第一章 前章2
ギャグの滑り具合に心を抉られながら、俺は商店街へと足を向ける。夜のため殆どがシャッターを下ろしているが、その中に明かりを灯している喫茶店がある。ひとつ深呼吸して、寝ぐせの髪をかき上げる。そうして、扉を開けた
「いらっしゃ…って、坊じゃねぇか」
バーのような店内であり、そこまで広くはないが、それなりに席は埋まっており、居心地のいい喧騒が店を包んでいる。
「闘華さん…お久しぶりです」
「おう、そこ座れよ」
目の前のカウンター席を促され、俺は抵抗する事なく座る。
「闘華さん…怒ってます?」
「怒ってるに決まってるじゃないか」
貼り付けた笑顔の奥に、凄まじい怒気を感じる。
「一週間に一回は来るって約束だったのによ、1ヶ月も来なかったからな。そりゃ怒るに決まってるよな」
「し…仕方なかったんですよ。仕事で忙しくて」
はぁ…と闘華さんはため息をつく。
「また、無茶をしやがったな」
「ム、ムチャ?韓国料理かなんかですか?」
「右脇腹、左腿、右胸に膝の損傷。細かいものをあげればキリはないが、大怪我はそんなところだろう。んで、韓国料理が何だって?」
「すいませんでした」
怪我をしたのは2週間も前の話だ。それでも傷の位置をピンポイントで言い当てるこの人は、一体何なのだろう。
「あたしらからしたら弟みたいなもんなんだから、怪我をすると心配するんだぞ」
「だから心配させないと治しているのに」
ボソリと不満げにつぶやく。
「そもそもそんなことをするなっていうのがわかんないのかなぁ?」
「え?」
振り返ると、そこには闘華さん以上の怒気を放つ人がいた。
は、背後を取られた。
「言ちゃん、1ヶ月も何をしていたのかなぁ?」
「し、仕事…だったんですよ。う、嘘じゃないです…よ」
「1秒も来ることはできなかったのかな?」
「今朝方出先から帰ってきたばかりで…。朝から学校に行って直行してるんで、どうか何卒お許しを!」
もう一人の姉星華さんに俺は減刑を求める。
「はぁ、許してあげる」
放たれた怒気を緩みを見せた。
無期懲役の実刑判決かと思いきや、逆転の無罪判決を得られたようだ。
「でも、一週間に一回は来いよ。そんなに空くとあたしらが寂しいじゃねぇか」
「そうよ、言ちゃんはって常連さんがうるさいんだから」
巷で噂の美人姉妹よりも、店内では俺の方が人気らしい。その人気を裏付けるかのように、背中に視線が突き刺さる。振り返ったらどうなるかわかったもんじゃねぇ。幽霊かよ。
「ほい、ブラックコーヒー」
「ありがとうございます」
カウンターに置かれたマグから、ふわりと湯気が立ち上る。
苦味の強い、それでいて柔らかい香りが鼻をくすぐる。
──いつもと変わらない、いつも通りの味。
「そういや、学校は?」
「……寝てました」
俺はさらりと爆睡していた事を曝け出す。
「またか…そんなんじゃ馬鹿になるぞ」
「そうよ、それで闘ちゃんも路頭に迷って…」
「そうそう…って違うだろ!やめてよお姉」
相変わらずと言うか、何も変わってなくて…と言うか、容姿も含めて変わってない。中学の頃からここに通っているが、何も変わらない。おそらくだけど、30代後半ぐらいだと…。
「坊?」「言ちゃん?」
「…何でしょうか」
「「今、失礼な事を考えただろ?」「でしょ?」
「い、いいえ。そ、そんなわけないじゃないですか」
や、やばい。動揺が声に出てしまった。
「はぁ…まぁお前が無事でよかったよ」
「そうね、今度はちゃんと来るのよ」
二人して、俺の頭を撫でる。
…完全に子供扱いだな。やめて欲しいものだ。
「そういえば、坊の知り合いに修多羅砕破ってやつがいたよな?中学からの知り合いで、長い髪してるやつ」
「…?ええ、修多羅がどうしたんですか?」
「…そうだな、近くえらいことがあるかもしれないから少し見ててあげてくれ」
「…?わかりました」
闘華さんの言葉に疑問を持ちながらも、俺は再びコーヒーを口に運ぶ。
そのあとは3人でくだらない会話をして、その日を過ごした。