第六章 後章
目が覚めるとそこはベッドだった。
白と茶色の天井が映る。
「おう、起きたか。ほら飯を食え」
「闘華さん…っつ」
「派手に動くなよ、外見は無事だが、内臓はミキサーにかかったみたいにぐちゃぐちゃだぞ」
百道の言葉が頭をよぎる。
あの時、何一つとして間違いなかった。
間違いだと思えなかった。
「…一號は!一號はどこに行ったんですか!」
「それが…どこにもいないんだよ。坊を見つけたのは朽網でな、倒れた坊以外誰もいなかったんだと」
「…くそ!」
「落ち着けよ、死体が見つかったわけじゃないんだから」
「そんな悠長な」
立ち上がる俺に、闘華さんはデコピンをする。
「落ち着けって、常連たちにお姉が周知してるからいずれ見つかるだろう。お前が今することはここで安静にすることだ…ったく、ここは託児所じゃないっつうの」
「…ありがとうございます」
一口ずつ、噛み締めるように食べる。温かいはずの味が、どこか遠く感じた。
「何をしているんだ…俺」
外を眺めながらポツリとつぶやく。
ブッブー、ブブッブー
壊れた携帯はノイズを混じえながら、着信が来たことを知らせる。
『言葉君!異能者が現れた!』
「またですか!?一体誰なんですか!」
『どうやら、子供の異能者らしい。君の名前を呼んでいるらしいけど、知り合いかい?』
「…まさか」
『言葉くー』
火憐の声を遮り、携帯をぶつ切りして、上着だけを羽織り、ベッドから飛び起きる。
「…っ」
腹部から痛みが走り、口からはわずかに血がこぼれ落ちる。
「関係ない」
部屋を出て、喫茶店の扉へと近づく。ドアを開けようとしたその時、腕を掴まれた。
「行くな」
その声は、静かだけど、確かに怒っていた闘華さんだった。
「死にたいのか!口から血が出てんじゃないか!」
「…行かなきゃいけないんです!」
「そんな体になっても行かなきゃいけないってどこなんだよ!」
「一號が…一號がやばいんですよ!」
「…昨日今日知り合った子供よりも、私はお前の方が大事だ。だから、行くな」
「…行きなさい」
闘華さんの腕を星華さんが掴む。
「お姉!」
「行かなきゃダメなんでしょ?言ちゃんじゃないと救えないんでしょ?」
「はい、俺じゃないとダメなんですよ」
「行きなさい、あなたにしかできないことを果たしてくるのよ」
「ありがとうございます!」
「坊!行くな!」
「行ってきます」
静止の声に振り返ることなく、俺は喫茶店を飛び出す。家まで一旦戻り、止めてあるバイクをフルスロットルで飛ばす。
「待ってろ!一號!」
バイクを限界まで飛ばし、スカイツリーへとつく。ビルの骨が軋む。崩れる寸前の悲鳴が、空に響いていた。
「エレベーターは…くそ、使えないか」
チッ、結局こうするしかない。
「『吹っ飛べ』」
飛んでいる間に修羅と誘導を発動させ、軋む鉄骨を蹴り、螺旋を描きながら捻れるように登る。
頂上の窓を蹴破り中へと入ると、そこには一號と百道がいた。
「テメェ!その手を離せ!」
「離せって…元々僕のものだよ?」
「コト…ハぁ…コトハぁ!」
一號の肉体が沸騰するように、ボコボコと盛り上がる。顔の半分はすでに原型をとどめておらず、片足もすでに別の何かへと変わっていた。
「まぁ今回は僕は観客だからね、気にしなくてもいいよ」
「観客だと?」
「そうそう。この子が今から異能を暴走させるから、それを君がこの子をどう止めるか見るためのね」
淡々と百道は告げる。
「試練ってやつだよ。神が英雄に与えるように、僕が君に試練を与えてあげるよ」
ぽんぽんと百道は一號の肩を叩く。
「君をそこまで動揺させるられるなら、試運転としてはまずまずってところかな。さて…君も知ってるだろ?異能は発現したては制御ができない。今まで君は友人や敵を相手にしたけど、純粋な暴力に対してどんな対応を見せるか見ものだね。じゃあ、僕は観客席に戻るよ。――あ、君が失敗したら、その子は回収させてもらうけどね」
その一言を言い残して、百道は消える。
「コト…ハぁ、逃げ…て。逃げてぇぇぇぇ!」
一號の肉体は一気に膨張し、スカイツリーから言葉を弾き出した。
「…くっ、どうする。あいつを殺すのか」
言葉が思案している間に、膨張した肉体はスカイツリーの上層部を弾き飛ばす。膨張した肉体は徐々に形を成していく。それは一號が想像した、自分の中での最強の生物の姿。
「…何だよ、あれ」
それはトリケラトプスの顔を持ち、竜の体で翼を生やし、ゴリラのような腕を持っていた。
「ガァァァァァァァァァ!」
一號だったクリーチャーが咆哮を放ち、周囲の建物を易々と蹴散らす。
「…っ」
頭が全力で警鐘を鳴らす。
こんなものを街に放つのは危険すぎると。
「こっちを見ろ!一號!」
誘導でクリーチャーの思考を操作し、敵意を俺に向けさせる。
「グガァァァア!」
本能の赴くままに、敵意を示した人間へとクリーチャーは一直線に突撃してくる。
「『止まれ!』」
一瞬止まった。しかし、一瞬だけだった。
「…な」
「アァァァァァァァァ!」
突き出されるツノで体を差し貫かれ、辺りの建物へと次々に叩きつけられる。勢いよく弾き出された俺はビルの壁を3枚抜け、最後の一枚でようやく止まった。
「…くそ」
「ガァァァァァァァァァ!」
休む間も無く拳を放たれ、壁を貫通する。
「…ガハァ」
「ウァァァァァァァァ!」
瞬時に回り込まれ、地面へと容赦なく叩きつけられる。
「…くそ」
「おやおや、苦戦しているね。早く選んでよ、"見も知らぬ誰か"か"一號"か」
「黙ってろ、お前の言う通りなんざするかよ」
「怖い怖い、おとなしく観戦させてもらうよ」
舐めるな、これでも異能殺しだ。
「グガァ、ウガァ、アガァァ」
クリーチャーは頭を抑え、ブンブンと頭を振る。まるで、苦しんでいるかのように。
「ゴドバ…イダイ、イダイ、イダイヨォ!ダレガァ、ダレガァァァァァァァァァ!」
「辛いよな、一號。今救ってやる」
殺さない。絶対に。
「異能《修羅》+《誘導》+「身体強化10倍」」
単純な火力で負けている以上、上乗せするしかしない。丁寧に手札を切りながら戦っている場合じゃない。
「こっちだ、一號!『こっちを向け!』」
誘導と言霊を使って、クリーチャーの気をこちらに完全に向ける。
「アァァァァァァァァ!」
周囲の建物を蹴散らしながら、クリーチャーは突進してくる。
「『止まれ』」
足をを固定化させて、クリーチャーを迎え打つ。
「こいよ、受け止めてやる!」
差し迫る角を両手で掴む。
骨が砕け、筋肉が裂ける感触――だが、俺は悲鳴をあげない。
一號を救うためなら、この肉体など何度でも捧げられる。
「うおおおおおおお!」
言霊の効力が消える寸前…止まった。
「『止まれ』」
「ガァ!?」
クリーチャーの肉体を一瞬だけ、完全に停止させる。
「ここだろ! 一號!」
暴れ狂う肉体の奥に、震えるように小さな存在がいた。その表情が、涙で歪んでいるように見えた。クリーチャーの肉体を瞬時に蹂躙して、一號を引き剥がす。
「『抑えろ』」
リストバンドに異能制御の言霊を込めて、一號の腕へとつける。
ブシュウ。
クリーチャーだった肉体は蒸気を漏らしながら、静かに蒸発をしていった。
「はぁはぁ、くそ何とか終わった」
「いやぁ見事見事。用意された選択肢を選ばずに、両方とも選ぶと言う手段を取るとは。まさしく、悪にブラされなかった善ってやつだね」
パンパンと手を軽快に叩きながら、百道は淡々と話す。
「英雄としては及第点ってところだけど……うん、今回は僕の負けってことで、特別に、花丸をあげるよ」
「お前…何がしたいんだよ」
「答えをすぐ聞くこうとするのは悪い癖だよ。どうせ、戦うんだ。その時に改めて知りなよ。じゃあね、束の間の勝利に酔うんだね」
ケタケタと笑いながら、百道は消えていった。