第三章 後章
「爆ぜぃ」
炎売が指を弾いた、その瞬間だった。
閃光。爆音。爆風。
視界が白く染まり、空気が熱と圧で撓んだ。床が裂け、窓ガラスが弾け飛ぶ。
「聞いてるで。お前さん、不死身なんやてなぁ。せやったら何回でも、爆殺したるわ!」
ドン、ドン、ドン、ドンッ!!
爆発は絶え間なく、言葉がいたはずの位置に連鎖するように起こる。地面は焼けこげ、石は溶ける。
まるで一人の人間を相手に、戦場兵器を使っているかのような大火力。
「……ん?」
爆煙の中、炎売が目を細めた。
そこにいたはずの標的の姿が…消えている。
「どこ行ったんや」
「ここだ」
声と同時に、炎売の背後から黒炭が飛び出した。
焼け焦げた皮膚、捻じ曲がった関節、炭化した腕。
「『非天無獄流・破岩一掌!』
だが、その腕は確かな質量を持っていた。
無慈悲に振るわれた掌底が、真っ直ぐに炎売を襲う。
バギィッ!!
胸部を打ち抜かれた炎売の体が、軋みながら地面を滑った。
「ッハ……効いたな、今のは」
炎売が苦笑いを浮かべながら体を起こすと、視線の先に立つ“異能殺し”の姿があった。
腕は崩れ落ち、骨が剥き出しになっている。
だが次の瞬間──
ブシュゥ……
血肉が湧き上がるように再生を始めた。
黒炭が肌色を取り戻し、折れた骨が音を立てて接合されていく。
「……やれやれ。治るってのも、手間がかかるな」
言葉は肩を軽く回し、再生を終えた拳で再び戦闘の構えを取る。
「いいパンチするやないか。……気ぃが変わった。肉弾戦しようやないか」
炎売は静かにそう呟いたかと思うとーー。
ブゥン……と低く唸るような音を立てて、全身から赤い熱気が立ちのぼる。
「火っちゅうのはな、外に出して爆ぜさすだけが能やない」
皮膚の色が、徐々に変わっていく。
赤。朱。橙。
まるで真っ赤に焼かれた鉄塊のように、その肉体が輝き始めた。
「こうやって内側に煮えたぎらせりゃあ、骨ん中まで、火薬みてぇに力が漲ってくるんや」
ゴンッ!
拳を軽く鳴らしただけで、周囲の空気が揺れた。床のコンクリが、踏み締めただけでヒビ割れる。
「ワシの異能は《熱》。さぁ、殴り合おうやないか!」
拳を握り直しながら、言葉は目の前の“燃える巨人”を睨み据える。
「あんた、やっぱり悪い人とは思えねぇな!」
勢いよく地を蹴る。風圧を巻き上げながら踏み込み、真っ向から拳を突き出す。
炎売の頬を撃ち抜いたその瞬間。
じゅわ。
殴った拳が、肘から先まで赤熱し、ねっとりと溶けて崩れていく。
「根性あるやないか。ワシはそういうの……嫌いやないで!!」
炎売は笑みを浮かべるや否や、カウンターで拳を叩きつけた。
続けざま、火を纏った膝が腹を貫く。
「飛んでけやぁ!」
蹴り上げた脚から火花が爆ぜた瞬間、凄まじい爆発が巻き起こる。
──ドガァン!
爆音と共に言葉の身体が吹き飛び、空中で肉体が四散した。だが。
「『治れ』」
言霊が空中で発動されるや否や、爆風の中に骨が生え、肉が盛り、皮膚が張る。
わずか一秒足らずで、再生を終えた言葉が着地と同時に、拳を構えた。
「まだまだ終わりやないで、“爆拳”!」
拳が交差する寸前、言葉が叫ぶ。
「『カウンター!』」
言霊で肉体を瞬間的に補正して、炎売の拳を紙一重で避け、言葉の拳が鳩尾にめり込む。
だが、爆熱の肉体に拳が焼かれ、黒炭となる。しかし、関係ないとばかりに拳を深く押し込む。
「拳を…無理やりねじ込んだんか」
腹に入った衝撃に、炎売が一瞬呻く。
その瞬間を逃さず、言葉が吐いた。
「『吹っ飛べッ!』」
轟音とともに、炎売の身体が吹き飛ぶ。
言葉は崩れた拳を見下ろしながら、静かに呟いた。
「決定打に欠ける…か」
直後、破裂音とともに、炎売が突進する。
「異能殺しぃぃぃぃ!」
全身から火を噴きながら、鉄塊のような拳を振りかざして突っ込んでくる。
とことんまで殴り合うつもりか。
…面白い!
言葉もまた、咆哮する。
「炎売ぇぇぇぇぇ!」
先ほどまでの懸念を吹き飛ばすように、高揚とともに拳を振るう。
拳が語る。命が叫ぶ。
全てが“殴り合い”に込められる。
火花が弾ける。骨が軋む。
爆ぜる拳と、溶け落ちる肉がぶつかり合うたび、空気が震える。
片方は炎を纏い、殴るたびに地面が焦げ、衝撃で空気が吹き飛ぶ。
片や再生し続ける身体は、拳を振るたびに溶けていき、皮膚も骨もアイスクリームのように垂れ落ちては再び盛り上がる。
それでもーー。
「アハハハハ!ええぞ!もっと来いや、異能殺し!」
「ハハッ、あんた、最高に面倒な奴だな!」
殴りながら、笑っていた。
ぶっ壊しながら、笑っていた。
お互いを地獄へ叩き込もうとしながら、まるで友情を確かめ合うように、拳を交わし続けていた。
それはまさに──殺し合いという名の、共鳴だった。
拳と拳がぶつかるたび、炎が唸り、肉が焦げる。再生と崩壊が繰り返される中、炎売の肉体が黒ずんでいた。
「ハハッまだまだぁ!」
炎売は迷いなく拳を振りかぶる。しかし、言葉の頬にぶつかった瞬間ボロボロと崩れ去っていた。
「おい、あんたの身体!」
「そうや、これが"火”の代償や」
炎売は、口角をゆるく持ち上げたまま、ふらりと一歩後ろに下がった。ボロボロと肉体は徐々に崩れ去り、ガクンと膝をついた。
皮膚はひび割れ、肉は焼け爛れ、骨は黒く砕けていた。
「限界か…つまらん幕引きじゃな…」
「どうして、止めなかったんだよ」
言葉は静かに戦士に問うた。
「異能殺し」
炎売が、絞り出すように呼ぶ。
「ワシらのやってることが正しいなんて、これっぽっちも思っとらん。でもな、間違いでも、ワシはワシのやるべきことをやっただけや」
ゆっくりと、燃えるような瞳を細める。
「死ぬってのは、怖いな。まぁ人生色々あったけど、お前のおかげで悪ぅなかったで。えーっと」
「言葉。歴木言葉だ」
「じゃあな、言葉」
炎売の身体が、音もなく崩れ落ちる。
崩れた先からは、火も血も流れなかった。ただ、黒い灰だけが、ふわりと舞った。
言葉は静かに立ち尽くし、その場を見下ろしたまま、つぶやく。
「……あんたは、本当に悪人じゃなかったよ」
強敵であり、誇りある敵だった。
勝利の虚しさに沈む心とは裏腹に、炎売の灰が風に溶けて消えていった。




