第七章 終わり
「…みんな、やられちゃったか」
百道は足をぶらつかせながら、退屈そうに呟いた。
「まぁ、でももうすぐフィナーレだ。――その前に、歌姫の登壇といこうじゃないか。どんな劇場だって、クライマックスには歌姫が必要だろう?」
「はい、百道様」
影の奥から、静かにディーバが現れる。
「……本当に、ディーバにやらせるのかい? 私には、少し気が引けるんだが」
「何を迷うことがあるんだ、同志よ。歌姫の歌があれば、観客は――殺到する」
百道は目を細めて、楽しげに笑う。
「じゃあ、博士。最終調整を頼んだよ」
言い終えると、百道はそのまま奥の闇へと姿を消した。
残された博士は、わずかに目を伏せながら尋ねる。
「……本当に、いいのかい?」
「はい。マスターのために、私は頑張ります」
ディーバは微笑みながら答える。その声音は機械的で、あまりにも無垢だった。
――それもそのはず。
“ディーバ”とは、博士によって創られた人工人間。
歌姫としての存在は虚構であり、その魂は人に似せられた模造品に過ぎなかった。
「では、行ってきます。今日も、歌を歌うために」
「……ええ。行ってらっしゃい」
博士の声は微かに震えていた。
私は――私は、彼女に……
「……彼女はただの歌姫だ。造られた存在だ。私が、気にすることじゃない……」
言い聞かせるように呟いたその後、壁を殴りつけた。
鈍い音だけが響く。
だが、心の奥底に沈む虚しさは、少しも薄れなかった。
「……もういい。私もここまできた人手なしだ。せめて最後まで、道化を演じてやる……」
博士は一つの決意を胸に、闇の奥へと消えていった。