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悪魔が来たりてラッパを吹いた

作者: 千子

サターシャ•ロックウェル公爵令嬢には悪魔が憑いている。

それは噂でも僻みでもなく事実だった。

大昔、王家は己の愚行から悪魔に隙を作り、悪魔が潜んで好き勝手していた際にその事実を突き止め勇敢にも立ち向かい、悪魔を倒した護衛騎士はその悪魔に呪いをかけられたのだ。

その呪いは子々孫々引き継がれていっている。

功労を労い伯爵家の出身だった騎士は姫を降下婚姻させていただき公爵にまで登り詰めたが、その子孫は未だに呪われているが故に嫌われていた。

呪いはその時によって様々なものでくだらない生活に支障がない程度の笑い話にすらなるようなものから人生の悩みになることもある。

サターシャ•ロックウェルがかかっている呪いは倒されたはずの悪魔、バルウォナの存在が分かることだった。

先祖返りとも言えるだろうか。

バルウォナの存在はサターシャにしか認知出来ないため、バルウォナと話す時は独り言にしか聞こえないのが難点だ。

そもそも悪魔憑きの令嬢。

周りから敬遠されるのは当然のことだった。

両親も優しいが腫れ物扱い。友人なんていやしない。

公爵令嬢としての立場から遠巻きながらも時々他のご令嬢と会話はするけれど、それだけで深い関係にはなれなかった。

いつだって原因の悪魔バルウォナしか話し相手がいない。

「大丈夫だ、サターシャ。いつかヒロインって名乗るやつが出てきてすべてが逆転する。そしてハッピーエンド!それまでの辛抱さ」

毎夜告げられるそれは悪魔の囁きのような言葉でした。

「ヒロインというのは物語で幸せになれる少女のことではなくて?その方がわたくしのお友達になってくださるのかしら?」

「いいや、サターシャ。そのヒロインはタチが悪い。お前の友達にはなれない。むしろ敵対するだろう。でも、お前の友達ならここにもいるだろう?」

バルウォナがニシシと笑って言うものだからサターシャもつられて笑ってしまいます。

「ええ、そうね。バルウォナ。悪魔憑きの私に取り憑く悪魔で唯一のお友達」

そういい指切りをして眠るのが幼い頃の習慣でした。


遠巻きにされ陰口を叩かれて次第に捻くれた性格になるところだったサターシャは唯一の話し相手であるバルウォナの教育もあり清楚で素直で公爵家としての気品溢れる令嬢として育っていき、同年代が通う学園に入学していった。

悪魔が教育して何故そうなるのかという疑問もバルウォナが過去を反省していたからに他ならない。

下劣で王国を意のままに操っていた自分だが、この家の者は自分を倒すその最後まで己を倒さぬ道を探して奔走していた。敵対する自身に改心の道を模索していた。

何故かは分からなかったが、今度この家の者に自分の姿が見えるものが現れたら、少しくらいは報いてやってもいいと悪魔の癖に思ってしまったのだ。


そして、そんなサターシャでも学園で恋をした。

「聞いて、バルウォナ!今日もアレクドル様は麗しかったのよ!剣術の授業でも負けなしだったんだから!」

あまりに嬉しそうに話し掛けるサターシャにバルウォナも嬉しそうに返した。

「そうか、良かったな。サターシャ」

取り憑いているため大体は側にいて一緒に見てはいたが、サターシャに合わせる。

バルウォナにとっても仮にも自分を一度は倒した相手の子孫とはいえ今はサターシャしか自身を見え話し相手になってくれる人物はいない。

お互いにお互いしかいなかったのだ。

最初はサターシャのことを心配して恋の相手のアレクドルをその悪魔の目で深層心理まで覗いたが、アレクドルは第三王子という立場としては心底人が良く、サターシャに対しても悪魔憑きの令嬢ではなく普通の同級生と変わらぬ態度で接している。

むしろ、過去の王家の過ちを正し悪魔を退治してくれた勇敢な家系のご令嬢と認識している。

残念ながら同級生というだけでサターシャの完全なる片思いなのだが、それでも悪魔憑き令嬢と陰で罵られ恐れられてきた自身を普通に扱ってくれるアレクドルにサターシャが傾倒するのは仕方がないことだった。

バルウォナは自身のせいとはいえ、サターシャには幸せになってほしいと思い初恋を応援していたし、学園では友人もおらず、また悪魔憑き令嬢の名と立場故に人気者のアレクドルに他の女生徒のように徒党を組んで話し掛けることも出来ずに、遠くから見掛けることが精一杯のサターシャをもどかしく思っていた。


しかしそれも第二学年となり新入生が入ってきてから変わることとなる。

昼時の賑わう学生食堂で事件は起こった。

「悪役令嬢!悪魔憑きのサターシャ!!」

「はい?」

見知らぬ令嬢…多分新入生でしょうと見当をつけたサターシャはびしりと指を突き付けられ呼び捨てにされて少しムッとしたが、公爵家の者として家格を下げるような真似をしてはいけないし、身分の上のものから名乗らねば下位のものは名乗れないと考えカーテシーをして一応の挨拶をした。

「初めまして、サターシャ•ロックウェルと申します」

「そんな澄ました顔をしてもダメなんだからね!あなたが悪魔憑きの悪役令嬢なのはみんな知っているんだから!」

それはそうでしょうね。わたくしの悪魔憑きは有名でしょうからとはサターシャは反論しなかった。

「あなたのお名前を伺ってもよろしいかしら?」

「私はヒロインのカリーナよ!私の家を調べて圧力を掛けるつもりでしょう!そんなこと、させないんだからね!」

サターシャは心底困ってしまった。

この方が幼い頃からバルウォナに聞いていたヒロインさん。

遠巻きにされることはあっても一応公爵令嬢であるサターシャをここまで公衆の面前で貶め罵り会話が通じない令嬢は初めてである。

周囲も騒然としている。

バルウォナを見てもふよふよと浮きながら不快そうにしている。

思った以上の存在だったのだろう。

いっそ悪魔憑きらしく呪いでもかけるか?とジェスチャーしてくるバルウォナに首を横に振り、ここは立場が一番上のわたくしがなんとかせねばとサターシャが口を開きそうになった時、アレクドルが現れた。

「これはなんの騒ぎだい?」

サターシャとカリーナを中心にして輪が出来、騒然としているのを食堂に入ったアレクドルが不思議そうにしつつも問題点である二人の前までやってきた。

「アレクドル様!」

サターシャにした以上の不敬である。

いくらアレクドル様がお優しくても、王家の者を初対面で名前を呼ぶなんて。

サターシャですら自室でバルウォナ相手にしか名前で呼んだことしかない。

案の定、アレクドルは首を傾げて訊ねた。

「君は?僕は君に名前を呼ぶことを許してはいないけれど?」

普段のアレクドルとは違い一瞬冷たい目を見せる。

「アレクドル様!?わたくしですわ!カリーナと申します!いずれはあなたの妻となる女です!」

そっとカリーナがアレクドルに触れようとするのを目配せし、護衛騎士が阻む。

「僕にはまだ婚約者はいません」

言い切るカリーナに騒然が学園のアイドルのアレクドルへの不敬への反発に代わり、異常者としてその場にいる生徒に認定され、アレクドルはもちろん、これまで敬遠されていたものの絡まれたサターシャも同情された。

「大丈夫でしたか?ロックウェル嬢」

「はい。殿下のおかげでなんの被害もありませんわ。ありがとうございます」

優雅なカーテシーをしてサターシャがアレクドルに礼をした。

「なら良かった」

ちなみにこの間カリーナが黙っていたのはバルウォナがカリーナの口を封じていたからである。

アレクドルに話し掛けたいのに声が出せず、護衛騎士に阻まれ二人に近付けないカリーナは憎々しげにサターシャを見た。

一波乱あるな、とバルウォナは思ったが、アレクドルがサターシャを昼食に誘ったので意識はそちらにすぐに向いてしまった。

なんせ一年掛けてのようやくの進展である。

まだ昼食を食べる程度、アレクドルは他の生徒とも垣根を超えて気軽に昼食を摂るがサターシャとは初めてであった。

その日のサターシャの日記は普段よりも厚くなった。


次の日からカリーナによるサターシャへの苛めが行われるようになった。

学年も違い、上級貴族と下位貴族のため校舎も違うのにわざわざ忍び込んで悪意を撒き散らしてくる。

稚拙過ぎてサターシャが相手にしていないだけで、男爵家の令嬢が公爵家の令嬢相手に物を壊したり風評被害を流したりとしているのだからサターシャが一言言えば家ごと…最悪寄親共々潰されるとカリーナは理解していないのか。

「私はヒロインなんだから」

と、カリーナは盲信的に言っていたが、カリーナの言動に周囲は引き気味で寄る人は誰もいなかった。

カリーナに攻略対象と言われたアレクドルの側近達もカリーナの言動に憤慨し、サターシャを労った。

その頃からだろう。

アレクドルとサターシャの距離が近くなったのは。

サターシャは被害を受けながらも降って湧いたかのような幸運にバルウォナに何かしていないか訊ねたが、バルウォナは「していない」と答えるだけだった。

実際には、カリーナの悪意を増幅させこのような言動を苛烈なものにしたのだが、下地があったのだとバルウォナは思う。

でなければあの程度の弱い魔法、効きはしない。愛されたいという欲求をより引き出した、バルウォナにとってはただそれだけのことだった。

そしてカリーナの言動が酷くなる事に周囲のサターシャへの扱いが変わってきた。

悪魔憑きの令嬢だと遠巻きに見ていたが、カリーナに絡まれ困っている姿は普通のご令嬢だし、悪魔がサターシャを害するカリーナに何かをする様子もない。

いや、実際はしていたのだが、本当に悪意を増幅させ愛されたいという欲求を引き出しただけなので普通の人間には分からないのだ。

元から素直で清楚で公爵家の家格に合う言動をする正しき人であったサターシャの周りには人が集まるようになった。

突然の変化にサターシャは困惑した。

これまでは遠巻きに腫れ物扱いだったのに今では生徒達の共通した新たな敵としてカリーナが現れたせいかサターシャは普通の公爵令嬢として扱われるようになった。

茶会をする友人も幾人か出来た。

「バルウォナ、なにかした?」

「いいや、ようやく世間がお前を認めただけだよ。サターシャ」

バルウォナがにこやかに笑う。

どれだけサターシャの周囲が変わっても、サターシャにとって生まれた時から側にいたバルウォナが一番の友人であることは変わらなかった。


「カリーナ•クックシェル様は相変わらずですの?」

新しく友人になった侯爵家の令嬢の発言にサターシャは苦笑いした。

「相も変わらずですわ」

よく校舎間を守る衛兵の目を掻い潜りサターシャやアレクドルの元を訪れる技量があるものだと感心するものもいた。

サターシャには何故カリーナが避けられているにも関わらずアレクドルから好かれていると思っているのか分からない。

食堂での一件以来、側近も含めて護衛騎士がカリーナからアレクドルを守っており、姿を見ることすら叶わぬというのに。

それとは反対にサターシャとアレクドルは親しくなっていった。

最初はアレクドル自身にカリーナが訪れる度にサターシャにも何かしらの害が及んでいないかと心配して話し掛けていたが、今では同級生から友人以上程度にはなったとバルウォナは思っている。

バルウォナの悪魔の目から見て、アレクドルがサターシャに好意的に映っているのはよく分かっていた。

このままくっつけばハッピーエンドだなとバルウォナは悪魔らしかぬことを思った。


カリーナも無策でアレクドルやサターシャに近付けないと考えて策を練った。

が、元から賢くはなくやり込んだ乙女ゲームに転生したわりにはイベントがまったく起きずに突進して悪役令嬢であるはずのサターシャに悪魔憑き令嬢としての役割を果たしてもらうために昼食時に役目を果たしてもらうよう言いに行ったのにアレクドルどころか周囲からもからは敬遠されてしまう始末。

カリーナは詰んでいた。

ヒロインに転生した筈なのにどうしたらみんなから愛されるのかしら?と日々疑問で学園に通ってはチャンスを窺っていた。

それでも考えても仕方がない。

本当のヒロインなら愛される筈なのに。

カリーナは考えるのをやめた。

生来考えることは苦手だった。

とにかくアレクドルに自身を愛してもらわなくては。

バルウォナのかけた愛されたい欲求を高める魔法はバルウォナが思ったよりもどんどんカリーナを増長させていた。

そして、サターシャさえいなくなればバグが消えると思い込んだ。


「アレクドル様!カリーナです!本日は天気がよろしいですね!外でランチでもいかがでしょうか?」

今日もカリーナは根性で衛兵も校舎を隔てる壁も掻い潜りアレクドルに会いに行く。

その頃にはアレクドルの側にはサターシャがいた。

やはりサターシャがいなければいいのだわ、とカリーナは思った。

そして密かに所持していたナイフを手に持ちサターシャ目掛けて突進していった。

だが、護衛騎士の前で令嬢がナイフを持ち出してもなんの問題もなかった。

サターシャとアレクドルの前でカリーナは取り押さえられた。

アレクドルはまた冷めた目でカリーナを見た。

「不敬罪だけではなくて国家転覆罪も追加されるだろうね。独房は行ったことないけれど、己の罪を償う機会だと思うといいよ」

その言葉にカリーナから顔色がなくなった。

護衛騎士に連れて行かれるまでの間、サターシャから見えなくなるまでバルウォナの魔法で喋られなくして黙らせた。

これからハッピーエンドになるのだ。

不要物は黙っておけばいい。

カリーナが罪人のように両腕を掴まれて室外へ行ったのを見届けてアレクドルはサターシャに訊ねた。

「今度の学園の舞踏会に君にドレスと宝飾品を贈ってもいいかな?」

その言葉に教室中が騒めいた。

「はい、喜んで!」

サターシャは顔を赤らめ喜びを露わにしてバルウォナを見た。

バルウォナもにこりと笑って見守っていた。


舞踏会当日。

アレクドルから贈られたドレスと装飾品を身に付けてもサターシャは夢見心地だった。

アレクドルの髪色のドレスと瞳の色の装飾品。

それの意味することを考えると余計に顔が熱くなる。

ふわふわふわふわ。

普段浮いているバルウォナのような気持ちだ。

そしてアレクドルが迎えに来てくれて訪れた舞踏会はまさに夢のようだった。

「ロックウェル嬢、もしよろしければ踊ってくださいませんか?」

アレクドルから誘われてサターシャが断れる筈なんてない。

ダンスは得意の筈なのに、アレクドル相手では緊張からミスをしないようにするのが精一杯だった。

しかもダンスの最中にアレクドルから名前を呼んでもいいか訊ねられては仕方がない。

「サターシャ嬢とお呼びしても構いませんか?」

「も、もちろんですわ!……わたくしも、ご不敬でなければアレクドル様とお呼びしてもよろしいかしら?」

「もちろんですよ。サターシャ嬢にでしたら何度でも呼んでいただきたいです」

「アレクドル様…」

サターシャが赤くなるとにこりとアレクドルが笑って告げた。

「僕は、サターシャ嬢のことを愛していますから」

少し照れてアレクドルが言うと、サターシャはダンスを中断して赤面しもう一度訊ねた。

「愛しています、サターシャ嬢」

それを聞いてバルウォナは思わず魔法でラッパを取り出して軽快に吹いてみせた。

「煩いですわ!雰囲気が台無し!」

怒るサターシャにバルウォナはニシシと笑いながら答える。

「バカ、お前。天使だってよくラッパ吹くって聞くぜ?」

バルウォナが見えないアレクドルはなんだか分からないがサターシャが楽しそうにしているのを見て眩しそうに微笑んだ。

バルウォナが見えない人々は突然聞こえた姿が見えないラッパの音に天使の祝福だ!と騒ぎ立て、アレクドルとサターシャの仲を喜んで祝福した。


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