第八章 Aメロ 1
あれから三週間。
世界は停滞している。
未だ破壊は色濃く残っているが、それでも復興しようと人々は努力をしている。
だが、嫌な胸騒ぎは収まることはない。
体はまともに動くようになった。
完治とまでは行かずとも、ほぼ損耗はなくなった。
「…言葉」
一度も見舞いに来ることもなかった。
彼が元気であれば、ヘラヘラと笑いながら来ていたはずだ。だが、そんなことはなかった。
「…っ」
凛は内臓のダメージだけだったため、私の一週間前に退院している。彼女に言葉の捜索を頼んだが、連絡がないということは見つかってないということだ。
「き、君大丈夫か!」
リハビリ室にフラフラと、男の子が入ってくる。
顔色は青白く、とても体調が良いとは思えない。その目には光がなかった。まるで意志のない人形のように。
「お、おま、お前が修多羅砕破…か」
「…誰よ」
「お、俺はお前を殺すために…百道様からは、派遣された。か、覚悟しろ」
言葉を終えた瞬間、男の子の肉体は異常に膨張する。肉体は膨張を弾き飛ばし、更地へと変える。
「…くっ」
弾け飛ばされつつも、なんとか着地に成功する。
「…な、何が起きて…」
膨張した肉体はその体積を維持したまま形をなす。その皮膚は裂けた肉と膿で覆われ、内側から脈打つ鼓動のたびに骨格が異音を放ち、巨大なクリーチャーへと変わる。
「ギャアァァァァァァァ!」
それはまさしく識が暴走した姿と同じ。
だが違うのは、それよりも二回りも大きくなっている。
「…くそ」
唐突な襲撃に迷いつつも、異能を発動させる。
「グギャアァァァァァァァ!」
クリーチャーは修多羅へと突進する。
「やばい!」
差し迫る角をなんとか回避する。
だが、クリーチャーは旋回し、再び突進する。
「…っああ!」
角を正面から受ける。
しかし、止めることはできず、そのまま押され続ける。
異能の影響で修多羅の肉体はある程度硬度を持っているが、それでも数十件もの家屋に叩きつけられれば、全身に擦り傷を負う。
「良い加減に…しろ!」
クリーチャーの顎を蹴り上げ、空へと飛ばす。
「…硬い」
足の甲が破れ、血が滴る。
このままじゃ、確実に負ける。
「砕ちゃん!」
「凛!」
「私も戦うよ!」
「…わかった」
危ない…そう言おうとして私は言葉をつぐんだ。今の私に…勝つために…手段を選んでいる場合ではない。
「ギャアァァァァァァァ!」
「凛!」
「うん!」
凛は前方だけに盾を貼り、クリーチャーを受け止める。
「凛、ありがとう」
地を踏み割る勢いで跳躍し、私は一気に怪物の角の根元を捉えた。
「非天無獄流・破岩一掌!!」
掌底がめり込んだ瞬間、骨のような異音が走った――が、それだけだった。
「…っ!どんだけ硬いのよ」
「砕ちゃん!そろそろ限界!」
凛の足元がよろけ、盾が一瞬きしんだように揺れる。
「くっ…ごめん、あと数秒しかもたないかも…!」
「っ!わかった!」
クリーチャーの側頭部へと移動し、目を目掛けて放つ。
「非天無獄流・二牙白胴!」
足を目にめり込ませ、頭をずらしながら視力を奪う。
「ギャアアアアアアアアア!!」
クリーチャーは頭を振り回し、周囲の建物を無差別に薙ぎ払う。
怒りと痛みに狂ったように、暴走の速度がさらに増していく。
「ユ…ルサナイ!コロスコロスコロスコロス!
コロスゥゥゥゥゥ!」
…やるしかない。
「凛、あいつの動き一瞬だけ止めて」
「…?わかった」
迫り来るクリーチャーに備え、凛は再び盾を張る。
「…いくわよ」
修多羅は両手を手刀へと変える。
型を全て放っていないため、不十分だ。
そんな状態放てばどんな反動が来るか想像もできないが、ちまちまやっていると被害が大きくなる。
「シネェェェ!」
クリーチャーは凛の盾へと向かい、一瞬だけ止まる。
「今だ!」
修多羅は呼吸を整えて、瞬間的にクリーチャーの前へと迫る。
両手の手刀を広げ、修多羅の気が一点に収束する。
「非天無獄流・十握剣!!」
十の一撃が、刃のごとく連続する。
手刀によってクリーチャーの肉は裂けて、少年が露出する。
「…嫌だ…死にたくない!」
恐怖に顔を歪め、顔を覆う。
だがーー。
「ごめん」
修多羅は迷わず振り切り、少年の命を奪う。
「…終わった」
ズキンッ。
安堵共に、肉体に強烈な痛みが走る。
観ると手の骨は砕けており、体は全身から血を流していた。
「…ハァハァ、終わった」
十握剣は全身活性という安全弁があるからこそ成立する技。それがなければ、ただの自滅技に近い。
「…砕ちゃん!大丈夫?」
「…した」
「え?」
「人を…殺した」
殺さなければ殺されていた。
殺さなきゃいけない"敵"だった。
「こんなことを…」
戦いに参加した時から覚悟はあった。
だが、実際はそうじゃなかった。
「私も同罪だよ…砕ちゃんだけのせいじゃない」
「でも…でもさっきまで生きてたのに!私が…私が…」
こんな痛みを、こんな覚悟を彼は背負っていたのか。たった1人で。
「…私たちは…どれだけのものを彼に押し付けていたの」
「……」
知らないじゃ済まされない。
仕方がないと見ないふりはできない。
もう、痛みを知ってしまった。
わかってしまった。
「…頑張ろう。言ちゃんが来るまで、せめて私たちだけでも」
「ええ、そうね」




