第九章 サビ3
街を包んでいた絶望の靄が、静かに晴れていく。
人々は、崩れた視線をようやく空へと持ち上げた。
そこにあったのは、光の螺旋を描きながら交錯する二つの影。
百道と言葉――互いの信念をぶつけ合うように、高速で、そして美しく戦っていた。
言葉は怒る。人類の守護者として。
百道は嗤う。人類の破壊者として。
どちらが悪いやつかなんて明白だった。
百道が破壊する傍から、言葉の力が街を修復していく。
創造と破壊は輪廻し、人々はただ見ることしかできない。
まさしく神話の中に放り込まれたような、創世前夜の如き戦火が天を裂いていた。
「もっとだもっと!君はこんなもんじゃないだろうが!」
「ちっ!やたらめったら壊してんじゃねぇよ!」
重力の力場を避けながら、なんとか喰らいつく。
「アハハ、これでどうだ!」
メキメキィ!
鈍い音を立て、防御した腕ごと粉砕しながら吹っ飛ばす。横向きにされた重力は空間を捻じ曲げながら言葉を飛ばし、街を破壊する。
「『直れ!』」
言霊はうなりをあげて、薙ぎ倒した家屋を元に戻す。
「はあぁぁぁぁぁぁ!」
地面を蹴り上げ、瞬時に刀を振る。
だが、またもや軌道を変えられる。
「だったらこれはどうだ」
勢いそのまま一回転をして、百道へと踵落としを入れる。たまらず百道は叩き落とされ、地面に衝突する。
「アハハ!これはどうだい!」
下からの斥力に、言葉は抵抗できずに上空へと放り出される。
「これは…あの時の」
「思い出してくれてよかったよ。じゃ…死ね!」
あの時よりも速く、隕石の如き勢いで地面へと迫る。
「…ならば」
足を勢いよく突き出し、百道への蹴りという攻撃行動へと上書きする。
「《必中ッ!》」
流星の如き速さで、空間そのものが膨張し、蹴りの軌道が重力を無視して百道の腹へとねじ曲がる。
「はぁぁぁぁぁ!」
「ぐぅぅぅぅぅ!」
蹴りの一閃は百道を引きずり、家屋を突き破りながら、蹴り飛ばす。
「…やるじゃないか…英雄」
「やられっぱなしも性に合わないんでね」
足の反動は凄まじく、中身はぐしゃぐしゃになるが、瞬時に再生する。
「そこまでいけば立派だね」
「…余裕そうだな」
違和感を覚える。
こちらが押しているはずなのに、百道はニヤニヤと笑っている。
「…っ!?」
百道の後ろから、人の姿が見える。
「いくんだ!英雄!」「今だ!倒して悪いやつを!」
人々は言葉を英雄と目撃し始める。
「…そんなやつに負けないでくれ!」
「そいつボロボロだよ!勝って!」
ワーワーと群衆は言葉を褒め称える。
「異様な空間だね。君は讃えられているのに、君自身はそれに対して違和感を覚えている。人からの称賛は素直にもらっておくべきだと思うけどね」
「…っ」
異常だ。異質だと言っていい。
戦場であるはずの街に、なぜこうも人が殺到している。
どいつもコイツも死にたいのか。
「…歌を止めてくれたのもあんただろう!」
「おかげで、おかげで娘が息を吹き返したんだ!」
群衆はコロッセオの闘技を見るように、百道と言葉を囲む。
英雄の勝ちを確信しているように。
「…まだ終わってねぇ!全員逃げろ!」
言葉は叫ぶ。だが、熱は冷めやらない。
希望の象徴のディーバが絶望となった今、人々が代わりに求めたのは言葉だった。
魔王と戦い、正義を実行している彼は間違いなく英雄であると。
人々はそう結論づけた。
「さて、続けようか英雄。僕らの戦いを」
「…チッ、やるしかねぇ」




