?情報屋だからだよ」
「…それ、全部の理由づけにしているわけじゃないよね?」
情報屋とは全員こうなのか。
個人情報を暴いておいて、それが当たり前だと言わんばかりだ。頭が痛い。
「んで、私に何の用よ」
「何って、顔を合わせだろ?簡単な」
そう言いながら、雄也は懐から紙を取り出し、スラスラとボールペンで字を書く。
「新進気鋭の新人に、先輩からアドバイスをしてやろうってのに、そんな態度でいいのかな?」
雄也は飄々と言葉を紡ぐ。
だが、私の耳にその声は届かなかった。
もちろん、言葉のどうでもよさとかではなく、紙に書かれた事実によって。
言葉を"起こす"手段がある。
「…ッ!勝手なことを言われても困る。私は私のスタイルがあるんだから」
ペンを雄也からぶんどり、目の前の紙へと書き殴る。
起こす?あの生死不明の状況から?
そんな馬鹿なことあるはずがない。
「いやいや、俺はそこそこの成績出しているからな、見習った方がいいぞ?」
言葉の母親、歴木紅に言葉が言霊を遺していた。それが、言葉を起こす鍵だ。
「…。そうやって、先輩風を吹かせないと気が済まないのかしら」
私は起こさない。
「…、煽っても無駄だ。最近、成績が出なくて大変なんだろ?」
今の状況を理解してんのか?言葉がいないと、世界が滅ぶんだぞ。
「遠慮しておくわ。自分のやり方で何とかする」
私はこれ以上闘えと言えない。闘っている姿を見られない。
「…ッ!そんなことを言ってる場合か?」
そんなことを言っている場合か?
「…」
言ってる場合よ。私たちは言葉がいなくても戦える証明をしなきゃいけない。彼に全て押し付けたせいで、この状況は出来上がっているのだから。
「そうか、ならいい。俺は俺のやり方を貫く」
俺は言葉を起こす。
俺はあいつに救ってもらわなきゃいけない。
そう書いた後、懐からライターを取り出して、紙を焼く。
一言も交わすことなく、雄也はその場を後にする。見送る背中はどこか悲しげで、怒ってるようでもあった。
「終わった…のかな?」
「凛、ありがとう」
「テストの話…ってわけじゃなさそうだね」
「もちろん」
待って。
その一言が言えなかった。
起きてほしくないと言いながら、起きて欲しいと願っている。
自分のことであるが、全く矛盾している。
「矛盾していいんだよ」
「え?」
いつのまに口に出てしまったのか、凛は慈愛のような笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「人間なんて誰だって矛盾しているんだから、砕ちゃんだって矛盾していいんだよ」
その言葉に促されるように、わたしは吐露した。
先ほどの会話を。
言葉の事を。
「うん、砕ちゃんと同じだよ。私も言ちゃんに生きて欲しい。でも、言ちゃんには戦ってほしくないね」
凛は矛盾している事をあっけらかんと話す。
「私はどうしたらいい?」
「それは砕ちゃんが決める事だよ。私でも言ちゃんでもなく、砕ちゃん自身がね」
「私自身…」
「私は戦うよ。言ちゃんのいない世界を、言ちゃんが起きても大丈夫のために。もう傷ついてほしくないから」
「いい事言うじゃない、『修羅』のひっつき虫だと思ったのに」
「「ッ!?」」
二人が振り向くと、そこには黒髪ロングの女、不知火がいた。
「さて、女子会と行こうじゃない。同じ男を愛している女たちで」