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アイヌ神話の大洪水

 【2】 第三世界の大洪水。



 《1》 身代わりの美女。



 私には父がいて母がいて、何不自由がない暮らしをしていた、一人の若者でした。


 ある日の事、父が。



「私は若い時に、石狩川の中ほどにいる仲よしの物持ちに私の宝物を貸したが、お前にそれを取りにいってきてほしいものだ……あの宝が息子であるお前の手もとに戻ると、お前は国中で並ぶ者がない物持ちになることができるであろう」



 ーーと私に言いました。


 このように、父が一人息子の私に何回も何回も言うから、私はある日そこへ行く事に決めました。


 すると、父は。


「石狩川の中ほどへ行くのには、このように行くと近いものだ」


ーーと、丁寧に道順を教えてくれましたが。


 途中で、一晩だけ、どこかに泊まらなければならないということです。


 私は父に教えられた通りに。


 自分たちが暮らしているコタンに流れている川を、上流の方へ向かって、どんどんと歩いていきました。


 いつも、狩りに来る場所も通りすぎ、川が沢になり、その沢を登りつめると。


 別の川が見える峰上まで来ました。



 私は山の上から方角を確かめて、やや広い小さな沢まで下っていき、そこで泊まることにしました。


 そこには、父が教えてくれた通り、昔、泊まったらしい木の皮で屋根をふいた小屋がありました。


 私は、ずり落ちかかった木の皮を重ねなおし、一晩ぐらいは泊まれるようにしました。


 夕食が終わる頃には、すっかり日が暮れてしまい、さて寝ようかなと思っていると。


 外で人間らしい足音が聞こえました。



 そして、入口の方から人間の声で。



 「エヘン、エヘン」


 ーーとせきばらいの声がしたので、私は。



「誰だか知らないけど、どうぞお入りください」


 ーーと、返事をしました。



 すると、一人の女が、それも美しい娘が入ってきた訳です。



 娘の顔を見て、私は驚きました。


 コタンでも大勢の娘がいて、美人もたくさんいると思ってはいたのですが。


 見た事も聞いた事もないような美しさです。


 私は、美しい顔を見て、この娘はきっと神様に違いないと思いました。


 小さい囲炉裏の向かい側へ娘は遠慮がちに座り、しばらくしてから娘は次のような話をしました。



「私は、先ほどあなたが登ってきた小さい沢の両側に天国から降ろされて暮らしている、ケレプノイェとケレプトゥルセと言う、トリカブト姫の姉妹の一人です……私は、その妹の方ですが、日ごろ私たち姉妹は、狩りの時に役立っているということで、あなたの父からイナウやらお酒を贈ってもらい感謝しています」


 見たところ、貴方は本当に精神のいい若者ですが。


 これから、貴方が行こうとしている所に大変心配な事があるのです。


 ーーというのは、あなたが行こうとしているコタンより川向こうに住んでいる大蛇。


 大蛇といっても、ちょっとや、そっとの者ではななく。


 アイヌが造るどんな大きい丸木舟の材料よりも太い大蛇が、一年に一回コタンへ来るのです。


 ただ来るだけならいいのですが。


 川向こうから、こちらへと大蛇の体は届いてしまいます。

 また、大口を開けて人間を一人、口の中へ入れて貰うまで動かない訳です。


 それも、初めはいい娘とか、いい若者とか。


 美しい若妻が狙われ、今ではコタンが全滅しそうになっています。



「このままでいたなら、あのコタンの人たちは一人残らず大蛇の餌食になってしまう事でしょう」


 それと、貴方が明日行くことになっている家にも、若者が二人、娘が二人いますが。

 コタンに住む人達で相談して、娘の内、妹を、大蛇が開ける口に投げこむ事が決まっている訳です。


 それを、神の力で見た私は。



「貴方の父の友人であった、家で起きた不幸を、見知らぬふりはできないと思い、ここへ来た訳です」


 大蛇の口へ投げこまれようとしている娘は、器量が神である私も敵わないぐらいである美しさです。



「明日は、あなたと一緒にコタンへ行きます……そこで、私を大蛇の口の中へ投げこんでください、そうしたならばどうなるのか、あとはじっと見ていてください」


 ーーと、触ると落ちる、猛毒神である妹のトリカブト姫が、私に聞かせてくれました。


 私は、丁寧にトリカブト姫に、何回も何回も礼拝オンカミをしました。


 そして、その夜はトリカブト姫も小屋に泊まりました。


 次の朝早く、まだ行った事がないコタンを目ざして私は、トリカブト姫と二人で歩きました。


 しばらく行くと、大勢のコタン、広いコタンがありました。


 コタンの中を下っていくと。


 中ほどに、村長の家と思われる、島ほどもある大きい家がありました。


 その家前へ行くと。



 「エヘン、エヘン」


 ーーと、せきばらいをすると。


 家の中から一人の美しい女が出てきて、私たちに。



「どうぞお入りください」


 ーーと言いました。



 私とトリカブト姫が、二人で中へ入ってみると、二人の若者と、二人の娘が居る。

 家主であり、父の友人である、村長もおりましたから、丁寧に礼拝をしました。


 その後で私は、父に言われた通りに。



「以前父が貴方に貸してある宝物を受け取りに来たのです」


 ーーと言いました。



 すると、その家の主である村長は。



「まったくあなたのいわれたとおりで、宝物はすぐにお返ししますが、実をいうと、私たちはコタンの中で大きな悩みをもっているのです……というのは、私の小さい方の娘を、明日になったら一年に一回来る大蛇の口の中へ投げこまなければならないのです……それを思うと、悲しくて悲しくて、どうにもならず、泣いてばかりいます」


 ーーと語りました。



 また。



「コタンの中でも評判の美男や美女、それに若い人妻などが選ばれ、このままゆくと、コタンには人が一人もいなくなるでしょう」


 ーーと、村おさは涙ながらに言いました。



 大蛇は川を横切って頭だけをこちら側に置き、大きく口を開けていて、口の中へ娘を投げこむと。

 バクリと口を閉めて、川向こうへ戻ってしまうという事です。


 話を聞いた、その夜、私は神であるトリカブト姫が。

 下の娘と身代わりになってくれる事を、一言も言わず、村長宅へ泊めてもらいました。



 次の朝、まだ夜が明けきらない内から家の人々は起き出した。

 そして、あの美しい妹娘に死装束しにしょうぞくを着せ、外へ連れていきました。


 娘は死ぬほど泣き叫び、別の若者たちが手を取ふ。

 そうして、後から押すやら引っぱるやらして川の方へ下っていく内、夜が白々と明けてきました。



 コタンの人が河原近くへ行くと。


 うわさの大蛇が川を渡ってきた。



 頭は川のこちら側にあり、しっぽは向こう側にあった。


 丸太みたいな体で流れを止められた川は、大蛇の体上に溢れ、まるで滝のように流れ落ちています。


 そして、話に聞いたように、大きな口を開けて娘が投げこまれるのを待っていました。


 その口へ、今、まさに娘が投げ入れられそうになりました。


 そこへ走りよった私は、高い声で。



「待ってくれ、娘の身代わりに、私の妹を差し上げます」


 ーーと言いながら、トリカブト姫を、さっとばかりに大蛇の口の中へ投げ入れました。


 大蛇は、バクリと音をたてながら口を閉じ、すうっと体を引きちぢめて、川の中ほどまで戻った。

 ーーかと思うと、頭が流れの中へ吸いこまれるようにして流れはじめました。


 流れながら、大蛇の身が溶けて、骨がバラバラになり、白くなった骨だけが。

 大洪水時に流れる流木のように、ごろん、ごろんと重なり合いながら流れていきました。



 それを見た、コタンの人たちは、抱き合って喜びました。


 そこへ、大蛇の口の中へ投げこまれたと思った、トリカブト姫が笑顔で戻ってきた。


 それを見て、コタンの人たちは二度びっくりです。



 村長の娘も、うれし涙で顔をぐしゃぐしゃにして家へ戻ってきました。


 死んだと思った娘の顔を見た村長も、涙を流して喜びます。

 彼、何度も何度も私にお礼をいいながら、父が貸してあった宝物を何倍にもして返してくれました。


 そこへ、コタンの人たちも危難を救ってくれた、お礼にと。

 たくさんの宝物を持って集まってきましたが、私は一つも受け取りませんでした。


 そうして、もう一晩泊まった翌日に私達が帰ろうとすると。

 昨日助けた、あの娘が、母親に何やら低い声で耳打ちしました。


 娘に代わって母親が言う事には。



「あなたのおかげで助かった娘なので、いたらない者ではありますが、連れて帰り、せめて水くみ女にでも、薪取り女にでも、おそばへ置いてください」


 ーーと、泣いて私に頼むのです。


 それを聞いた私は。



「さっそく一緒に連れて帰ってもいいけれど、今日は神の女も一緒なので、後ほど迎えに来ます」


 ーーと約束をして神の女のトリカブト姫と二人で帰りました。


 最初に、トリカブト姫と会った、あの仮小屋まで戻り、二人でそこに泊まると。


 トリカブト姫の言う事には。



「アイヌである、あなたの精神がいいので、助けたのでした…今になってみると、あなたと結婚したくなりましたので、結婚することにしましょう」


 かし私は神ですので、アイヌが住む、コタンに死ぬまでいる事はできませんが。


 自分達に子どもが生まれ、孫が生まれてから、貴方に神の国へ来て貰い、本当の結婚をしましょう。



 それと、助けた村長の娘も精神がいい人ですから、妻にしなさい。



「そうすれば、私達二人の妻は仲よく暮らし、あなたは国中で比べる者もないほどの物持ちになるでしょう」


 ーーと言ってくれました。



 そして、トリカブト姫は、後で、家とともにあなたの所へ行きます。

 ーーと言いながら、あの晩に来た時と同じ足音をさせて、闇中へ消えていきました。



 次の朝、私は早く起きて自分家へ帰ってきましたが。


 父へは、受け取ってきた宝物を渡しただけで、神の女のトリカブト姫に出会った事。

 それに、向こうのコタンであった出来事を一言も話しませんでした。



 何日か過ぎてから、あの助けた娘と二人の兄やコタンの若者たちが。

 まるで、薪でも縛るようにたくさんの宝物を縛り、それを背負ってやって来ました。


 それを見た父は事情を聞き、喜んだり、事の次第を報告しない私をしかりながら。



「よかったよかった。精神さえよければ、そのように思いもしない所で、神が助けてくれるものだ」


 ーーと、泣いて喜んでくれました。



 そうして、数日が過ぎたある朝の事。


 家から外にある、祭壇より向こう側で、囲炉裏で燃える火の爆ぜる音が聞こえました。



 窓のすだれを巻き上げてみると。


 神の女のトリカブト姫が家とともに来ていた。


 それで、私はさっそく外へ出て、家へ入ると、右座の方に姫が座っています。



 私が入った事を見ると、姫が後ずさりしました。


 それで、私はその前を通って横座へ座り、姫に向かい丁寧に礼拝しました。


 そこへ父と母は、持っている着物の中で一番上等なものを着て、二人そろって静かに入ってきます。


 そうして、神の女である妻を、アイヌ風な礼拝で丁寧に迎えてくれました。


 父や母に、私は改めてトリカブト姫を詳しく紹介したのです。



 その後、人間である妻の方は父たちと暮らさせ、私は神の女のトリカブト姫の家にいました。


 妻たちが仕事をする様子を見ると、二人は本当に仲よく、いつも笑い声をたてながら働いています。



 神である女との間には、男子一人と、女子一人が生まれました。

 人間である女との間にも、同じように子どもが生まれました。


 やがて、二人も居る妻の息子たちも成長し、妻を迎えて、孫も生まれた日。

 神である妻は、自分が生んだ女の子に手を引かせて神が住まう国へ帰ってしまいました。


 その後、私も年を取り、まだまだ死ぬ年でもないのに病気になったのは、トリカブト姫であった私の妻が、私を呼びに来たのでしょう。


 私が死んでも、普通のアイヌが死後に行く裏側の世界へ行くのではなしに。


 トリカブト姫の元へ行くことになっているのです。



 したがって、私を供養するには、トリカブト姫へ供物を贈ります、といってほしい。

 そうすると、子どもである、お前たちが作ったものを受け取る事ができるでありましょう。


 ーーと、一人の男が語りながら世を去りました。



 ⭐️ ケレプノイェ=触るとねじる。


   ケレプトゥルセ=触ると落とす。




 ⭐️ 語り手、平取町荷負本村、黒川てしめ。



   昭和44年、4月15日採録。


 解 説。


 父が古い時代に貸してあった宝物を返してもらいにいくと言う。


 何らかの形で行き来する理由になるように。


 宝物を貸したり借りたりしたと言う話は、しばしば昔話に出てきます。



 この場合、宝物は、本州から渡ってきた作りだけ美しく見せた、宝刀イコロです。


 一本あれば結納に持っていき、お嫁さんをもらえる宝刀。

 それを、まきを背負うように束にして持ってきてくれたという話。


 これは、それほど沢山、お礼を持ってきたということです。


 一枚の葉で、人間も死ぬ猛毒をもつトリカブト姫。


 その毒にかかっては、丸木舟を造る材料みたいな太い大蛇も、簡単に死んでしまいます。



 大抵の話では、助けられた娘は助けてくれた若者に対して、妻になりますが。

 これは、一夫多妻と言う風習ではなしに、命の恩人に対する、お礼としては最高でしょう。



 それと、このように合法的な形で、美人を妻に迎えられる事ですが。

 これは、一種の憧れであり、願望であったと思います。


 神との結婚は、神は中年を過ぎると。


 一足先に神の国へ帰り、後から人間である夫や妻に、死という方法で国へ来てもらいます。



 それは、神の国で新たな命が復活した時、相手がヨボヨボではいけません。


 それで、まだまだ、元気があるうちに神の国で、ソンノウコロ、シノウコロと言う事になっている。


 そう言う訳です。



 アイヌが死んだ場合には。


 ポクナモシリと言って、この国土とまったく同じ国土があると。


 現在の国が表側とすれば、裏側にあると信じています。



 普通は、死後に表国から裏側の国へと行きますが。


 神と結婚したら、そこへは行かずに、神の国へ行くんだろうと考えている訳です。



 ⭐️ ソンノウコロ、シノウコロ


 本当の結婚、真実の結婚と言う意味。



 《2》 アイヌに伝わる蛇神ホヤウカムイ。



 ホヤウカムイは、アイヌ民族に伝わる蛇神。


 名前は、蛇の神を意味している。



 ホヤウ、または、オヤウカムイとも言う。



 アイヌの龍蛇は概して、湖沼に棲み悪臭を放つ者と考えられている。



 ホヤウ。


 樺太方言で"蛇"を意味する言葉とされる。



 チャタイ


 日本語の"蛇体"の借用語。



 サキソマエップ、または、サクソモアイェプ。


 夏には言わせぬ者、夏季にその名を口にしてはならない者。



 アイヌ。  サㇰ+ソモアイェ+ㇷ゚。


 日本語訳。 夏+人が言わない+者。


 ~~などと、呼称される。


 


 また、ある伝承によれば、ホヤウ、またはオヤウは、サキソマエップの一族ともいわれる。



 更科源蔵は、沙流さる郡(日高地方西部)の神謡にホヤウと歌われると記述するが。

 一方で、日高でなく胆振地方・虻田郡の洞爺湖に伝えられる、ホヤウカムイ伝承も詳述している。



 概要。


 サクソモアイェプは日高地方西部の湖沼に棲むといわれ、日高の川筋には必ずどこかに居たと言う。



 日高地方に言い伝えられる伝承によれば、サクソモアイェプは、翼を生やした蛇体の姿である。


 また、全身が薄い墨色で、目と口の周りが朱色。


 胴体は、たわらのよう。


 また、頭と尾が細く、鋭く尖った鼻先で、のみのように大木を引き裂き、切り倒すと伝えられる。




 別の伝承によれば、有翼なものは、ラプウシオヤウと称するとされるが。


 知里真志保の説明によれば、ホヤウが俗名である。

 また、ラプシヌプルクル(翅の生えた魔力ある神)、が神名である。



 また、サクソモアイェプ(夏には言われぬ者)、と言う異名を持つが。


 それは、竜蛇が夏や火の側では力を得るが、冬や寒さには弱まる

 これは、体の自由が利かなくなると言う、冬に冬眠する蛇みたいな習性からきている。


 寒さを厭うので、巫女に憑依しては、火をたけ、火をたけ、等と訴えると言う。



 有毒性。


 サクソモアイェプは、ひどい悪臭を放ち、この体臭に触れた草木は枯れ果てる。


 また、人間がホヤウカムイの居場所から風下にいると、体毛が抜け落ちたり、皮膚が腫れ上がる。

 さらに、近づきすぎると皮膚が焼け爛れて死ぬことすら、あるとも言う。



 鵡川の川口から、日高寄りにあるチンと言う集落でも、ホヤウカムイの棲むとされる沼がある。


 ここは、神沼の(カムイト)、と呼ばれる。


 人々が付近を通る際には、ホヤウカムイの害を避けるためにと。


 丘の上から、沼を見て、様子を確認してから通ったと言う。



 日高山脈の主峰・幌尻岳ぽろしりだけに存在する沼や、沙流付近にある山に棲むと言う、サキソマエップ。


 これについても、姿は見えないが強烈な臭いによって、人間の皮膚が腫れ上がると証言されていた。


 ある神謡ユーカラによれば、ホヤウの毒が人にも神にも災厄だった。

 そのため、オキクルミ神が遣わされ、竜蛇は上流にある人里に行くがよいと誘われる。


 その里では、祝言らしかる事に皆いそしんでおり、大変な賑やかさに包まれていた。 

 老人から娘との婚姻を勧められた上で、魚をふるまわれるが、食べたとたん腹痛を訴えて死ぬ。


 人里は、見た目と違い、じつは雀蜂シソヤが住む集落で、老人は蜂たちの長であった。



 また、ジョン・バチェラーが明治の頃に採取したアイヌ伝承によればだ。

 人間が、蜂や蟻類に刺されるのは、全てが大蛇による仕業しわざとされていた。


 さらには、説話によれば、雌大蛇による誘惑を勇士が拒み、その罰として寿命を千年も与えられた。


 勇者は、ついに大蛇を打ち滅ぼし、その体は朽ちて破片が蜂や蟻になったと言う。



 憑依。


 竜は、巫女みこに憑く精霊ともなりうるという。


 上述した例では、巫女には最初に蜘蛛の神がついていたが。

 これに入れ替わって、竜蛇が憑き、そして寒いので火をたけと命じた。


 これは、虻田の酋長の妻の病気の原因を探るために巫女に神がかりを求めた例である。


 以下、洞爺湖の節にも属する民間伝承である。


 あるいは霊力を司るなど、未知の力を持っており、巫女に憑いて低級な霊を祓うと言う説もある。



 洞爺湖。



 洞爺湖に住まう、主はこの蛇体であると長らく言い伝えられてきた。


 洞爺湖に住む、ホヤウカムイは魔神としての性格を持つ反面もある。


 だが、時には人間の守り神となる事もあった。



 疱瘡(天然痘)、を司る疫病神であるパヨカカムイが。虻田(現・洞爺湖町)、に疱瘡を流行させた。


 その時、人々が洞爺湖畔へ逃げてくると。


 ホヤウカムイが、その悪臭で疱瘡神を追い払った事で、人々は疫病の難を逃れる事ができたという。



 この洞爺湖に住む、ホヤウカムイは蛇神ではなく羽が生えた亀みたいな姿とも言われる。


 また、流行病が広がった時には、人々は有珠山の山霊と言うか。

 山の神霊である、イケエウセグル&ホヤウカムイに酒を捧げ、病気平癒を祈ったと言う。


⭕️⭕️

 《》 広尾町、ラッコ岳の雷神。



 古い地図にラッコ岳をオヌシャヌプリと書いたのがあるが。

 オヌシャヌプリは、沢の入り口にある小さい山である。


 山に入る時は、必ず山自体に木幣をあげ挨拶して、入山しなければ生きたい所にはゆけない。


 ラッコ岳は、昔から神山カムイシリと言って、雷の出てくる山だ。



 昔は、春秋二度、弁財船が交易に来ていた。


 だが、或る年の春にいくら待っても船が来ないので、老人達が集まって神に酒を上げて祈った。

 すると、途中で船が壊れてしまい、苦しんでいることがわかった。


 だが、一月ほどたって、船の影が見えた事から、小舟に車櫂を付けて漕いでいって見ると。


 帆柱も櫂もなくなって、梶だけになって流されている。


 そんな訳で、それを助けて、ラッコベツの川上にあげて帆柱を直した。



 だが、あんまり船が大きくて出せない。


 なので、老人や婆たちが刀や珠を下げて正装し、カムイシリの神に頼んだ。



 すると、朝から雨が降り出し雷が鳴って、大水になり船を沖に出すことが出来た。



 ⭐️ オヌシャヌプリ



   そこに祭壇の有る山。



 《3》 オトゥイピラ伝説。


 利別川は冬に結氷するが、早春に雨が降ったりして一度に増水すると。

 上流にある氷が水に押し流されて、それによる圧力で下流の氷が割れて飛ぶ事がある。


 この氷が飛ぶ事をカンチュウと言うが。


 本別町より、僅か上流で、利別川の縁にオトゥイピラという崖がある。


 ある冬に、雨のために氷が押し寄せて来て、上流ウトマンピラ辺りで氷が飛びそうになった。


 それを見た、一人の女が、この崖上から、下流のチエトイと言うコタンに向かって、叫びます。



「カンチュウ、サン、ナ、キラ、ヤン」


 ーーと。


 この崖から、チエトイコタンまでは一里もある訳だが。

 神様が、この女性が叫ぶに声が遠く届く力を与えていた。


 それで、チエトイまで声が届いて、コタンの人が待避していると。

 カンチュウが、チエトイへと物凄い勢いで飛んできたという。




 ⭐️ 訳。



  カンチュウが降りるから逃げろ。



 《4》 帯広、十勝鵺抜の伝説 



 十勝国川西村にある売買の川向を昔は鵺抜ぬいぬっけ村といった。


 ヌイヌッケとは、ムイウンケプという言葉が縮ったものである。


 その意味は、ムイウン高台ケプと言う。



 昔、天地創造を行った神である、サマイクルカムイが、この土地に来た時にだ。


 津波のために、一面が泥海になってしまい、一頭だけ鯨が漂流してきた。


 それで、サマイクルカムイはアイヌ達を集めて、鯨を切って蓬の串に刺した。

 次に、それを焚火で焼いていたところ、大きな音をたてて火がはねた。


 なので、サマイクルカムイはびっくりして尻餅をついた。


 それが為に、高台の一部がムイみたいな形に凹みが出来た。


 それから、ムイウンケプと呼ぶようになった。



 《5》 音更町。 十勝川の鯨。



 十勝川第一の支流利別川に、フンペポオマナイと言う川があるが。


 この川は、或る年に大津波で附近に住む人が皆死んでしまった。

 その時、鯨も津波におされてきて、骨だけが残った所であると言う。



 ⭐️ フンペポオマナイ



   鯨の骨ある川を意味する。



 《6》 清水町のオソルコツ。 



 清水町の東、サホロ川から向かいにオソルコツという深い沢があるが。

 ここは、サマイクルカムイが鯨の頭を串に刺して焼いていたが。


 それが倒れたので、びっくりして尻餅をついたところだ。



 ⭐️ オソルコツの伝説は北海道各地にある。


 だが、その殆どは海岸段丘にある窪地だ。


 十勝のように内陸にある話は珍しいそうだが、鯨伝説が内陸に多い場所は他には余りないらしい。




 《7》 幌尻岳の一般的な伝説の始まり。


 ここは、山神が治める山で、ここは天界の一部で もあった。


 そこには神様の園があり、日暮れになると魔神達が天上からも地上からも集まって来る。


 そうして、ブキブキと歌や踊りをしつつ、夜中が過ぎると。

 今度は、善神が天上と地上から集まって来て、朝方まで楽しく遊ぶと言う事であるが。



 ここの頂きに沼があって、そこにはワカメや昆布が生え、海の魚や海豹アザラシも住んでいる。

 また、時々、水が増した時に、その海草類が札内川に流れて来るという。



 それは、はるか昔、海の神である鯱レプンカムイが、カンナカムイに反抗した事があったが。


 遂に、カンナカムイに負けて、償いとして海の魚介や海草を献上して降参した。


 それで、山にある湖だけど、海の魚がいるのだという。



 ⭐️ 流れてきた海藻類。



 これは、学校の校庭やグランドに生えるイシクラゲであると思われる。


 誰かが捨てたか、風で飛んで来たか、学校には黒いビニール袋のゴミがある。


 この正体が、前述したイシクラゲと言う陸生藍藻なワケだ。


 世界中で見られ、もちろん北海道でも、そこら辺の芝生やコンクリートに生えている。



 これが濡れると、ワカメに見える。


 なので、川が増水した時に、上流から流れてきたか、川脇に生えていた物が剥がれたか。

 そう言った理由で下流に流れ着いた物を、アイヌの人々がワカメと勘違いしたかも。



 《8》 大津波を予知して村を救った、キツネ神



 あらすじ。



 ある村の上手に、神が住む美しい小山がありました。


 どんな神様のお住まいであるかは分かりませんでしたが、村長が山へ祈りつつ暮らしていました。



 ある時キツネが、山のてっぺんから鳴きながら下りて来た。


 そして、村長が住む家の高い祭壇と低い祭壇の間に来た。

 神窓の方に、顔を向けて頭を上げ下げしながら鳴きました。


 やがて、山の方へと鳴きながら帰って行き、天辺で鳴き声はしなくなりました。



 村長は、神が何かを知らせに来たのに違いないから、早く避難準備せねば。

 そして、キツネが帰った方向へ逃げようという事になりました。


 そこで、村中の人たちが大勢で山へ登って逃げて行きました。


 途中で、狩小屋を作り、神へ祈りを捧げて泊りました。



 村長の語る話。



 私は寝ずにいたのですが、夜明け頃に少し眠ると夢に神のような男性が出て来てこう言いました。



「私は昨夜キツネに化けて祭壇のところまで行った神である。人間のようにしゃべれるわけではなかったが、おまえは精神が良いので、ただ鳴き声を聞いただけでここへ逃げて来た」


 ーーと、キツネ神は言います。



「知らせようとした事は、山津波と海津波が、お前たちの村でぶつかる事になっているということだ……日中は静かだが、今夜からは地震と地鳴りのような音がするだろう」


 そう、キツネ神は私に伝えました。



「お前は、木幣を作って神に助けを求めて祈りなさい……そして木幣と供物を山津波、海津波に投げたなら水は引いて行くだろう……村は流されて跡形もなくなってしまっているけれど、人間は生き残るのだ……これからは、私に祈りなさい」


 そこで、私は言われた通りにし、村人たちに命じて、木幣を作りました。


 そして、その晩には神が言った通りに地鳴りのような音がして、地震のように地面が揺れました。


 木々が流されて、ぶつかり合う音がすさまじく、山の中腹まで水が上がって来たから驚きました。


 仲間たちと一緒に踏舞をして祈り、今までこれほどの尊い神を祭る事をしていなかった。

 それを詫び、これからは祈りを欠かしませんと言いました。


 すると、やがて水は引いて行き、もとの陸地が姿を見せました。


 そこに、一軒、二軒と家を建て、新しい村を作りました。


 そして、それからは水の神に祈り、獲物もたくさんとれて、何不自由ない暮らしをしました。

 また、祈る時は何よりも先に、キツネに化けて津波を知らせてくれた、山の神に祈りました。


 子供たちには、神に祈る事を忘れないようにと、言いおいて死んでいきますと。


 ある男が物語りました。

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