第二部 第一章 前章 1
殲滅会までバイクを飛ばし、扉をゆっくりと開く。
そこには、見知らぬ男女と火憐がいた。
「来たか、砕破君」
「この人たちが新人ですか?」
修多羅の声はどこか冷たく、吐き捨てるようでもあった。
「あぁ、二人とも言葉君の後に入ってもらった修多羅君だ。自己紹介をしてくれ」
火憐は男の方に手を出し、自己紹介をさせる。
「は、はい。ぼ、僕の名前は相川勝です。異能は《水》です。覚醒したてなので足を引っ張るかもしれませんが、よろしくお願い致します」
指先から少量の水を出しながら、相川は遠慮気味に自己紹介をする。
「次は私っすね。私の名前は七ツ家七海です。ナナミと呼んでください!異能は…」
硬質な音を立てて、腕から銀の刃がせり出した。鋭利な鎌のように曲がり、鈍く光る。
「見ての通り《刃》です。基本斬ったりする感じですね」
ナナミは言い終えると、刃を腕の中へと収める。
「凛君も含めて、4人が仲間だ。彼女は部活をしているからね、砕破君から紹介をしてやってくれ」
「…わかりました」
彼の死後、異能者はその数を増やしている。
その原因は未だ解明されてないが、人員が増えれば、彼だけという旧体制のようなことは起こらない。と、火憐は思っているらしい。
だが、2人ともどう考えても素人だ。
「私は言葉ほど優しくないですから、二人を庇いながら戦いませんよ」
「わかってる。この二人も君たちと同じように組ませて戦わせる予定だからね」
「そうですか。でも、半人前は合わせても半人前ですよ」
八つ当たりだ。
私を支配している無力感がそう言わせているのか。いや、それは言い訳か。
「すいません」
「いや、いいさ」
火憐は何かを察し、穏やかな笑顔を修多羅へと向ける。
「…私は帰ります」
八つ当たりをした手前、殲滅会には居づらい。
修多羅は扉を静かに開け、殲滅会を後にする。
「せ、先輩。こ、怖かったですね」
「そうっすね、なんかあったんですか?」
「払拭できてないんだよ。彼女も…私も」
ポツリと呟きながら、火憐は引き出しにある言葉の写真へと手を伸ばす。
「彼はえ…いや、世界を救ったんだ」
「すごい人ですね」
「そ、そうですね」
「……そうだね。そうだったんだけどね」
「でも」とナナミがポツリと呟く。
「その人って……もう、いないんですよね?」
「まぁね」
火憐はふと、写真の中の笑顔に目を落とす。
ナナミの何気ない一言が胸に刺さるのを感じながら、ほんのわずかに、頷いた。
修多羅はバイクを飛ばす。
思考を切り替えるためにバイクを加速させ続け、法定速度を超過したスピードで車の間を縫うように走り抜ける。
「…くそ」
情緒が不安定だ。
それも恐ろしく。
こんな時に異能者でも出れば、ストレス解消をすることができるだろうけど。
「そんな都合のいいことがあるわけない」
そんな苛立ちながらバイクを飛ばしていると、甲高い金属音と共に目の前の看板が突然落ちてくる。
「…ッ!?」
バイクごと跳ね上がる。落下した看板を一瞬の判断で踏み台にし、空中を滑るように飛び越える。
地面に激しく着地した車体はぐらつきながらも、路面を削る火花と共に回転し、ついには停止した。
「…何事よ」
バイクから下りて辺りを見渡すと、周りをぐるりと囲うように人がいた。
「そんなにいないと、ナンパをすることもできないのかしら?」
修多羅の言葉に呼応するように、一人の男がバイクの光の目の前へと現れる。
「よう、あんたが修多羅砕破か?」
「だったら、なんなのよ」
男がポケットの中から、スマホの画面を修多羅へと見せつける。その画面には修多羅の顔写真がプリントされており、その下には300万の賞金という表示があった。
「指名手配ってやつさ。あんたのな」
「犯罪なんてやった覚えないけど」
「異能者…ってやつだろ?あんた」
「…ッ!」
「異能狩りさ、あんたみたいな異能者を狩るためな。特に、あんたみたいな強者はネームドだからな、狩ったら金になるってことさ」
男が銃を構えると、次々と周囲の人影も銃を構える。
「んで、私を殺しに来たと」
「そうだ!テメェら!やっちまえ!」
一斉に銃声が鳴り響き、銃弾は修多羅へと殺到する。銃弾は修多羅へと炸裂し、修多羅の体を貫くーーわけではなかった。空を切り裂くように、修多羅の手刀が一閃する。飛来した銃弾はその一撃で弾き落とされ、地面に火花を散らした。
「この程度?」
修多羅は数ヶ月の月日を経て、《修羅》の完全制御を為していた。
額にはツノが2本生え、膨張した筋肉はうっすらと蒸気を吹き、視線を合わせた者の背を凍らせるような威圧感を放っていた。
「一応聞くけど、なんでこんなことするのよ」
修多羅は手をゴキゴキと鳴らしながら、リーダー格の男に冷酷に問う。
「あんた馬鹿なのか?異能とやらがどんなもんなのか俺らは知らないが、言葉ってやつと百道ってやつが世界を壊したり直したりしてんだぞ?そんなの戦車が歩いているのと変わらないじゃねぇか。俺らみたいな一般市民には怖くて怖くてたまらねぇしなぁ」
「言葉はあんたたちを救ったのよ」
「関係ないさ、俺らにとって異能者は排するべき化物で、化物の背景なんざ知るつもりもない!」
男は背中からずるりと大きなナタを取り出す。他の人間もそれぞれの刃物を取り出し、ジリジリと囲いを狭める。
「これは戦争なのさ、普通と異常のな」
男が襲いかかると、周囲の人間もそれに合わせて迫ってくる。
「はぁ、私今日機嫌が悪いのよ。だから、加減とかしてやれない」
手を強く握りしめる。蒸気は勢いを強め、わずかに風圧が起こる。
「それに命を奪おうとするってことは、奪われる覚悟があるってことよね」
リーダー格のナタを手刀で根本から折り、貫手で心臓を貫く。すぐさま引き抜き、殺到する人間を流れ作業のように処理をする。両腕の返り血を振り抜き、あたりに血をばら撒く。
「化物…か」
修多羅の全身は血で染め上げられる。
人殺しであることを証明するかのように。
虚無感だけが、そこにあった。
積み上がった死体の隙間から、風が吹き抜ける。
そのとき、不意にポケットのスマホが震えた。
「はい、修多羅です」
「砕破君、無事か?」
火憐が焦っているのが声音から感じられる。
「落ち着いてください、私は無事です」
「そうか…君も異能狩りにあったのか」
「君も…ってことは、二人にもあったんですか」
「あぁ、相川君が死んでしまった」
「…そうですか」
誰かが死んでしまったというのに、私はそれに何も感じることができなかった。
「詳細な話をしたい。手間にはなるが、殲滅会へと戻ってくれるだろうか?」
「わかりました」
積み上げた死体に一瞥し、バイクで来た道を折り返す。
来た時よりもより速い速度で。