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異能奇譚  作者: レム睡眠
22/27

第四章 前章

8月某日。

夏休みだというのに、登校日だった。

こういう日に限って仕事は入らず、仕方なく制服に袖を通して学校へ向かった。

「……青いなぁ」

前日にしっかり睡眠を取れたせいか、今日は珍しく朝から起きている。

けれど、普段寝てばかりのせいで友達も少なく、誰かと喋るでもなく、ただ空を眺めているしかない。

「空を見るだけって、言ちゃんは退屈じゃないの?」

「退屈だな。でも、俺には趣味もないしな。

こうしてぼーっとしてるのが、数少ない“平和”の証ってやつだ。それに引き替え、凛は友達多そうでいいよな」

「うーん、言ちゃんと比べちゃうとそうかもね。学校だけでも100人はいるからね」

「……学校“だけ”で、百人?」

俺は目を細めた。何人いるんだ、いったい。

しばらく沈黙が続いたあと、凛が少しだけ声を落とす。

「ねぇ、言ちゃん。聞きたいことがあるんだけど……いい?」

「……何か、あったか?」

無駄だとわかっていながら、白々しくとぼけてみせる。

「“異能”って言うんだっけ。砕ちゃんもなっていた……あれ」

「……はあ。やっぱ、見てたのか」

「……怖くないの?」

凛の声が、かすかに震えていた。

「あんなに……あんなに、傷ついたのに」

凛はそっと、俺の手を取る。

手首を撫で、肘に触れ、肩に手を置いた。

優しく確かめるように、そこに“傷がないこと”を触れていく。

「溶けてたのに。……燃えてたのに、何もなかったみたいに戻ってる。それも変だし、おかしいって思うよ。でも――」

凛はぎゅっと俺の手を握る。

「一番おかしいのは、言ちゃんが、そんなになっても平気な顔をしてることだよ」

「平気な顔……か。まあ、そう見えるよな」

仕事と割り切ってはいる。

だが、人を殺している以上、罪悪感がないわけじゃない。

ただ、もう五年もそんな仕事を続けているせいで、きっと俺は、“人を殺しても平気な奴”のように見えるんだろう。

「まあ、人を殺してる以上、罪悪感は――」

「そんな話をしてるんじゃないよ!」

凛の声が、わずかに震えた。

「そういう仕事なんだってことは、見てて分かる。でも、言ちゃんがさ……率先して、自分の身を削ろうとするのが、私はおかしいって言ってるの!」

「……優しいな、凛。そうか。そういう意味だったのか」

“身を削る”――か、言い得て妙な表現だ。

実際に、俺は何度も身体を削ってきた。

「いないんだよ。俺みたいに異能を使って、異能者を抑えるような奴なんて」

「いないって……誰か一人くらいは、いるでしょ?」

「……いないんだ。一人もな」

凛は眉間に皺を寄せ、俺をまっすぐ見据える。

どうやら、信じていないらしい。

信じたくないんだろう。そんな孤独を。

「異能を“制御する”って、実はすごく難しいんだよ」

「そんなに難しいの?」

「そうだな……わかりやすく言えば、“修多羅ですらできない”くらい」

「……え?」

世界大会を二連覇した元拳法家。

今でも衰えをまったく感じさせない、圧倒的な実力者。そんな彼女でさえ、異能を完全に制御することはできていない。

「というか、そもそも異能を“覚醒”させる人間自体が少ないんだ」

「そんなにいないの?」

「……はあ。凛、心臓麻痺って知ってるか?」

「うん。心臓に負荷がかかって、死んじゃう病気でしょ?」

「異能を覚醒させるってことは、その“心臓麻痺”を引き起こすくらいの、精神的負荷を受けるってことなんだ」

「それって……つまり、死ぬってこと、だよね?」

「――そう。死ぬんだよ」

少しだけ息を吸い、言葉を置く。

「そして、“生き返る”んだ。人間として心臓麻痺で死んで……“異能者”っていう化け物として、生まれ変わる」

あまりの事実に、凛は言葉を失った。

目を見開き、ただ黙って俺の顔を見つめてくる。

「……も、元に戻る方法は……?」

かすれるような声で、希望にすがるように幼子のように問う。

「――ないよ」

俺は淡々と、だが優しく突き放すように言った。

「片道切符の一方通行。異能者になろうとした時点で、“人間”を捨てるってことを、無言で了承したようなもんだ」

キーンコーンカーンコーン。

鳴り響く予鈴。それは、まるで「これ以上は踏み込むな」と、世界そのものが凛に忠告しているかのようだった。

「じ、自分の席に戻るよ」

「――あぁ」

バタバタと、クラスメイトたちが授業の準備を始める中、俺は一人、窓の外に目をやる。

「……はぁ」

胸の奥に沈殿した後悔が、ため息とともにこぼれ落ちる。それをごまかすように、空を仰ぎながら呟いた。

「……青いなぁ」

頭上に広がるのは、どこまでも澄んだ青空。

なのに、どこか不穏な気配を孕んでいるようにも見えた。

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