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第四章 中章1

走る。走る。ひたすら走る。

ただ無心に足を動かし、長距離をこなす体力を身につける――はずだった。

けれど今日は、やけに息が上がるのが早い。

「……んっ!」

それでも、走る。

何も考えないように。昼間のことも、言ちゃんのことも、砕ちゃんのことも――

全部、頭から追い出して。

ただひたすらに、走る。無心で。無音で。無感で。

「……凛!」

「え、えっ――」

ドスン。

止めようとしていた顧問の先生に思い切りぶつかり、勢いのまま尻餅をついた。

「どうしたんだ、今日の君、おかしいぞ」

「そ、そんなこと……ないです!」

「後ろ、見てみろよ」

言われるままに振り返ると、部員たちが遥か後方にいた。

半周以上――いや、もはや別メニューと言っていい差だ。

「……今日は帰れ。そんな顔で続けさせられない」

「で、できます! やれます!」

情けなかった。突き放された気がして、思わず声を張り上げた。

「……はぁ。自分の顔、よく見てみろ」

先生は携帯のインカメラをこちらに向ける。

そこに映っていたのは、血の気が引いて真っ青な顔の自分だった。

「もう一度言う。今日は帰れ」

「……はい」

部室に戻り、制服へと着替え直す。

濡れた汗を拭うこともなく、靴を履いて外へ出ると、小雨がパラパラと降り始めていた。

「……このくらいなら、大丈夫だよね」

傘を差す気にもなれず、鞄を抱えてそのまま歩き出す。家へと続く、いつもより少し遠く感じる帰り道。雨に打たれながら、ふと呟いた。

「……私は、酷い人間だったのかな」

言ちゃんの話は、あまりに衝撃的だった。

その告白を聞いたあと、ほんの少しだけ……二人のことが、怖いと感じてしまった自分がいた。その感情が、罪悪感となって、胸の奥に重く沈んでいく。

「私は…二人の友達なのに」

フラフラと歩いていると、見覚えのない場所へと出ていた。

「ヒャハハハハハ」

道の向こうで下品な笑い声が聞こえた。好奇心は猫を殺すと言うが、私はその好奇心に負けてしまい、こっそりと道をのぞいてしまった。

「あーあ、知り合いじゃなかったか。これで100人ぐらいか?片端からぶっ殺していけばうまくいくと思ったが、少し当てが外れたな」

私は思わず目を疑った。男の足元には惨殺された死体があり、男の衣服は返り血で染まっていた。

「んー、成程。成程成程、近頃のガキはのぞきの趣味があるわけか」

「…っ!?」

振り返ると、そこには先ほどまで見ていた男が薄ら笑いを浮かべながら立っていた。

「なぁ、お前。言葉って知ってるか?」

「だ、誰よ!?」

「ヒャハハ!ビンゴ!ビンゴビンゴ!やっぱり上手くいったじゃねぇか、俺天才だなぁ」

「な、なんのことよ」

「いや、テメェが歴木言葉の知り合いだと言うことがわかっただけだ」

な、なんでバレた。

「なんでバレたって面だな。あいつの名前はすげぇ珍しいからな。言葉って言ったら、ことばの言い間違いか何のことだと疑うもんなんだよ。テメェが誰って言ってる時点で、お前は人であることを知っていると言うことだ」

「……っ」

頭が真っ白になる。

この男は――言葉を狙っている。

そして今、私が“知っている”と証明してしまった。

「俺について来い、あの死体のように殺されたくなければな」

男はにやりと笑いながら、手を突き出してくる。その仕草は、まるで凶器でも突きつけるような威圧感だった。

「……ハッ、やっぱりな。誰だって命は惜しいもんだ。

その判断は――間違っちゃいねぇよ」

私には、逆らう術なんてなかった。

恐怖が足を縫いとめ、言葉を封じる。

私は黙って、男の後ろについて歩き出す。

心の中で、ただ一つの名前を繰り返しながら。

――言ちゃん。


「話すべきじゃなかったよな」

「まだ言ってんのか。時間は戻らないんだから、気にしてもしゃーないだろ」

コーヒーを飲みながら昼のことを思い出す。凛の顔を見たら言わなきゃいけない気がしてつい話してしまったが、修多羅との間に亀裂が入ってしまうことを俺は考慮することができなかった。仕事をして大人びたような気持ちであったが、まだまだ俺もガキと言うことか。

「いや、お前は立派になってるよ。むしろ、そんなところしか隙を見せてないんだよ」

「…さらっと心を読まんでくださいよ」

「いや、読むまでもなく全部口から出てたぞ」

「マジですか。…はぁ、気をつけないとな」

「いいんじゃないか、それほど気負ってるんだろ。たまにはリラックスしとけよ」

「リラックス…ですか」

思わず呟いたその言葉が、妙に遠く感じた。

この頃――警戒を解くことができない。

面が割れた今、いつ、どこで、誰に狙われてもおかしくない。

「闘華さん、テレビつけてもいいですか?」

「おう、好きなのみろ」

リモンを操作して、テレビの電源をつける。映っていたのは最近起きているという連続殺人事件だった。

「連続殺人事件…か。色々物騒になってんな」

今からニ週間前に殺人事件が起き、そこから一週間前、4日前、2日前と期間を短くして起きているようだ。被害者は全員同じような裂傷を負っていたため、同一犯の犯行であると言われている。

「物騒ね。言ちゃん、気をつけるのよ。何かあったら、お姉ちゃんに言うのよ」

「は、はい」

星華さんにもう何百回も死んでますなんていったら何を言われるかわからんな。下手したら、死ぬ前に殺しますとか言うんじゃなかろうか。

「…坊、あまり無茶するんじゃないぞ」

「…はい」

ブー、ブー。

ポケットが振動して、携帯に着信が来たことを知らせる。

「はい、言葉です」

「言葉!凛知らない!?電話に出ないんだけど」

「凛?学校から知らないぞ。と言うか、そもそもあいつ部活じゃなかったのか?」

陸上部は夜遅くまで練習をしていたはずだ。時間にして今は17時だ。部活をしていてもおかしくはない。

「いやそれが、陸部の先生に電話したら様子がおかしかったら帰らせたって」

「っ!?…わかった、俺も少し探してみる」

「頼んだわよ、私は学校周り探すからあなたは凛の家周辺を探してみて」

修多羅から凛の自宅の情報が届く。

「こんな時に言うのもあれだけど、悪用しちゃダメよ?」

「しねぇよ」

電話を切り、俺は急いで身支度を済ませる。

「坊、これ貸すよ」

渡されたのはバイクのキーだった。

「お前免許とってただろ、店の裏にあるからそれ使え」

「ありがとうございます」

「…言ちゃん、気をつけてね」

「いってきます」

「「行ってらっしゃい」」

急いでバイクに跨り、凛の自宅へと向かう。

家の電気はついておらず、メーターも確認したが帰宅したような様子は見られない。

「くっそ、俺のせいか」

やはり、話すべきじゃなかった。

「無事でいてくれよ」

反対車線なと完全に無視して、車の間を縫うようにバイクを走らせる。後ろからパトカーのサイレンも聞こえるが、そんなことを気にしている場合じゃない。

「…どこに、どこにいるんだ」

近くの公園、コンビニ、通行人――

目に映るすべてを確認し、凛の姿を探す。

見落としなんて、絶対にしていない。それなのに――見つからない。

ブー、ブー。再び携帯が鳴る。

「修多羅!? 見つかったか!」

『……修多羅? 誰のことを言ってるのか分からないが、火急の連絡だよ』

火憐の声だった。その静かな口調に、少しだけ気持ちが落ち着く。

「どうしたんですか」

『連続殺人事件、知っているね?』

「ええ。裂傷による犯行でしたね」

『殺されているのは処理班の人間だ』

「……っ、そうでしたか」

『そして……それに関係があるのか、貫地谷くんは二週間前から行方不明になっている』

「まさか、そんな……あの人が……?」

『私も信じたくない。でも、状況証拠が揃いすぎている。

君の方でも何かあれば、すぐに連絡を』

プツン。

電話が切れ、電子音が耳に残る。

「……まさか。凛が、貫地谷に……?」

「――その“まさか”さ」

背後から、声。

振り返ると――そこにいた。

貫地谷が、うっすら笑いながら立っていた。

「よう、言葉。相変わらず、気に食わねぇ顔してんなぁ」

「……凛をどこにやった!!」

「おいおい、お友達の心配かよ? 仕事仲間を殺したってのに」

にやにやと笑う貫地谷。その目は、完全に常軌を逸していた。

「うるせぇ! 殺すぞ!」

「うおっと。銃向けるなよ。穏やかじゃねぇなぁ」

「黙れッ! 死――!」

「……おいおい、俺をここで殺したらさ。お友達の“行き先”が、わかんなくなるぜ?」

「……ッ、ちっ!」

一度、深く深呼吸する。

荒ぶる感情を、肺の奥に沈めるように。

――このまま怒りに任せて動けば、相手の思う壺だ。

「……明日だ。明日、ここに来い」

おもむろに携帯を取り出し、地図アプリを開くと、町はずれの古い工場を指差した。

「もう一度言う。明日の夕方、ここに来い。……お前一人だけでな――」

そこでニヤリと笑い、肩を震わせる。

「くぅ〜っ、こういう台詞、人生で一度は言ってみたかったんだよなぁ!」

まるで舞台の上の悪役気取りだ。

だが、その背後にある“確信”が、不気味だった。

――なぜだ?

あいつはいつも余裕なんて持たない男だった。

だというのに、今は……この異常なほどの落ち着きは、なんだ?

「じゃあな。あ――後ろから撃ってもいいぜ?

お友達がどうなってもいいなら、だけどな」

「……目障りだ。さっさと消えろ」

「バイバーイ、言葉ちゃ〜ん」

手をひらひらと振りながら、貫地谷はその場を離れていく。

追うことも、撃つことも――できなかった。

俺はただ、立ち尽くすしかなかった。

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