第三章 中章2
「四皇子に相馬、そして……百道か。百道は聞いたことないけど、あとの二人は知ってる」
「マジかよ……」
夏休みという、一年で一番のご褒美の最中――俺は殲滅会に報告に来ていた。
「殺し屋だね。それも、凄腕の」
「なるほど。命があるだけ、まだマシってことか」
通りで強かったわけだ。
異能の扱い方も、戦闘における状況判断も完全に上をいかれてた。
「相手が強かったことを、自分の弱さの言い訳にしてんじゃねぇよ」
鋭い声が、空気を裂いた。
「……何が言いたいんだよ、貫地谷さんよ」
睨み返す俺に、貫地谷はわずかに口の端を吊り上げた。
「何が言いたいって? そのまんまだよ。お前が弱いから、相手を倒せなかった。それだけの話だ」
「はっ。異能者でもねぇ人間が、調子に乗ってんじゃねぇよ」
俺は鼻で笑った。
「どうせ、あんたは銃を外して死ぬのが関の山だろ」
「……あ? 今から試すか?」
貫地谷が一歩、こちらへと踏み出してくる。
目の奥に、殺意とも嘲笑ともつかない光。
「いいぜ。死にてぇなら、かかってこいよ」
拳が鳴る音が、緊張を切り裂いた。
「はいはい、どうどう。……まったく、顔を突き合わせるたびに喧嘩しないと気が済まないのかね、君たちは」
火憐が呆れたように間に割って入った。
「火憐さん! こいつは――異能者を倒せなかったんですよ!」
貫地谷の声が、怒りで震えていた。
「俺たちは、こいつの壊した後の処理だとか、周りの人間の記憶改変だとか……全部、尻拭いしてやってるのに!」
「だったらさ――」
火憐は静かに言った。
「私らを守ってくれてるのは、言葉だよ」
「……っ!」
言葉を失った貫地谷が、拳を強く握り締めた。
「……俺にも、異能があれば。こんなやつに……頼らなくて済むのに……」
貫地谷は俺をキッと睨んでから、悔しそうにその場を後にした。
「異能があれば……か」
そんな望んで得るような代物ではないというのに。
「はぁ、小さい頃はもう少し可愛げがあったんだけどね」
火憐は頭を抑えながら、深くため息をつく。
「百道の件に関してはこちらで少し調べてみるよ。しばらく闘う相手になりそうだからね」
「お願いしますよ。じゃ、俺は帰ります」
「気をつけるんだよ」
殲滅会を出て、時計を確認すると12時だった。
「ヤッベ」
学生らしく遊びの待ち合わせをしていたため、俺は慌てて集合場所のファーストフード店へと向かった。
「おいっす、言ちゃん」
「すまない、遅れた」
着く頃には、集合時間である13時を30分も過ぎてしまった。
「いいんだ、ここで駄弁るだけなんだから」
「そうか?でも俺話題とか特にないぞ」
「いいのいいの、基本私が喋るだけだから」
凛は自慢げに胸を張りながら、プライドポテトを口に運ぶ。
「んで、言ちゃんはまた仕事してるの?」
「してるね。というか、仕事ばっかりだな」
夏休みに入ってからほぼ仕事だ。戦って、気絶して、直して、ドライブして、報告して…。
少し遊んでたな。
「凛は最近何してたんだよ」
「私?私は昨日砕ちゃんと買い物行ってきたよ。服とか靴とか色々買ってきたよ」
「へー、あいつも女子っぽいことするんだな」
本ばかり読むやつだったのに…凛はすげぇな。
「言ちゃん、ソース多めのやつもあるよ。ほら、これ」
「おう、ありがと。……って、なんでお前が俺より先に全部注文してんだよ」
「そりゃね、来る頃には注文終わらせといたからね」
凛は得意げに胸を張りながら、ストローでシェイクを啜った。
俺はポテトを口に放り込みながら、ちらりと窓の外を見やる。空は相変わらず青くて、雲ひとつなかった。世界は平和に見える。──ただの表面だけだ。
「最近、砕ちゃんが新しい本買ったんだけどね、すっごいテンション上がっててさー……」
話してるのはほとんど凛だ。俺は頷き役に徹しながらも、背後の空気にかすかな違和感を覚えていた。熱気。エアコンの効いた店内にはあるはずのない、妙に生々しい熱が背後からジワジワと迫ってくる。
──そして、次の瞬間。
「……へぇ、随分とええ顔でくっちゃべってくれてんなぁ、“異能殺し”」
鉄の扉を叩き割るような低い声が、店内に響いた。背後に立っていたのは、全身黒づくめの男。鋭い目つきに、額には火傷の痕。そして背中には、かつて誰かに縫い付けられたような龍の刺繍入りのコートを羽織っている。
「…誰だ?」
「名乗るほどのモンじゃねぇが……まぁ、炎売ちゅうもんや」
男──炎売は一歩、また一歩と、俺らのテーブルに近づいてくる。歩くたび、足元の床がキィキィと鳴った。まるで逃げ出そうとしているみたいに。
「四皇子がな、お前さんに無様にやられての。弟分がやられたと聞いちゃ、黙ってられねぇのが兄貴分の性ってモンよ」
「……お前、あいつの兄貴分か」
「おうよ、あいつは独断専行するようなアホやが、可愛げはあるやつやからな。そんな奴がズタボロにされたら怒らんわけいかんわけたい」
その言葉と同時に、炎売の肩から、フッと蒸気が立ち上る。店内の空気が急速に変わっていく。凛も異変を察して、顔色を変えていた。
「言ちゃん……この人、やばい」
「安心せぇ、嬢ちゃん。お嬢さんには手ぇ出さん。ワシはぁ、そういう仁義のねぇ真似はせん。けどな──」
炎売の足元に、じゅわ、と音を立てて床が焦げ始めた。
「お前は別だ。“異能殺し”。あいつの仇ぃ、取らせてもらうぜ」
「場所は変えさせてもらうぞ」
「おう、表でろや」
凛を店に残し、二人で店を後にする。
店を出てからしばらく歩き、人気のない空き地へと出た。
陽炎のような熱が地面に揺れているのは、炎売のせいだろう。
「……一つ聞いてもいいか?」
「んぁ? なんじゃい、今さらビビったんか?」
「いや、違う。ただ……なんで、あんたみたいな仁義に厚い奴が、あんな“テロ組織”にいんだよ」
炎売は立ち止まり、しばらく黙ったまま空を見上げた。
「簡単な話ぃや」
煙草に火をつけ、ぷはぁと煙を吐く。
「利害の一致っちゅうやつや。……世の中にはな、つまはじきにされたもんがおる。ワシもその一人や」
言葉が無言で見つめる中、炎売は笑った。
「ワシらも普通にいたかった。じゃが、お前らの普通に弾かれてしもうた。やから、お前らの普通を壊すために、ワシらの日常を普通にするために戦っとるんじゃ」
その言葉に、妙な説得力があった。
否定できる道理じゃない。
ただ、それでも俺は──
「だからって、無関係な奴まで巻き込んでいい理由にはなんねぇよ」
炎売は煙草を投げ捨て、足元で火を灯した。小さな火種が、まるで生き物のように地面を這い、周囲に熱を広げていく。
「それはこっちのセリフや。“普通”の世界を守るために、ワシらの存在そのものを抹消しようとしとるのは……お前らじゃろがい」
──バチン、と。
指を鳴らすと、指先から火花がばちばちと散る。
「まぁええ。これ以上口で語る必要もないやろ。異能殺しがどれほどのもんか……このワシの火で、試させてもらうで」
「……上等だ。全部、吹き飛ばしてやるよ」
戦場の空気が、熱と殺気で歪んだ。