第三章 中章1
「おかえり、相馬」
白髪の青年は、にこりと笑顔を向けた。
「異能殺し、強かったで。邪魔が入って決着はつかんかったけど、私ら二人でかかっても勝てたかどうか、怪しいわ」
「ふーん、そこまで強いんだ」
青年は指先で空をなぞるように遊びながら、興味なさげに呟く。
「けどさ」
ふと、視線を相馬に向けた。
その目には、先ほどまでの無関心とはまるで違う、氷のような色が宿っていた。
「幹部として、“負けて”帰ってくるってのは、どうなんだろうね?」
「……違う! 負けたんやない! 見逃してやったんや!」
「……まぁ、そういうことにしといてあげるよ」
再び浮かべた笑みは、今度は刃のようだった。
優しさの皮を被った、冷酷そのもの。
「でもね、相馬。次はないから」
「……は?」
「“見逃した”って言い訳が通じるのは、一回だけ。二回目は……君の椅子、なくなるからね」
相馬は無言で歯を食いしばった。
部屋の空気が、音を立てて凍りつく。
青年はくるりと背を向けた。
「それにしても……会ってみたいな、異能殺し」
そう呟く声には、わずかな熱が宿っていた。
「うーん、僕はしばらくこいつに付きっきりだからな」
彼が目を向けた先。ガラスの向こう、水槽の中に浮かぶ少女がいた。
目を閉じたまま、まるで人形のように、ゆらゆらと水中を漂っている――だが、確かに生きていた。
「ド派手なものはまだ準備中だし、今回もまた暗殺ってことになるのかな。……ま、異能者同士の戦いなんて、一般人から見たら十分“派手”なんだけどね」
ケタケタと笑いながら、青年は独りごちる。
「……ま、死体の数が三桁を超えないと、“派手”とは言えないけど」
あまりに不穏な台詞に、相馬は思わず顔を引きつらせた。
「まぁいっか。じゃ、とりあえず――異能殺しを殺したい人、手挙げてー」
無邪気な口調で音頭を取ると、テーブルの奥から、静かに一人の手が上がった。
「俺に行かせてくださいよ。弟分の四皇子がやられたとあっちゃ、兄貴分として筋を通さにゃならねぇ」
「うんうん、確かに。人情って大事だよね」
青年は大げさに頷き、楽しげに笑った。
「じゃあ、任せたよ。そいつ、きっちり殺してきてね。――間違っても、相馬みたいに負けて帰ってこないで」
そこでふっと笑みが消えた。
「僕の組織に、臆病者の居場所なんてないからさ」
「わかってますよ。でも、そもそも俺は組織の中じゃ鉄砲玉です。今回の戦闘は、あいつらの独断専行ってやつですから――大目に見てくださいよ」
「そう……君にそこまで言われたら、溜飲も下げざるを得ないね」
貼りつけたような笑みをふっと引き、青年はつまらなそうに真顔へと戻った。
「じゃあ、これが“組織としての初陣”ってことで。きっちり仕事してきますよ、百道さん」
「いってらっしゃーい」
ブンブンと手を振りながら、青年は男の背中を見送った。