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山で聞く蓄音機

(名古屋大学名誉教授)

 小野崎さんから、「山で聴く蓄音機」というお題で何書いてほしいとの話が舞い込んできた。確かに、私はタデ科の標高約1500mにある山荘にVictor Model 104蓄音機を持ち込んでSP盤レコードを聴いている。Model104は、卓上型HMVの中でも小型の分類て、小野崎さんの、EMG mark9に比べればずっと小振りで、EMGmark 9がホールのような広い空間がお似合いで豊かな音量で、実力を発揮するのに対し、いかにも家庭用といった大きさである。昭和二十〜三十年代の我が家にはModel 104のような卓上型蓄音機があり、夕食後に家族で蓄音機を囲んで父が手動でかけるクラッシック音楽に耳を傾けていた覚えがある。山荘で聞いているsp盤の多くは、この父が残してくれたものである。

 卓上型蓄音機は、EMG mark9などに比べればずっと小さいとは言え、簡単に持ち運べる大きさや重量ではない。山荘のリビングに据え置いて聞くのにぴったりであって、山に持っていって聞くことなどは、できない。卓上型よりもコンパクトで、軽量にしたのがポータブル蓄音機である。Amazon ®を見ると、HMV model 101だけでなくColumbiaその他から様々な製品が出ているがフタの内側に、SP盤が収納できるようになっているものなど、携帯して持ち運んで音楽を楽しめるように様々な工夫が見られる。Google®には、我が国でも昭和十一年頃には花見やピクニックで手回しのポーダブル蓄音機で音楽などを楽しむのが流行したという記事がある。

 このポータブル蓄音機なら、そこそこ八ヶ岳のどの山頂にも持っていって音楽を聞くことができるだろう。 iPhone® と Bluetooth ®スピーカーや、イヤホンがあればどんな高い山の上でも快適に音楽を楽しめる現在、その気にはならないが。なお、 山小屋の 主人にも音楽好きは多く、北アルプス燕山荘や涸沢ヒュッテ、南八ヶ岳の黒百合ヒュッテなどではミニコンサートや音楽祭が開かれて大自然の中でしばし生の音楽を楽しむことができる。一方北八ヶ岳の、蓼科山頂ヒュッテ(2530m)には、アップライトピアノだけでなく真空管アンプの立派なオーディオシステムもあり、持ち込んだCDもかけてくれるという。今度は是非泊まり込みで、登り、雲の上の、360°のパノラマの中で じっくりと大好きなモダンジャズや、クラッシック音楽を楽しんでみたい。どんな場所に行っても、 好きな音楽を聴きたいという気持ちは、抗いがたいのである。

 2015年のコロンビア映画『彷徨える河』の中に印象深いシーンがある。 この映画は、 1910年頃にドイツ民俗学者の病気を治すために一緒に、幻の薬草を求めてアマゾンのジャングル上流を目指した 先住民族のシャーマンが10年後に再びその薬草を求める アメリカ人の植物学者と共に苦難の旅に出る様を、美しい白黒画面の映像で描いている。( amazon プライムビデオ®で見ることができる) 植物学者はシャーマンからカヌーに積んだ沢山の荷物がおもすぎるら捨てるよう迫られ、 最後は腕時計まで外して川に捨てるが、ポータブル蓄音機だけは捨てさせない。漆黒のジャングルの星の下でオーケストラの音楽を聞きながら、「これを聴くと心が落ち着き、ボストンの父の実家を思い出す。」と話すナイーブな文明人の植物学者にとって、ジャングルでは、ポータブル蓄音機で聴く音楽が命の次に大事なのである。エヂソンによる蓄音機の製品化(一八七七年)は、人類に始めて音を記録する装置と、録音した音を繰り返し再生できる装置をもたらした。そして、生の音のより忠実な呼現を目指したEMG mark9に対して、いつでもどこでも音楽を聴けることを目指したポータブル蓄音機。開発によって、その後も綿々と続く技術革新と新製品開発によって、私たちが音楽を聴くスタイルは大きく変化を続けている。歩きながらでも自由に音楽を聴ける装置として、一九七九年に発売されるやまたたく間に世界中で使われることになったSONY SWalkman®は、当時の井深大名誉会長が旅客機の中でもきれいな音で音楽が聴けるものを(自分のために)作って欲しいと社員に頼んだことから開発が始まったとのことである(異説もある)。インターネットを使っRApple Music®音楽配信システムを導入してあらゆる音楽ソースにアクセスできるようになってから、私の部屋からは特に思い入れのあるDのを除いてLPレコード、カセットはもとより、CDもほとんど姿を消したが、これまで以上に日々次々と新しい音楽体験を※しRPSる°音楽への深い愛に突き動かされた技術革新によって、ますます誰もが自由に好きな音楽一を見つけて楽しめる時代になり、そのことが新しい音楽文化の創造を促すと共に、新しい古き良きもの "を産み出している。山荘の蓄」音機のハンドルを回してSP盤の溝にサウンドポックスの鉄針を置くと、流れてくる音楽はなんとも生暖かく、約五分間全神経を集中して聴くうちに、時を遡って幼少時にリセットされるようである。



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