第一章 序文
世界は英雄を欲する。
その役目を押し付けるために
異能。それは数年前に人間から発現したものと言われている。"言われている"と酷くざっくりなのは、異能という存在そのものが国家機密に指定されているからだ。情報制限は徹底されているため、仮に一般人が「異能は存在する!」と発言したところで、厨二病を拗らせてしまった痛いやつで片付けられる。
さて、話は逸れてしまったが、異能とは簡単に言えばおよそ"人体で発することのできない能力"のことを指す。事例で言えば、人体発火と言ったところだろう。しかし、人体発火など可愛い範疇であり、人間の原型すら留めず、別種の生き物へと変異化してしまう事例も存在する。
現に、俺が今戦っているのは鬼だ。
いや、厳密には角が生えているだけで鬼の要素など皆無なのだが、彼女の気迫や存在感が鬼だと錯覚をさせる。
「死ねぇええ!」
「…くそ!」
俺は多少なりとも武道の心得がある。
現代において武道の心得があるということは、それなりに強いという証明になる。だが、そんな俺でも彼女の前ではただのサンドバッグがいい所だろう。そう断言できるのは彼女が武道の世界で勝ち残ってきた猛者だからだ。実力差など天地に等しい開きがある。
「多少は、加減して欲しいものなんだがな」
「加減?何言ってるのよ、これは殺し合いよ!」
異能が世間に流布されていない原因。それはこうやって殺し合いをしているからだ。異能を身につけた人間を異能者と呼ぶが、異能者は全員人型の爆弾のようなものだ。能力を悪用する人物もいるが、反面良い方面に使おうとする人物は少なからずいる。異能者の扱いを哲学においての性善説や性悪説のような押し問答を繰り返した後、人々は一つの結論に至る。
そんなものは殺して終えば関係ない…と。
「そう、殺すのよ!こんなふうにね!」
「…ぐっ」
メキメキィ。
腹に強烈な一撃を叩き込まれ、勢いで倉庫の壁へと体を叩きつけられる。
「…ハァハァ、やばいな」
腹には風通しのいい穴ができてしまった。俺もまた異能者という爆弾の一人だが、放っておいても後数分もすれば死んでしまうだろう。
「どうして…こうなった」
俺は薄れゆく意識の最中、疑問を呈する。
自分が死にかけている状況ではなく、学校を破壊しながら戦っていることでもなく、なぜ目の前の異能者と…彼女と対峙せねばならなくなったのかと言うことだ。異能者となった以上、最早殺すしかないが、俺に知り合いを殺す趣味はない。
「…まだ生きているのね」
「ご丁寧に…トドメを刺しにきたのかよ」
酷く冷たい目だ。世界を恨み、世界を殺す覚悟をした目だ。
「殺してやる」
宣言通り心臓を手刀で貫かれ、俺の意識は薄れていく。走馬灯の中、俺は意識を回帰させる。なぜ、彼女と対峙、なぜ彼女戦わなければならなくなったのか。
俺と彼女の物語は、数日前の“ある日”から始まる。