疲れた聖女はドラゴンと眠る
『聖女様、私の子供が熱を出してて…。』
『聖女様、この切れてしまった腕を…。』
『聖女様、私の目は治らないんですか…。』
(うるさい)
『聖女様ならなんでも直せるんでしょう?!』
(うるさい)
『聖女様』『聖女様』『聖女様』『聖女様』『聖女様』『聖女様』『聖女様』『聖女様』……
「うるさい!!」
気づけば私は飛び起きていた。最近こんな感じ悪夢を見るようになった。正確には夢ではなく現実で起こったことを思い出しているに過ぎないのだろうが。
聖女の1日は身体を清めることから始まる。
春でも夏でも秋でも冬でも…変わらず井戸から汲み上げた冷たい水で身体で清める。
「うっ……。冷たい。」
今は冬のため、水の温度は1桁くらいに感じた。
次は朝のお祈りだ。
神の前で膝まづき、手を合わせて神に今までの感謝と今日1日穏やかに過ごせるようにと祈る。
「聖女様だ。今日もこんな朝早くからお祈りされるなんて、なんて素晴らしいお方だ。」
「きっと、真摯に神様と向き合っているからこそ、聖女様はあのような力があるのだなぁ。」
「なんて真面目なお方だ。」
他の信者がこのように言うのは日常茶飯事である。
(もう慣れてしまったけど…。)
朝のお祈りが終わると、次は奉仕活動に出る。
主に治療院や救急院での治療が仕事である。
聖女には傷を癒す“癒しの力”があり、擦り傷のような小さいものから、切り傷、足、目のような大きいものまで治すことが出来る。
(今日の患者さんは足…。嫌だなぁ。)
もちろんその傷を癒すにはとてつもない集中力と聖力と呼ばれる神から与えられた力を使うため、身体に負担が擦り傷を治す時と比べられないほどかかる。
それに加え…
「聖女様、さっさと治してくれ!」
「なんで私より後に来たその男が先なの?!可笑しいじゃない!」
「聖女様は平等なんだろ?ならそいつだけじゃなくて、俺も直してくれよ!」
この国は身分制度があるため、どうしても治療は身分のある方が優先となる。平民は2の次なのである。
「……………。」
(怪我で不安なのは分かるけど…。私の事も考えて欲しいなぁ…。)
「すまない。私がもう少し周りに気をつけていれば、貴方の手をわずらわせずに済んだのだが…。」
騎士様が申し訳なさそうに私に謝った。
「大丈夫ですよ。これが私の仕事なのですから…。」
私は足を負傷した騎士様を癒し、他の患者さんたちが喚き散らす中その治療院を後にした。
(騎士様は他の患者さんの標的になって居ないでしょうか…。私にもっと力があれば、あそこにいた人もさっき癒せたのに…)
そんなことを思いながら、次の治療院に向かった。
昼頃になると奉仕活動が終わる。何故一日中しないのかと言うと、王宮に呼ばれるからである。聖女は怪我だけではなく、毒も癒すことが出来るため、ちょうど王宮のお昼時。そして夕食時に王宮でもしものために待機する必要があるのである。
(今日もどうせ暇よ。本当は私の力を利用したいだけじゃない。この時間があれば、もっと癒すことが出来るのに…。)
馬車が止まる。王宮に着いたようだ。
「聖女様、お手をどうぞ。」
私は馬車からおり聖女待機室へ向かう。それは王宮の中にあるため、時々、王宮の宮廷医師とすれ違う時があるのだが…、
「汚らわしい。平民のくせに王宮内に立ち入るなど…。」
とボソッっと言われることがある。
(私だって来たくて来たわけじゃないの。私はもっと私を必要としてくれる場所に行きたいのに…。それに私を呼んでいるのは王族よ。)
と心の中で返す。
「今日も王宮では何も無かったわね。」
私はグッと伸びをする。
今から夜のお祈りの時間だ。
(この時間は好きだ。誰もいない。)
「今日は1日ありがとうございました。」
私は手を合わせ祈る。
こんな日々の繰り返しである。
そんなある日。私が朝のお祈りを終え奉仕活動の用意のために自室へと向かっている時、
『今までの聖女は例外無く20歳になると行方が分からなくなっていたが、今回の娘は今日で20歳にも関わらずまだここにいる。本当はあの娘は聖女ではなかったのでは無いか?』
声で分かった。その声は私を拾ってくれた神官長であった。
(そんな訳ないじゃない!私は今まで人々を癒してきたのに!)
人生で最悪の誕生日だった。
その日を境に私が聖女ではないという噂は広がっていった。
『俺が今まで信じてきた聖女様が、偽物だったなんて!』
『さっさと消えろ偽物め!』
『偽聖女!』
そんな声が増えた結果。私は神官長に部屋に閉じ込められた。
「これも民を安心させるためだ。お前にはすまないが、王宮裁判所での判決が出ない限りここからは出られないと思え。」
(あなたが言いふらしたのでしょう?あなたのせいで私は閉じ込められたのよ?なんで…なんでよ……。)
親のように慕っていた神官長の言葉は、私の心をぐちゃぐちゃにした。
数ヶ月たっただろうか…。
食事が硬いパン1つと具のないスープを1日1回。おかげで私の体はやせ細って骨が少し浮き出ていた。
悪夢のせいで十分に眠ることも出来ず、目には隈が出来ている。
バタバタバタ…
10人ほどの走る音が聞こえる。そして、
バンっ
王宮騎士だろうか。美しい服を身にまとっていた。
「偽聖女め!貴様は聖女と偽った罪で本日処刑する。」
(あ……あ…ああああああああ!)
掠れてしまった喉では叫ぶことすら出来なかった。
『偽聖女!』
『偽物!』
『よくも俺らを騙したな!』
『汚らわしい!』
『さっさと処刑してしまえ!』
斬首台と国民の間には血が飛び散らないようにという配慮からかは知らないが、結構距離が空いている。
(意外と聞こえるものね…。)
この国では普通ギロチンを用いて処刑するにも関わらず。その場にギロチンはなく斧のような大きい剣を持った処刑人がいた。
(私をそんなに苦しませながら殺したいの?)
「処刑せよ。」 カチャ
王様の声が聞こえ、処刑人が剣を構える音がした。
(あぁ。さよなら。)
その時だった。空から光が差した。
「うわーーーー!」後ろを振り返ると、処刑人の剣は燃えて、溶けて、ドロドロになっていた。
(剣…鉄が溶けている。何が起こったの?)
「我が選んだ聖女に手を出すとは…。」
空に広がる漆黒の翼の形が見えた。
(ドラゴンだ…。)
「ドラゴンが選んだだと?やはり聖女は偽物だったのだ!神に選ばれていない者は聖女ではないからな!」
神官長がドラゴンに向かって言った。
「愚か者もここまで来れば可哀そうになってくるな。とっくにこの国は神から見放されておる。聖女を過労死させた時からな。我が主は非常に寛大だった。貴様らに何度もチャンスを与えたのだからな。」
「なんの事だ!」神官長が声を荒らげる。
「主は信じていた。いつか聖女が国の象徴となり、民を守りながらこの国を導くことを。だが貴様らはどうだ?聖女は傷を癒す道具では無い。その事に気づけなかった貴様らは、我が主に見放されたのだ。私は今からこの地を去る。覚悟しておくのだな。」
ドラゴンが顔を背ける。
(あぁ。もう、この国は…なくなってしまうのね。)
ふわっ
急に体が浮く。身体を縛っていた縄は解け、気づけばドラゴンの手の中に居た。
「ではな。彼女は本物の聖女だ。貴様らは不要と判断したのだろう?ならば私が貰っていく。」
そういいドラゴンは羽ばたいた。
ドラゴンはスピードを緩め高度を下げていく。目的地に着いたのだろう。周りは木々が生い茂りちょっとした湖も近くにあるようだ。
「あの、ありがとうございます…。」
「お礼を言うのは私の方だ。」
「えっ?」
ドラゴンを見ると鱗がパキパキと取れ始め、眩い光を出した。光が収まり見てみると、そこには治療院で治した騎士様がいた。
「あなたは…。」
「あの時はありがとう。国境付近を小さくなって飛んでいたら鳥と間違えられて弓で打たれてな…。」
「いえっいえ。それが私の役目だったので…。」
「癒すことを役目と言わないでくれ。そなたら人間は生きることが役目なのだ。生きる。それだけで良い。」
「はい…。」
「今日はゆっくり眠りなさい。明日たらふくご飯を食べよう。」そういい再びドラゴンの姿になり指でこまねく。
「はい。はい…。」
涙を流しながら、私はドラゴンの胸の中で寝た。
end......
聖女様はドラゴンと結婚して幸せに暮らす未来もそう遠くないのかもしれないですね(*^^*)
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誤字報告ありがとうございますm(_ _)m