第一章 後章1
修多羅の異能は《修羅》。
それは単なる身体能力の強化ではない。理性を捨て、本能のままに力を振るうことで、人間が本来制御し得る力の限界を遥かに超える。
それは、人間から“化物”への確かな証明だった。
怒りと殺意を燃料にして暴走し、破壊衝動を理性の枷なく解き放つ。
ただ“強い”のではない。本能による支配こそが、この異能の真骨頂だ。
まさしく鬼──否、《修羅》の名にふさわしい異能である
ドォン!
大地を裂くような音とともに、二人の体が校庭に叩きつけられた。
片方はすでに距離を取り、もう片方は気だるげに体を起こす。
「頭を叩きつけられて、少しは冷静になったわ。言葉、やっぱりただの不良じゃないのね。やけに場慣れしてる」
「まあ、こういうのが仕事みたいなもんだからね」
──なんだこれは。
景色が揺れて見える。まるで空間そのものが殺意に押し潰されているかのようだ。立っているだけで精一杯。まるで、蛇に睨まれた蛙だ。
「そう……なら、とりあえず──死ね」
「ちょま──」
ミシミシッ。
ガードしたはずの両腕が容赦なく砕ける。
拳は腹を貫き、体は倉庫の壁に叩きつけられた。
「痛そうね。死んどく?」
「勘弁してくれよ……」
崩れた倉庫から飛び出し、拳を回避して安全に校庭に戻る──はずだった。
だが、さっきまで倉庫を壊していたはずの拳が、次の瞬間には顔面を捉えていた。
「オラァッ!」
グシャァン!
頬から伝わる衝撃とともに、頭蓋が粉砕され、中身が飛散する。血と脳漿が撒き散らされ、校庭を真っ赤に染める。
「……ふん。他愛ない」
修羅は背を向ける。殺し損ねた屑どもを“処理”するために。
「待てよ……どこに行くんだよ」
「は?」
振り返れば、そこにはさっき破裂させたはずの──歴木言葉が、まるで何もなかったかのように立っていた。
「どういうこと……?」
「さあね。“不死体質”みたいなもんかな。原理はよくわからないけど──死なないんだよ」
一回目は奇跡、二回目は偶然。しかし、百回以上死んで、百回以上生き返ったら──もはや、そういう体質だと認めるしかない。
「寝言ほざくんじゃないわよ。そんなの、まぐれに決まってる!」
ザンッ!
鋭く放たれた一撃が、言葉の身体を両断した。骨は砕け、血が噴き出し、臓物が飛び散る。
「……今度こそ、終わりよね」
目から光が消えているのを確認し、修羅が背を向ける。だが──
「だから言ったじゃん。死なないって」
その“死体”の目が、ギョロリと動いた。
次の瞬間、下半身が再生しており、言葉は悠然と立ち上がる。
「ハハ……アハハハ……アハハハハ!」
修羅は狂笑う。
「何がおかしいんだよ」
「いやね、まさかこんな機会が訪れるなんて」
「機会?」
「そうそう機会。私の父が編み出した技。あれは土台人に試せるような代物じゃなくてね、かと言って、サンドバッグじゃ壊れて練習にならない。でも、今──“壊しても直る練習台”が、目の前にいるからさ・・・・試せるってわけよ」
スンッ。
修羅が、構える。
世界から音が消えた。
その所作には、一切の無駄も隙もない。まるで“殺す”という行為だけを目的として形作られた術式。空気が重くなる。体が動かない。呼吸すら忘れるほどの、圧。
──これは、“本物”だ。
「……っ!!?」
そして、声が放たれる。
「──《非天無獄流・破岩一掌》」
──瞬間移動にも近い速度。
気づいた時には、すでに胸元に掌底が迫っていた。
ドンッ!
衝撃が胸骨を砕き、そこから波紋のように全身へと広がる。骨が軋み、ヒビが一気に駆け巡る。
「『治れ!』」
即座に言霊を放つ。裂ける肉体を縫い合わせ、崩れゆく骨を繋ぎ止める。
「ふふ、やっぱりね……。あなたも似たような能力を持ってるのね」
「まぁな。《言霊》って言うんだ。便利な力だろ?」
──クソッ、まだ内臓までは治りきってねぇのに……。
「ほら、防いでみなさいよ。非天無獄流・二牙白胴」
腹部と顎へ鋭い蹴りが突き上げられる。
反応が間に合わず、視界が天へと跳ね上がる。
「軽すぎるのよ。非天無獄流亜式・風車!」
そのまま校舎へと投げ飛ばされた。ガラスを砕き、教室に叩き込まれる。
──幸い、放課後で無人だった。少なくとも、誰も巻き込まずに済んだ。
「……救われたな」
「ずいぶんと余裕じゃない。だったら続けるわ。非天無獄流・三骸流轉!」
一撃、また一撃──
両肩を貫かれ、最後の一撃が腹を抉って校舎の壁へと叩きつけられる。
「がっ……はッ……ッ、クソ……速すぎる……!」
「その思考も遅いわ。非天無獄流・死劍八斗!」
迫り来る蹴りが肉を貫き、四点に穿たれた穴が描く軌跡をなぞるように──刃のような蹴撃が横一線に走る。
「さらに──」
「『吹っ飛べ!』」
咄嗟の言霊。
だが遅い。あれはもう“修多羅砕破”じゃない。
“修羅”という名の異能そのものだ。
止めなきゃ。わかってる。けど──異能者は、殺さなきゃ止まらない。
「やる気になったと思ったのに。まだ考えてるのね?」
「『吹っ──』」
言葉を紡ぎきれなかった。
次の瞬間、意識が闇に落ちた。
「非天無獄流・五雲盛苦」
急所五箇所を寸分違わず撃ち抜く。
それだけで、意識は強制的に刈り取られた。
「さらに──非天無獄流・六根星乘!」
顎を砕き、四肢を破壊し、最後に鳩尾を穿つ。
それは“仕留める”ことだけを目的とした技。
命があっても、身体が二度と動かなくなる。まさに終焉の一撃。
「ほら、もう降参なの?やっとエンジンかかってきたところなのに」
か、体の神経を一瞬でズタズタにしやがった。
修多羅の父親はどれだけの殺意を持って、こんな殺法を生み出しやがったんだ。
「お、立ち上がるのね。お得意の再生も間に合ってないようだけど」
意識は虚だし、ここまでやられても未だ殺す覚悟は半端だ。我ながら自分の偽善具合に頭が痛くなる。だが、止める覚悟なら決められた。
「--ラーニング完了」
負けないために、相手の一挙手一投足を言霊によって学習する。それは脳を破壊しかねないほどの情報攻撃であり、不死性に依存した自殺行為である。
「未完成の急造品だが十分だろう」
構えをとる。その構えは世界から音を奪い、その所作には一切の無駄がない。
「まさか!」
「『非天無獄流・破岩一掌』」
掌底が見事修多羅を捉え、校舎から校庭へと弾き飛ばす。
「さて、第二ラウンドと行こうぜ」