第六章 中章1
私は一號。人間?である。
水槽の中で育てられて、水槽の外でいろんなことを学んだ。
“博士”と呼ばれる人が、毎日いろんな話をしてくれた。
でも、“百道”って人に言われたんだ。
「君はいろんなことに興味を持ちすぎるから、要らない」って。
それで、施設の外に出されちゃった。
行く当ても、会いたい人もいないけど――
道?ってのを通れば、“街”ってとこに出られるらしい。
博士がそう言ってた。
「……キラキラ」
外は明るかった。まぶしい光が、目にじかに刺さってくる。
施設の水槽みたいな、ギラギラした明かりじゃない。もっと柔らかくて、でも強い。
「あれかな? 街は」
丘の先、建物がたくさん見えた。
それに向かって、まっすぐに走る。
けど――なんか、痛い。
足元を見ると、赤い液体がこぼれていた。
「これが……血、かぁ!」
足から流れていることはすぐにわかったけど、
振り返ると、地面には長い赤い線ができていた。
「あれ……なんで……?」
だんだん、視界がふわふわしていく。
街は、まだ遠いのに。
「意識が……うすく……」
──そこで、一號の視界は、光に飲まれるように閉じた。
「はっ……ここ、どこ……?」
目に映るのは、白ばかりだった施設じゃなく、
白と茶色の、優しげな天井だった。
「お、起きたか。ったく……ガキが、あんなとこで何してたんだか。ほら、飯を食え。飯を」
「……めし? めしって、なぁに?」
差し出されたのは、白い粒の集合体だった。
湯気がふわりと立っていて、なんだかやわらかそう。
「……ご飯だよ、ご飯。……ったく、どんなとこで育ってきたんだよ」
「おっきな白い施設でぇ、水槽がいっぱいあってぇ、ギラギラしてて……いやな感じの場所」
「……水族館でもいたのかよ」
「闘ちゃん、怖がらせないのよ」
「わかってるよ。ったくよ……坊の時もそうだったけど、お姉はぽんぽん拾ってくるんだからよ」
よくわからないけど、目の前の人は優しそうだな。
「お姉さん、私外に行きたい」
「馬鹿言うな。足派手に切って血を大量に流してんだぞ?今外に出たら死ぬぞ?」
「…死ぬのはやだけど…でも外に」
「一週間は我慢だな。それまでは大人しく寝とけ」
闘華デコピンをして、その場を去った。
「一週間…一週間か…うん、それぐらいは我慢する」
少女は一人で窓の外を見上げる。
「キラキラ〜!」
太陽に手を翳しながら。
翌日。また学校をサボった。
というか、学校に行ったら生徒会に連行されそうなので、いかなかった。
「はぁー、でもいつか行かなきゃなんだよなぁ」
そんなこと思いながら喫茶店に入る。そこには…小さな少女が牛乳を飲んでいた。
「…託児所になったんすか」
「なわけないだろ、馬鹿なこと言ってないでさっさと入れ」
よく見ると少女の隣には朽網さんが座っており、少女の一挙手一投足を見ていた。
「かわいいね…かわいいね」
犯罪である。
「ちょ!犯罪ですよ」
「犯罪じゃないよ!」
「いや、犯罪だろ」
「失礼な!」
犯罪にならないように、少女の左側に座る。
「僕はこの子を愛でていただけなんだよ!ほら、可愛いでしょ?」
少女は目の前の牛乳に夢中になっているのか、一生懸命に飲み干そうとしている。
「いや可愛いですけど、その…朽網さんのようなお年を召した男性が言うと…」
「坊がお前みたいなおっさんが言うと犯罪臭がするって」
「ちょ…そこまで言ってないでしょ!」
少女は飲み干せたのか「プハーっ」と言った。
「お兄さん、誰?」
「俺?俺は歴木言葉って言うんだ。言葉の方がわかりやすいかな」
「ク…コトハね!私の名前は一號だよ!」
少女が名前を告げると、喫茶店の空気が凍りついた。
「一號?」
「うん!一號!」
朽網さんと闘華さんの顔を交互に見る。どうやら、悪ふざけでやっているわけではないようだ。
「坊…そいつ、名前がないみたいなんだ」
「…ん?あるよ!一號は一號だよ!」
「…お嬢さん。それは名前とは言わないんだ」
朽網さんは諭すように少女にいう。しかし。
「名前?だよね。だって、みんなからそう呼ばれていたし、博士と百道って人からもそう呼ばれていたし」
「…百道…だと!?」
落ち着け。
ここで異能者の話をするのはダメだ。
だが、こんな少女から情報が得られるのか?
「坊、そいつ外に連れ出してくれないか?お姉と私は喫茶店で付きっきりだし、そこのおっさんにも仕事はあるだろうし。お前はどうせ学校サボって暇だろ?」
「せめて、コーヒーを一杯だけでも」
「ダメだ。ここはサボり魔の避難所じゃないんだ。1時間ぐらいでいいから、そいつと散歩してこい」
少女と共に喫茶店を出された。
「またもや追い出される…か」
少女は無邪気に手を伸ばし、俺の手を掴む。
「行こうよ、お兄さん」
「はぁ〜、わかったよ」
俺は少女の手を引き、歩き始めた。