第二章 後章1
翌日。俺は雄也にあったことを連絡した。
「感染系…いや汚染と言ったほうがいいな」
「汚染?」
電話越しに雄也の声がわずかに低くなる。
「感染というのならあくまでも伝播するってことだ。だが、汚染なら範囲のまるごとってのができるわけだ」
「…成程」
精神汚染か。つまり、あの男も精神を汚染されて、あんな風になったってことか。
「気をつけろ。お前は見逃されているだけかもしれないからな」
「わかってるよ」
電話を切り、俺は今日の事件の現場へと向かう。
二回目の事件を俺は止めることができなかった。深夜0時に100人もの人間が殺された。数が減ったと喜ぶべきかはわからないが、これでますますなんのためにしているかわからなくなった。
「先輩!大丈夫だったんですか!?昨日飛び降り自殺したって!」
「いやしてねぇよ。そうさせられたけどな」
「え!そうなんですね。てっきり、私はこんな仕事をしているから死にたくなったのかと」
「んなわけねぇだろ。馬鹿なこと言ってないで、寝癖直してこい」
「え?またついてました?」
「ついてるから言ってんだよ。さっさと直してこい」
「は、はい」
はぁ、緊張感に欠けるな。
「……しかし、今日も同じか。勘弁してくれよ……」
何もない。
何ひとつ、手がかりがない。
異能の性質は見えてきたというのに、肝心の“使い手”がどこにもいない。
「……なんで、段階的に殺さないんだ?」
思わず、口をついて出た言葉。
自分でも意識しないまま、疑問が形になる。
精神汚染。
そう仮定すれば、見えない場所から人を操って殺す――それができる異能だと理解できる。
ならば、もっと静かに、もっと目立たずにやれるはずだ。
――なのに。
なぜ、あえて“見せる”ような殺し方をする。
その疑問が頭にこびりついた瞬間だった。
「……見つけた……お、お前……お前を……み、見つけた……!」
背後から絞り出すような声が聞こえる。
振り返ると、そこには――昨日、俺の腕を掴んだ男がいた。
「……お前か? 異能者は」
「こ、殺す……殺す、殺す、殺す殺す殺す殺すっ!!」
その目は白目を剥き、泡を飛ばしながら叫んでいた。
言葉というよりも、呪いそのもの。
正気じゃない。完全に“壊れて”いた。
「チッ!違うのかよ!」
叫びながら、突進してきた拳を紙一重でかわす。
即座に鳩尾へ拳を叩き込む――
ドンッ!
鈍い音とともに、男の身体が弓なりに折れ、崩れ落ちた。
「……気絶した、か」
「先輩!先輩大丈夫ですか!」
「ハァハァ…銀鏡か…速かったな」
「はい!先輩が襲われたと聞いたら寝てもいられませんよ」
「ハァハァ…そうか、殊勝なことでいいな」
やっと息を整えることができ、深く深呼吸をする。
「ふぅ、さてどうしようかな」
「とりあえず殲滅会に行って、火憐さんの指示を仰ぎましょう。もう、私たちでは無理ですよ」
「そうだなとりあえずそうするか」
俺はホルスターから銃を抜き、
背を向けた銀鏡に――照準を定めた。
「……お前を倒してから、な」
「え……? な、なに言ってるんですか?先輩……」
銀鏡が慌てて両手を上げる。
「じょ、冗談ですよね? ちょっとやめてくださいよ……!」
その笑顔に、さっきまでの“異常な光”がかすかににじむ。
「……冗談じゃねぇよ」
俺はスマホの画面を銀鏡に向ける。
そこから、男の声が流れる。
『初めまして、お嬢さん。俺は乙金雄也って言います』
白々しい口調の中に、鋭い毒が混ざっていた。
『さて……探偵役として推理を披露したいところだが、残念ながらこれは“事件”じゃない。“異能”だ。証拠もない、凶器もない。そのため、推測となる』
ペラペラと雄也は続ける。
『――さて、お嬢さん。早速だが、あんたが“犯人"だ』
乙金の声が、スマホ越しに響く。
『理由は単純だ。こいつ――言葉が「自殺をさせられた」と言った時、
あんたはそれを“納得した”。まるで当然のようにな』
「な、何を言ってるんですか……!」
銀鏡が焦りを隠せない声で返す。
「異能者がそう仕掛けたってことなら、納得するのは当たり前じゃないですか!」
『“仕掛けた”――と言ったな』
言葉の声が低くなる。
「……決定的だな」
スマホ越しに、乙金の嗤うような声が続いた。
『ますます“確信”になったよ』
銀鏡の顔がこわばる。
『今回の異能は、“見えない”。“痕跡もない”。“証拠もない”』
「俺でさえ、系統すら絞れなかったんだ。お前は現場にいなかったのに」
『それでも、“仕掛けた”と断言した』
「……っ」
沈黙。
「“仕掛ける”という言葉を使えるのは、それを“知ってる”やつだけだ」
『ああ。だからもう、仮説じゃない。――あんたが“犯人”だ』
乙金の声に、少しだけ憐れみが滲む。
「よかったよ。これで、間違いじゃなくなった」
言葉は、ゆっくりと銃口を銀鏡に向ける。
「アハハハ、ハハハハハハハ!」
「っ!?」
それは、笑い声だった。
けれど――およそ“感情”とは無縁のものだった。
「いやぁ、見事見事。お見事ってやつですよ、ほんと。すごいですね、先輩」
その口調はまるで、賞賛でも皮肉でもない。ただ――空っぽ。
「そんなすごいお友達がいたなんて、聞いてませんでしたよぉ」
銀鏡の声色が、がらりと変わっていた。
敬語も、礼儀も、真面目さも――全部、嘘だった。
その目は虚ろで、その口は笑っていた。だがそれは、“嘲笑”だった。
まるで感情を模倣した、精度の低い機械人形のような。
「いやぁ、感心しちゃうなぁ……ほんと。あと、数千人はいけると思ってたのに」
「……っ。一応、聞くが」
言葉は銃を構えたまま、絞り出すように尋ねた。
「……なんで、殺したんだ」
銀鏡は、にこりと笑って、答えた。
「え? 殺せるから、ですよ? それ以外に……何か理由、要ります?」
その言葉に、思考が一瞬止まる。
道徳じゃない。思想でもない。快楽ですらない。
――ただ、“可能だったからやった”。
それは、人間の感性とはかけ離れた“異物”だった。
「はぁあ……誤魔化しながら、もう少し遊べると思ってたんだけどなぁ」
銀鏡――否、“それ”は、口をへの字に曲げる。
「先輩を殺す予定だったのに。残念だなぁ……ほんと」
「俺を殺す予定?」
「言ってたでしょ?復讐だって?もう忘れたんですか?」
銀鏡の兄を俺が殺したのか?でも、銀髪のやつなんてそんな奴いなかったはずだ。
「覚えてないならいいですよ。私は復讐してスッキリしたいだけですから」
「お前なら…お前なら俺だけを殺すことができたはずだ」
「つまらないじゃないですか。先輩の精神だけを汚染して、先輩だけを殺しても、先輩が死ぬだけで、それ以外何もないじゃないですか」
「…それが復讐なんじゃないのかよ」
「嫌ですよ。私の復讐は劇的にやって劇的に終わらせるんですよ。そのために、数百人だろうと踏み潰しますよ」
ドドドド。背後から謎の音が聞こえる。
「推理力を見せてくれたお礼をしてあげます」
その音はだんだんと近づいてきて、それが大量の人であることがわかった。
「さて、次は戦闘力を見せてくださいよ、先輩」