第九章 サビ 1
誰かが泣いている。
誰かが喚いている。
まるで、俺に「起きろ」と言っているようだった。
その中には聞き馴染みの声もある。
痛みを知ってしまったと。
理解をしてしまったと。
俺はまた何かを守れなかったと証明されている気がする。
俺は、起きなければならない。
「…ここは」
辺りには血まみれのガーゼがある。
どうやら、誰かが看病してくれていたらしい。
「…言ちゃん!起きたのね!」
「せ、星華さん!?」
不意に抱きしめられ、俺は思わず驚く。
「あなた、1ヶ月近くも寝ていたのよ!」
「…1ヶ月!?そ、そんな!みんなは、みんなはどうなっているんですか!」
「それが…」
抱き締める星華さんから目を映すと、入り口近くに闘華さんが寄りかかっていた。
「坊、大丈夫か」
「…闘華さん」
「コーヒーでも飲まないか?私また腕をあげたんだぜ?」
「…闘華さん…」
「そんな怖い顔すんなよ、まずくないから安心しろって」
「闘華さん!」
俺は思わず怒鳴ってしまった。
「…坊、そこにいろよ。そこにいたら、私たちはお前の居場所なってやれる」
「笑ってる場合じゃないってことですよね」
ベッドから無理やり起き、立とうとする。だが、星華さんは離さない。
「ダメよ!行っちゃダメ!」
「俺が行かないと!ダメなんですよ!」
「言ちゃんだけが頑張ることなんてないじゃない!」
「あるんですよ!俺は力がある。ならば、その責任を果たす義務があるんですよ!」
無理やり星華さんを引っ剥がし、俺はベッドから立ち上がる。だが、ふらふらと足はおぼつかないばかりか、視界そのものが揺れる。
「…そんな状態で戦えるわけないでしょ!もういいのよ!」
「離してください。俺が行かなきゃならんのですよ。闘華さんもそこを通してください」
「…坊、なんでそんなに戦いたがるんだ?」
「俺は戦いたいわけじゃない。でも、戦える力があるのなら闘うべきだ」
言葉は息を荒げながら、闘華を睨め付ける。
「…わかった、その代わり絶対に帰ってこい」
「闘ちゃん!」
「お姉もこの前見送ってたよ」
「それとこれとは話が別でしょ。そんな死にかけで…一体何をするって言うのよ」
「…世界を救ってきます。どうせ、俺にできるのはそれぐらいなんで」
上着を羽織り、岳目鬼に渡された刀を帯同する。
「じゃ、行ってきます」
2人はその背中を見送ることしか出ず、押し黙るしかなかった。
「…必ず帰ってこいよ、坊」
外は暗雲が支配し、雷鳴が轟く。
雷雲は武道館を中心に、渦巻いている。
「…そこか。《加速》」
移動速度を一気に上昇させ、家の屋根を飛び越えながら進む。
体が異常に軽い。
1ヶ月も寝ていたおかげか、気だるさを全く感じない。
「…は!」「…ち…ん!」
「ん?」
見慣れた声に耳を澄ます。
「言葉!」「言ちゃん!」
「2人とも!ボロボロじゃないか」
傷だらけの2人が、よろよろと建物の影から姿を現す。
「…そうか、頑張ってくれたんだな。ありがとう」
もう闘うなと言えなかった。
これ以上言うのは彼女たちの覚悟を踏み躙ることでしかない。
「だが、病院で治してもらってこい」
「なんでよ…言葉なら私たちを治せるでしょ」
「ダメだ…ここからは2人が入って来られるような領域じゃない。だから、病院に行くんだ」
「…また1人で戦うんだね」
「まぁ、しょうがないな。運命ってやつだ」
「待ちなさいよ…そんな顔で…覚悟が決まった顔で…どこに行くと言うのよ!」
修多羅は涙を浮かべながら、折れた指で言葉の胸元を掴む。
「…ごめんな。行かなきゃいけないから」
言葉は優しく修多羅の指を離し、再び駆け出す。
「帰ってきてよ!…絶対に!」
凛の絶叫は言葉に届くことはなかった。
走っていると、気づけばすでに武道館へと着いた。
「なるほど、これは酷いな」
観客席の全員は白目をむいており、うわごとのようなものを発している。
「成程…今回の原因はお前か」
違和感を感じる。
強さも感じず、怒りも感じない。
目の前の歌姫はただ激情のままに歌っているだけ。
「…成程。歌を介した異能者か」
歌姫の感情が体を通し、伝わってくる。
絶望が、悲哀が、悲壮が、全身へと伝播していく。
「…ヒーローは遅れてくるとは言うけど、まさか本当に実行するとはね」
「…!?」
パンパンと手をたたきながら、舞台袖から百道が現れる。
「やぁ、元気だったかい?君のいない1ヶ月の間に随分と人を減らしたよ。彼女も随分と頑張ってくれていてね、おかげで世界は暗さを増した」
「…そうか、好き放題してくれたわけだな」
刀をゆっくりと抜き、百道へと向ける。
「まだ僕とやり合うのは早いんじゃないかな?ほら、君のために残りの6人使わせてもらうからさ」
潜んでいたのか、物陰から六つの影が言葉へと殺到する。
「…岳滅鬼と比べると随分と遅いじゃないか『止まれ』」
静かに放つ言霊は周囲の6人を一斉に止める。
動きを止められた6人は、恐怖と困惑の表情を浮かべる。
言葉は何も言わず、ただ一歩だけ前に出た。
「死ね」
刃で全員の喉を掻き切り、返り血で全身を染める。
「…君、また随分と強くなったね」
「まさか、岳滅鬼が強かったんだよ」
ゆっくりと階段を降りる。
世界の悪を処刑するために。
「あれあれ、ディーバちゃん殺しちゃうの?まぁ、もう用済みだしね」
「…鬱陶しいな。その軽口から消してやるよ。《加速》」
階段を砕きながら、地面を飛ぶ。
勢いよく抜刀し、百道の首筋を狙う。
だが、刃の軌道を上へと変えられる。
「いいね、実に良くなった」
懐へと瞬時に入り、百道は言葉の腹部を蹴る。
その勢いは凄まじく、会場の外まで貫通し、信号の柱へと叩きつけられる。
「…成程、やっとわかったぞお前の能力が」
「そう!嬉しそうでよかったよ!」
百道は笑いながら、拳を振り下ろし、地面を抉り取る。
「おおおお!」
攻撃直後の百道を狙い、蹴りを叩き込む。
加速させた足は威力を増大させ、百道を会場の壁へと叩きつける。
「…重い」
まるで巨岩でも蹴っているようだった。
手応えが全くない。
「お前の異能…《重力》だな」
「…正解」
ふわりと舞い降りるように地面へと降りながら、百道は称賛の言葉を贈る。
「いいね、すごく良くなったよ。世界の危機に瀕したところを救いにくるヒーローだ。まさに、英雄だね」
クックッと百道は笑う。
「なら、お前は世界を滅ぼす魔王だな」
「そうだとも。僕は魔王だ。英雄の帰りを座して待ち、君を殺すために降臨したんだ。せいぜい、楽しませておくれよ」
「楽しませない。俺がやるのはお前を殺すだけだ」
言葉は刃を構え、百道はそれを嘲笑う。
2人の巨大な存在が再び衝突を始める。




