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異能奇譚  作者: レム睡眠
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第六章 前章2

完膚なきまでに、負けた。

完敗だった。

完全敗北。

惨敗。

圧倒的、という言葉さえ生ぬるい。

ゲームとはいえ、それなりの技術が要求される。

だが――俺は、所詮“ゲーム下手”だったらしい。

スタートからまるで歯が立たず、

コースのライン取りも、ドリフトのタイミングも、加速も、なにもかも違った。

気づけば、半周以上の差をつけられていた。

画面の隅で、相手の車が余裕のウィニングランをしているのを見て、

俺はただ、ハンドルを握ったまま、呆然としていた。

まるで、負けたことを実感するのに、数秒の遅延が必要だったように。

「まぁ、誰だって弱点の一つはあるよね」

横から軽やかな声が飛んでくる。

その声色に、勝者の余裕と、ほんのわずかな悪意が混じっていた。

「慰めんといてくださいよ……」

敗北のショックが尾を引いていたのか、

またしても妙な関西弁が口をついて出た。

「さて、と」

光輝は軽やかに席を立ち、制服の裾を正すようにしてから振り返る。

「ここが、生徒会室だよ」

そう言って指さした先にあったのは――

ただの教室だった。

ごく普通の、なんの変哲もない教室。

木製の机と椅子が並び、壁にはスローガンと予定表、奥のロッカーには書類らしきものが雑に突っ込まれている。

変わってるとこといえば、椅子と机が円形に並べられているところだ。

「……生徒会室って、もっとこう……分厚い鉄の扉とか、二重セキュリティとか、レーザーとか、そういうのがあるもんだと思ってました」

「はは、アニメの見過ぎだね。あいにくうちの学校、予算ないからさ」

光輝は悪びれずに笑った。

「そこに座ってよ、お茶入れるからさ」

時刻は、ちょうど14時。

生徒会室には、俺と朳の二人きりだった。

他の生徒がいないのは、当然――今が授業中だからだ。

ということは……

「……あんた、学校サボったのか!?」

「ん? そうだけど? それが何か?」

朳はきょとんと首を傾げる。

その様子は、まるで“それが当然”とでも言いたげだった。

「いや、おかしいだろ! あんた仮にも生徒会長だろ!?学校の模範になるべき立場なんじゃないのかよ!」

「時として、人はサボってしまうものなんだよ」

「いや……うん……それはあるわ」

今日無意味に休んでしまったから、返す言葉がない。

「さて、君と楽しく会話していたいところだけど、そろそろ本題の話もしておきたいんだよね」

「本題の話か…」

急に声のトーンが変わったことで、背筋にうっすら緊張が走る。

なんの話だ。わざわざ話しかけてきたってことは…まさか、異能の事を知ってるのか!?

「生徒会に入ってほしくてね!」

スゴッ。

思いっきり肩透かしを食らった。

張り詰めた思考が一瞬でズッコける音が、脳内で鳴り響いた気がした。

「な、なんだよ、そんなことかよ……」

「むっ、そんなこととは失礼な!」

不満そうにしながらも、楽しそうに続ける。

「学校の奉仕をする、立派なことなんだよ?

それに……何より、内申点が上がるからね!」

はぁ、みなさん。こんな俗物が生徒会長でいいのかよ。不信任の決議案を叩きつけて、即解雇処分が妥当だろ。せめて“内申点”って言葉に目を輝かせるの、やめてくれ。

「それに――」と、光輝は少し声を落とす。

「生徒会に入ることで、少なからず君に広がっている“悪名”も和らぐと思うよ」

……ああ、先生連中が言いふらしてる、“俺は不良”ってやつか。

「結構ですよ。間違っちゃいませんから」

自嘲気味に返すと、光輝はふっと笑った。

「ふむ。貸しを盾に“入りたまえ”って言うのも簡単だけど、

それじゃあ君の意志じゃなくなるからね。

僕は、強制よりも“納得”のほうを大事にしてる」

言いながらも、その笑みには――

“断るなら、それなりの展開になるけど?”

そんな裏の圧を、ほんのり感じた

「人を守るような英雄が、不良に甘んじているなんて――僕には、耐えられないね」

「……っ!?」

その言葉に、思わず立ち上がっていた。

椅子が小さく軋む音が、やけに響く。

……何してんだよ、処理班。情報が漏れてんぞ

心の中で毒づく。

なのに、どこかで――“バレてる”ことに、納得してる自分もいた。

「この学校、それなりに高い場所に建ってるからね。毎日、屋上から双眼鏡で街の様子を眺めてたんだ」

軽い口調で、さらっととんでもないことを言う。

「ほら、同じことばかり繰り返してると、人間って飽きるでしょう?」

冗談のように笑うその顔が、冗談に見えなかった。

「冗談だと思うなら一つずつ例を上げようかな?初めて見たのは修多羅砕破さんとの死闘、二回目はスクランブル交差点での集団戦、三回目は空き地で溶けながらも戦ってたよね。四回目はビルを突き破りながら戦ってたかな」

よくはないけど、とりあえず凛が異能者であることはバレてない…か。それ以外はほぼ全部だな。

「僕は君が“英雄”であることを知っている。

でも――他の誰も、知らない。

君の名前も、君の戦いも、君の痛みすらも」

光輝は椅子を離れ、静かに歩き出す。

その足音は、やけに生徒会室に響いた。

「僕はね、すぐにピンときたんだ。これは誰かが――“意図的に”情報を操作している、と。おそらく、君やら敵が出しているような世界の法則を捻じ曲げる能力のような"何か"を隠すためだと思うけど…」

言いながら、彼は俺の真正面に立った。

目の奥に浮かぶのは、冷たい問いかけの光。

「――虚しく、ならないのかい?」

その声は、冗談でも皮肉でもなかった。

ただ、真っすぐだった。

「誰にも評価されず。誰にも見られることもなく。それでも君は、身を削り、命を燃やし、誰かを救う。そんなことに、何の抵抗もないのかい?」

――鋭い問いだった。

けれど、それにはもう、とっくに答えを出している。

「……虚しいさ。そりゃあ、虚しいに決まってる」

ゆっくりと目を伏せ、しかし、吐き出す言葉には迷いがなかった。

「でも、それでいい。誰かに認めてほしくて助けてるわけじゃない。褒めてほしくて戦ってるんじゃないし、慰めてほしくて傷ついてるわけでもない」

言葉は、ふと前を見据える。

その視線の先にあるのは、誰でもなく――きっと、自分自身だ。

「俺は、それらを全部飲み込んで――それでも、戦ってる。だから……何をするつもりかは知らんが、そんなものをわざわざ引きずり出すような真似はしなくていい。見せびらかすために背負ってるんじゃないからな」

静かに呟いたあと、光輝はふっと笑みを崩した。

さきほどまでの探るような視線をすっと引き、椅子に腰を下ろす。

「すまない。どうやら――少し、君を勘違いしていたよ」

一拍、沈黙。

だが次の瞬間――

「……まぁ、それはともかく!」

バン、と手を叩いて笑顔に戻る。

「生徒会、入ってくれないとバラすので――入ってね⭐︎」

「ちょ、おまっ……そこはなんとなく終わるとこだろ!?」

「いやいや、“それとこれとは話が別”ってやつだよ」

にこやかにそう言いながら、光輝の目はまったく笑っていなかった。

「……嫌なら、君自身の手で、その“悪名”を早々に無くす事だね」

「……くそ……!」

思わず噛み締める声は、怒りなのか、呆れなのか、自嘲なのか――

それすら、今は自分でもよくわからなかった。

「では――今後ともよろしくね、言葉君」

そう言って、光輝はあくまで笑顔のまま、ひらひらと手を振る。

俺はその顔を睨みつけたまま、静かに言葉を吐き捨てる。

「あんた、いつか……ぎっしぎしに泣かすからな」

それは宣言というより、呪詛にも近かった。

だが――

光輝は、それすらも愉快そうに笑って受け止めていた。

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