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遅い朝餉

 翌朝、眠りが浅くなっていたときに打った寝返りで足が痛み、キノエは目を覚ました。


 腰窓の障子から陽光が差しこみ、室内を薄暗くしている。障子紙の向こうで、ねじ曲がった木々が奇怪な影絵を作っていた。


 爽快な朝とは言いがたいが、振り返れば道に迷って途方に暮れていたときに、目的地に辿りつけたのだから、文字通り怪我の功名と思えなくもない。加えて、〈怪もの〉が起こった確証まで得られたのだから、今回の遠征は大成功と言えるだろう。


 などと、自分の気を紛らわそうと考えていたが、やはり痛いものは痛い。


 二度寝できそうにはなかったので、恋しさを残しながらもキノエは布団から這いでた。昨日は気が回らなかったが、枕元には自分の背嚢が置かれていた。どうやら水緒が一緒に持ってきてくれたらしい。


 ばたついていて思い至らなかったが、中の荷物が無事か気になってきた。なにせ、片足が折れるほどの高さから落ちたのだ。硝子製の道具は絶望的だろう。せめて樹脂製のものが変形していないように、と祈りながら背嚢の中身を床に並べていく。


 標本採集用の金属製の道具は一通り無事だったが、やはり保存用の硝子器具の類いは、半分以上割れていた。邪魔になるし危ないので捨ててしまいたいところだったが、貴重な資源でもあるし、溶かせばもう一度成形できるので、とりあえず皮の雑嚢に放りこんでおいた。集落(ムラ)に戻ったときに、硝子屋に小言を言われるのが目に見えているので、少し気分が落ちこむ。


 ちょうど、山歩き用の折りたたみ式の杖が二本あったので、縄で二等辺三角形になるように繋ぎ、折れた脚を支える松葉杖代わりにした。立ちあがり、数歩部屋の中を歩いてみる。快適とは言えないが、ないよりは幾分マシだった。


「おはよう」

「おはようございます」


 部屋を出ると、居間にはしょうこしかいなかった。囲炉裏の炭を熾し、魚を二匹焼いている。朝食の準備のようだ。水緒はまだ寝ているのかな、と辺りを見回していると、しょうこが言う。


「水緒なら外に遊びに行きましたよ」

「遊びに……」

「〈蜘蛛矢〉です。子供のころ、どこからか捨てられていたあれを見つけてきてから、すっかり気に入ってしまって。あれで森の中を移動して、色々なところを見に行くんです。獣や鳥を観察したり、木の上から空を見たり……それぐらいしか、やることがないので……」


 そこまで話して、しょうこは慌てたように補足する。


「あ、もちろん、遠くにだけは行かないように言いつけてあります」

「なら、私と会ったのは本当に偶然だったわけだ」


 水緒の〈蜘蛛矢〉の扱いなら、森のあちこちへ自由に移動できるだろう。行動範囲は判らないが、森でばったりと対面する確率は高くなかったはずだ。《シカロ》が閉鎖的な集落(ムラ)だったのは、この母娘にとって不幸中の幸いだろう。人との交流を持てば持つほど、排斥されていたに違いない。


 キノエが囲炉裏のそばに腰かけると、しょうこが焼いた魚を皿に乗せて、こちらに出してくれた。


「またお魚で申し訳ないのですが……」

「いや、わざわざ用意してもらって助かるよ。しょうこさんたちは?」

「わたしも水緒も、もう済ませましたので」


 二人ともずいぶんと朝が早い。別室で寝ていたとはいえ、朝餉を終えていたことにキノエはまったく気がつかなかった。というよりも、自分が少し自堕落なだけかもしれない。少し引き締めるべきだろうか。


「キノエさんは、今日はどこかへ?」


 魚を食べていると、しょうこが訊いてきた。


「まずはこの辺りを調べながら、沼に行ってみる」


 昨夜、〈泥人(ひじと)〉が発生した要因について調べるために話を聞いていたところ、《シカロ》には水葬の風習があったと、しょうこは教えてくれた。遺体を自然に還す考えは珍しくはない。ましてや沼が生活と密接に結びついている集落(ムラ)なら、水葬は当然の発想の一つなので不思議ではない。ただし、件の死産したはずの赤子は、沼の近くで見つかった、という話がなければだ。


「なにかお手伝いできることは……」

「お願いしたいところだけど、私にしか解らないことが多いから、気持ちだけ受け取っておくね」


 本当は片足が不自由なので人の手を借りたいところではあった。しかし、死んだ自分の娘について調べさせることを、キノエはさせたくはなかった。キノエ自身は、今回のことは言ってしまえば()()()なので、余計な先入観を持たなくて済む。人は事実を脚色して真実にしてしまうので、事実だけを調べるには感情は邪魔なのだ。


「私に任せて」などと、無責任に放言できればよかったのだが、キノエの中の《一族》の(さが)が、それを許さなかった。


 不確定を断言できるようなら〈怪もの祓い〉などしていないのだ。

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