第二部 第二章 序文
英雄が堕ち、女神は覚醒する。
英雄が堕とされ、神となる。
病院のベッドから、人影がゆらりと立ち上がる。
「…目覚めてしまったか」
ずっと寝ているつもりだった。
寝込んでいるつもりだった。
私の能力で、息子に全てを託したはずなのに。
「…あの馬鹿」
能力を使っていた時、息子を俯瞰で見ていた。
何十回も、何千回も、「止まれ」と絶叫した。
届くはずもないと分かっていながら、それでも、叫ばずにはいられなかった。
「…何だこれ」
枕元へと目を映すと、そこにはトランシーバーが置いてあった。
電源を押すと、駆動音とともに録音された音声を流す。
ザー、ザー。
その声は優しかった。
まだ少年だった頃の――言葉の声。
母親に褒められることを期待するように、彼は無邪気に語っていた。
そして、青年になってからも音声は途切れなかった。褒められると言う段階を過ぎ、笑っている顔がもう一度見たいと語りかけていた。
「…知ってるよ、見ていたからね」
誰よりも勇敢で、誰よりも孤独だった。
それは優しさの裏返しでもあり、全てを拒絶しているようでもあった。
「さてと、とりあえずはお世話になってる喫茶店とやらに行きますかね」
服に着替え、靴を履く。
病室の扉を開くと、そこには看護師がいた。
「…お」
「お?」
「起きてる!歴木紅さんが、起きてる!」
驚きのあまり、看護師はタオルを投げ、走っていってしまった。
「そういや、私五年近く寝てたのか。まぁ、そりゃそうなるよな」
扉を静かに閉じ、私は受付へと向かう。
お化けでもいるかのように、看護師や医者は目を白黒していたが、何とか退院の手続きをすることができた。
「さて、行くか」
私は久々の地面を踏み締めながら、街へと繰り出す。
五年ぶりの地面は、少しだけ、温かかった。




