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アイヌ創造神話

  アイヌ神話は、話の数が多くて、統一されてないですからね。


 ですから、日本や沖縄よりも矛盾する話が。


 まあ、今から書きます。



 《1》 アイヌ民族の創造神話。



 昔、この世に国も土地もまだ何もない時、ちょうど青海原で、真ん中に浮き油みたいな物ができた。


 これが、やがて火の燃え上がるように、まるで炎が上がるように、立ち昇って空となった。


 そして、後に残った濁った物が、次第に固まって島=現北海道となった。


 島は、長い間に大きく固まって、島となったのであるが。

 それらが内、モヤモヤとした氣が集まって、一柱のカムイが生まれ出た。


 一方、炎が立つように高く昇ったという清く明るい空にある氣からも、一柱の神が生まれた。


 それら神が、五色の雲に乗って地上に降って来た。




 五色雲による世界の構築。


 そして、二柱神達が、五色の雲内にあった青い雲を、現在は海となっている場所に投げ入れた。


 こうして、水になれっと言うと、海ができた。


 そして、黄色の雲を投げて、地上にある島を土で覆いつくせと言った。

 次いで、赤い雲を投げて、金銀珠玉の宝物になれと言った。

 最後に、白い雲を投げて、草木、鳥、獣、魚、虫になれと言った。


 すると、それぞれの物ができあがった。



 多くのカムイの誕生。



 それから、天神・地神である二柱の神達は。



「この国を統率する神がいなくては困るが、どうしたものだろう」


 ーーと考えていられるところへ、一羽のフクロウが飛んで来た。


 神達は、何だろうと見ると。


 その鳥が目をパチパチして見せる。



 なので、これは面白いと、二柱の神達が何かしらをされ、沢山神々を産まれたと言う。



 日の神と月の神。



 沢山の神々が生まれた。


 中でも、日の神ペケレチュプ、月の神クンネチュプと言う、二柱の光り輝く美しい神々だが。


 二人は、このタンシリウララの深く暗い所を照らそうとした。



 ペケレチュプは、雌岳マツネシリから。

 クンネチュプは、雄岳ピンネシリから。



 それぞれ、黒雲クンネニシに乗って、天に昇られたのである。


 また、当時、濁った物が固まってできた島根モシリの始まりが。

 今で言う、シリベシの山、(後方羊蹄山)、であると言う。


 蝦夷島奇観では、ノツカマップ=根室半島の首長である、ションコの話としてだが。

 シリベシ山を、最初の創造陸地としている点で伝承が同じである。


 多くのアイヌが、この地を始まりの地と認識していた事が分かる。



 ペケレは、明るいを意味し、チュプは太陽を意味する。


 一方、クンネチュプは、直訳すれば、黒い太陽である。



 神々による文化の始まり。


 沢山生まれた神々は、火を作ったり、土を司る神となったりした。


 最初から役割が定まっていないのが特徴。


 火を作った神は、全ての食糧=アワ・ヒエ・キビの種子を土にまいて育てる事を教えた。

 土を司る神は、草木に関する事を全て、木の皮をはいで着物を作る事などを教えた。


 その他、水を司る神、金を司る神、人間を司る神などが居た。


 彼等は、サケを取り、マスをやすで突き、ニシンを網で取ったりと。

 色々と工夫をして、自分たちの子孫である神々に教えられた。


 これ等の神は江差に祭られている姥神と考えられている。



 アイヌの創造と人祖神降臨。


 こうして、アイヌモシリは創造され、次いで他の動物達も創造される。


 さらに、神の姿に似せた人間アイヌも創造される。


 その後は、神々の国と人間界とを仲介する人祖神アイヌラックルが登場する事となる。


 日本神話で言う、天孫降臨神話に近い。



 彼は、沙流サル地方、現日高・平取町に降りた。


 アイヌラックルに関する神話は、各地によって差異がある。


 沙流地方に降りたとする神話では、父母の神に頼み国土モシリに降りたとする。


 また、こちらでは初めから天神として語られている。


 当時、アイヌはまだ火の起こし方も知らなかったとされている。



 ⭐️ アイヌラックル。



   オキクルミ・オイナカムイとも呼ばれる。



 《2》 アイヌ民族の創造神話。 幕末、夕張郡タツコフ集落コタンの老爺が伝えた話バージョン


 かつて、まだ国土というものがなかった頃、青海原の中に油のように浮いて漂うものがありました。


 その気は、燃え立ち、清らかな物は立ち昇って天に。

 濁った物は、凝り固まって、島モシリに。



 それぞれ、なりました。


 これは、今ある後方羊蹄シリペシの岳であるといいます。


 島は月日を重ねるごとに大きく堅くなり、それら気が凝り固まって、一柱の神になりましたが。


 天でも それら清く明るい気が凝り固まって、一柱の神になり、五色雲に乗って降りてきました。


 神々は、乗っていた雲の内、青い所を海に投げ入れて言いました。



 「水になれっ!」


 ーーすると、海になりました。


 次に、黄色い雲を投げると、土になり島を覆い尽くしました。


 次に、赤い雲を蒔いて言いました。



 「金銀珠玉器財となれっ!」


 最後に、白い雲を蒔いたら。



 「草木鳥獣魚虫となれっ!」


 ーーと言いました。



 こうして様々なものを整えましたが、二柱の神は心配します。


 誰が、この国土を統率していってくれるだろうかと。



 ーーと思った理由は、二柱の神しか世界には居なかったからです。



 しかし、二神の前にフクロウが飛んできました。


 フクロウは、その大きな目をパチパチとしばたたかせましたが。


 それを見た、二神はとても面白いと思いました。



 そして、この時二神で何かをしました。



 それが、何だったのかは語られていませんが。


 とにかく、それによって、たくさん跡継ぎの神々が産まれました。


 こうして産まれた神々の中に、日神ヘケレチュッフと月神クンネチュッフと言う光り輝く麗しい二神がありました。


 その頃、国は深い霧霞ウララに包まれて薄闇に覆われた、中にありましたが。


 二神は、これを照らし出そうと。


 黒い雲に乗って、日神は雌岳マチネシリより、月神は雄岳ヒンネシリより昇天しました。


 黒い雲は、親神が世界を整える事に使った、五色の雲で、残った最後にあった、一つです。


 こうして、太陽と月が天を巡ることになり、世界は明るくなりました。



 他には、火を起こす神や土を司る神が産まれていました。


 火を起こす神は、粟や稗や黍の種を蒔いて、育てる事などを教えました。

 土を司る神は植物に関する全て、木の皮を剥いで衣服を作る事を教えました。


 その他にも 水を司る神、金を司る神、人間を司る神などが存在します。


 彼等は、鮭を捕り、鱒を突き、ニシンを網で捕ったりと。

 様々な工夫を凝らして、その後に産まれた神々に技術を伝えていったのです。



 ⭐️ 粟や稗や黍の種を蒔いて、育てることなどを教えた。


   おそらくは 焼き畑農法を指導したと思われる。



 《3》 江戸時代、根室ノッカマップの大首長ションコが伝えた話。


 大昔、海の中には、一つだけ島がありました。


 それは、今で言う大雪山の頂で、海から出ている陸地はそこだけでした。


 そこに、造島神カルモシリカモイが天から降りてきました。


 続いて、妹の女神マチネカモイが降りてきて、二神は黒い雲を海に投げ入れて岩をつくります。

 また、黄色い雲を埋めて土をつくり、島々の全てを造り出しました。


 それで、今でも大きな岩からは雲が出てくるのです。



 《4》 日高に伝わる話1。


 昔、国造神コタンカラカムイが世界を作ろうと、はるかな天界から降りてきました。


 けれども、世界一面は泥の海。降りようにも降りられません。


 さまよううち、ただ一箇所、泥海の中に固い土地を見つけました。


 国造神は喜んでそこに降ります。


 さらに、土を引き上げ、泥をこねあげて山を作ります。

 また、爪で引っかいて川を作り、立派な大地を作り上げました。


 そして、満足して天界に帰ったのです。



 ところが、国造神が泥海の中、固い土地だと思った所は、実は大きな大きなアメマスの背中でした。


 背中に重い荷物を載せられた、アメマスが怒って暴れたので、地上は大地震になりました。


 ようやく事の次第に気付いた国造神は、勇猛な二柱の神へアメマスを取り押さえるよう命じました。


 二柱の神は、早速ですが、アメマスを取り押さえましたが。

 あらん限り力を振り絞ったので、どうにもお腹が空いてたまりません。


 そこで、交代で一人ずつ、ご飯を食べる事にしたのですが。

 一人がご飯を食べ始めると、その隙を見てアメマスが暴れ、また地震が起こります。


 そんなわけで、神がご飯を食べるとき、この世に地震が起こるワケでした。



 アメマスは、休みなく大きな息をついています。


 海水が引いたり満ちたりする理由は、アメマスが海の水を飲んだり吐いたりするからです。



 アメマスが風邪をひこうものなら、大変です。


 大きなくしゃみをすると、大津波になって、海辺の集落を残らずさらってしまいます。


 こうして、世界はアメマスの上に作られました。


 ですから、アメマスを島の腰骨の魚モシリエツケウチェプと言うワケです。




 《5》 日高に伝わる話2。


 昔、神が世界を創造する事を決意したとき、神は助手としてセキレイを地上に下ろしました。


 セキレイは神がツルハシと斧で開墾した土地を、爪でかき翼で打ち尾を上下して叩いて固めました。


 今、セキレイが尾を上下させる理由は、このためです。


 


 《6》 日高に伝わる話3。


 天の神々が集まって、下って人間と国土を造れと命じました。

 それで、国造神は春楡チキサニくわと叉木を持って天下りました。


 川を指先で作り、爪先で掘り、谷を爪先でこじり、手で掘りました。



 大雪山系・山頂には、春楡の木が一本ありましたが。


 国造神は、それに座って地上を見下ろして、我ながら美しく出来たと満足して天に帰りました。


 


 《7》 日高に伝わる話4。



 昔、世界は一面の泥しかない沼地でした。



 陸地となるべき物は虚しく、その中を漂うだけ。


 空を飛ぶ鳥もいなければ、海を泳ぐ魚もいない、莫寂とした死の世界でした。


 やがて、空の彼方から風が吹き始め、七重八重である雲が現れ、天上に住む、神々が現われました。


 最も高い天に住む、真の造化神は、現世で最初に生まれた鳥として、セキレイを創造しました。


 今生まれたばかりである、セキレイこそが地上の創始者です。


 セキレイは、真の造化神から命を受け、光輝く尾を引いて地上に舞い降りました。


 泥海に降り立ち、勇ましく羽ばたきながら水をはね散らし、足で泥を踏み固めた。


 また、その長い尾を上下させて、地ならしをしました。



 そのうち、乾いた陸地が現れ、水は海となってさざなみを起こしました。


 セキレイの働きにより、海に浮かぶ島が出来上がり、列島を形作りました。



 ゆえに、アイヌは世界をモシリと呼びます。


 モシリとは、浮かぶ土と言う意味なのです。



 なお、この世に、最初に人間が生まれた時にです。


 セキレイは尾を上下して、夫婦の交わる方法を教えたといいます。



 人間が地上に繁殖できた事は、セキレイのおかげな訳です。


 アイヌは、セキレイを恋望の鳥オチウ・チリと呼んでいます。


 


 《8》 虻田集落アブタコタンに伝わる話。



 国造神コタンカラカムイが、人間の国を作ろうと天から降りてきました。


 ところが、イコリの上に座って辺りを見ますと。


 辺りは、湿地のようになっていて、何もありません。


 ただ、一羽のセキレイが来て尾羽を振り、側にコミミズクが来て目をパチパチさせました。



 国造神は石の槌を作ると、一度天に帰って金の鑿のみを作って、また下界に戻ってきました。


 こうして、毎日昼夜を問わず、槌と鑿だけで世界を作っていきました。



 コミミズクは海になるべき場所をじっと見つめていましたが、そこは本当に海になりました。


 国造神は、虻田集落を作りました。


 それから、沖に見えた黄金の島に、霧の橋をかけて渡って、黄金砦に住みました。



 お嫁さんが欲しいなぁと思った国造神は、海の神である老夫婦が住む場所に行ってみました。


 この老夫婦には、娘がありましたから。


 けれども、老夫婦は思惑を見抜いていて、からかわれて追い返されてしまいました。


 あんまり親ウケする男ではなかったようですね。


 ……国造神は。



 国造りが終わったので、国造り神は天に帰りました。


 けれども、ある日 虻田集落を見下ろすと、ポィヤンペの家が見えました。


 半神の大変賢い男でしたので、彼に会いに行きました。



 ポィヤンペも国造神を大いに歓待して、妹をお嫁さんにくれました。


 ポィヤンペの妹は着飾って、霧の橋をひと飛びして嫁いできました。



 それから、国造神は日月を作りました。


 月は男神で黒衣を着せ、日は女神で白衣を着せて、国土の周りを巡らせました。


 自分が幸せになると、他人を世話する余裕が生まれるようです。

 国造神は、ポィヤンペに、お嫁さんを世話してやって、切り立った岩上の砦に住まわせました。


 それから、石や木に名前を付けさせたり、毒草の知識などを、人々に教えるように指導しました。



 つまり、自分の地上代行者、地上のリーダーに指名したんですね。



 やがて、ポィヤンペには東に住む者を意味する、チュプカウンクルという息子が生まれます。

 彼は、父より跡を継ぎ、ここから人間の男女が広まり始めました。


 けれども、幸せなことばかりではありません。


 沖の連中レプンクルが攻めてきて、チュプカウンクルを殺してしまったんです。


 国造神は、沖の連中にかけあって謝罪させました。


 しかし、チュプカウンクルが生き返ることはありません。



 そこで、国造神の子が代わりに虻田集落を治めることになった訳です。



 ⭐️ イコリ。



   虻田にある、大岩を意味する。



 ⭐️ 国造神は日月を作りました。



   お嫁さんとの間に産まれた事を意味する。



 《9》 日高に伝わる話5。


 そもそも、北海道は造化神の代理であった、男女二神に造られたといいます。


 西海岸を女神、東南方面を男神が競争して造りましたが。

 女神は途中で姉妹神アエオイナに出会って、つい長話します。


 男神が終わりかかる様を見て、慌てて造った事から、西海岸の地勢は粗雑だと言う事です。



 《10》 国造神に関する断片的な伝承も幾つかあります。



 国造神が、支笏湖を造った時、どれくらいの深さに出来上がったか確かめよう。

 そう思って、入ってみたところ、股間のモノまで濡れてしまいました。


 海に入ってさえ、膝を濡らすこともなかったのに。


 怒った国造神は、湖に放した魚を皆海に投げてしまったのです。



 残った魚は、たった一匹の雌アメマスだけでした。


 ですから、支笏湖には長い間アメマスしかいませんでした。



 また、海に投げられた魚で、神の親指で頭を潰された者が、

 アシペプヨと言う、海の怪物になり、漁に出た舟を見ると追ってくる訳です。




 《11》 日高に伝わる話6。


 国造神が、石狩川の支流にある空知川で、悪熊に大怪我をさせられた。


 それから、神の妹は泣きながら駆けつけてきました。



 その鼻水は萱かやに、痰は鬼萱になりました。


 また、吐き出した唾は白鳥に変わって、妹神と同じ声で鳴きながら飛んでいきました。


 国造神の怪我は浅く、やがて国造りによる仕事を終えて天に帰りましたが。


 兄妹神は、色んな道具を残していきました。


 妹神の貞操帯ポン・クツたこに、下着モウルは亀に、陰毛は野刈安という草に変わったと言う事です。



 《12》 日高に伝わる話7。



 神が、世界創造の仕事を終えて、天に帰る時にです。

 なんと、六十本も黒曜石の斧を打ち捨てていきました。


 時が過ぎ、斧は腐れ果てて、流水に黒曜石の毒が流れ出しました。

 また、あらゆる病気が、ここから生まれて、ことに風邪と肺病が猛威を振るいました。



 毒の水は流れ流れて、湿地に至りました。


 そこに、湿地の姥ニタツ・ウナルペという悪魔が生まれます。

 また、近くにある林より奥には、林の姥ケナシ・ウナルベという悪魔が生まれました。


 彼女達は、ボサボサ頭の気味悪い容姿をしていましたが。

 さっと、髪を分けて顔を出すと輝くばかりの美しい顔になります。

 また、獲物を誘うべく木の枝に腰掛けて、素晴らしい声で歌います。


 彼女達に惑わされて、交わりを持った男は精気を奪われます。

 そして、運気が落ちるか、悪くすれば命まで落としてしまうのでした。



 また、湿地にある沼には、湿地の妖婆トイ・ラサンペが罠を仕掛けている。


 そこに、鹿などが側に近寄ろうなら、たちまち泥の中に引き込まれてしまう。


 そうして、妖婆が設置した籠サラニツプの中にすっぽり入れられてしまうんです。


 湿地にある沼からふちに生える草は、妖婆の陰毛だと言われます。


 毒の水は更に流れて、湿地と沼から成る大河、黒い河クンネ・ペットになりました。


 この河から、あらゆる悪魔が現われます。


 悪魔の首領は河から中央に住居を持ち、黒曜石である大きな塊を宝にしています。


 黒い河が海に注ぎこんで潮水と混じり合うと、恐ろしい屍食鬼などの悪霊を生み出します。


 これらは、夜に樺の皮をこすり合わせるような音を立てて動き回る。

 そうして、人や熊に取り憑いて発狂させたり殺したりします。


 不幸にして、悪霊に出会ったならば。



「世界の果てに住む悪霊モシリ・シンナイサムが、お前のことを小心者だ、打ち懲らしてやると言っていたぞっ! いくら、お前でも勝てぬだろうから逃げるがいい」


 ーーと言って、やるといいでしょう。


 これを聞くと。


 悪霊は腹を立て、モシリ・シンナイサムに直談判チャランケしてやろうと。


 世界の果てまで、飛んでいってしまうでしょうから。




 《13》 日高に伝わる話8。



 国造神が大地を造った時、世界の上手より端に まずは春楡チキサニの木とノヤが。

 下手より果てに、泥の木クルンニとソロマが生えました。


 その次に、人間たちが生まれました。



 それで、国造神は人間たちに火を授けてやろうと思います。


 泥の木で火起こし台と火起こし棒を作って一生懸命こすりましたが。


 どうしても火が起こせませんでした。



 機嫌を悪くした国造神は、木屑をフーーッと吹きました。


 すると、それは変化し始めました。



 淫魔パウチカムイ。

 疫病神パーコロカムイ。

 林の姥ケナシ・ウナルベ。

 異界の化物モシリ・シンナイサム。


 等などの恐ろしい魔神にです。


 泥の木で失敗した国造神は、次に春楡の枝で火起こし棒と火起こし台を作り、よく揉みますと。

 白い煙が立ち昇って火の姥神アペフチが生まれて、赤い火が燃え上がりました。


 この時、木屑や燃えさしからは。


 熊である、山の神キムンカムイ。

 野山・狩猟の神ハシナウクカムイ。


 この二神が生まれました。



 火起こし棒からは、祭壇の神ヌサコロカムイが生まれました。


 このようにして、国造神は人間に火を授けました。


 さて、最初に泥の木から出た、木屑から生まれた魔神らは、自分達が先に生まれたはずが。

 国造神が、春楡の木屑から後で生まれた善神たちばかり大事にしているさまを見て腹を立てました。


 そうして、彼等は軍勢を作って、国造神の城に攻めてきました。



 国造神は、国の上手に住む善神たちに、これを迎え撃たせましたが。

 戦力は拮抗し、夏六年、冬六年過ぎても決着がつきません。


 けれども、最後に国造神がよもぎで、天の神に似せた人形兵士ノヤイモシカムイを作って援軍として差し向けると。


 その活躍は目覚しく、ついに善神たちが勝利を収めました。

 また、魔神たちは世界より下である、六重の底にある冥界ポクナモシリに閉じ込められた訳でした。



 ⭐️ 六重。



  通常は、アイヌ語で無限と言う意味だが、無数や多数と言う意味でも使われている場合がある。



 《14》 国造神コタンカラカムイ・人間の創造。



 国造神コタンカラカムイは仕事を終えると、大きな山に腰を下ろしてほれぼれと世界を眺めました。



「我ながら上出来だ……うねうねと連なる山、長々と流れる川、泥の平原に木も植え、草も生い茂った……なんと、いい眺めではないか」


 けれども、満足して眺めているうちに、何かが足りないような気がしてきました。



「なんだろう? 何かを造り忘れた気がする。でも、何を作ればよいのだろうか?」


 いくら考えても分かりません。


 国造神は、日が暮れてから夜の神に命じました。



「私は世界を造ったが、何かが足りない気がする。お前の思いつく物を造ってみてくれ」


 夜の神は困りましたが。

 首をひねりながら足元の泥をこね回すうち、泥の人形のようなものが出来上がります。


 彼は、これだと思いました。


 柳の枝を折って、泥に通して骨にし、頭には繁縷はこべを取って植えました。



「それでは息を通わせてみよう」


 夜の神が生き扇で扇ぐと、泥はだんだん乾いて人間の肌になりました。

 頭の繁縷はこべはフサフサした髪の毛になりました。


 二つの目は、星みたいに輝いてパチパチと瞬きました。



「これでよい、では十二の欲の玉を体に入れてやろう」


 食べたい、遊びたい、眠りたいなどの十二の欲を与えると、ここに完全な人間が出来上がりました。


 けれども、生まれた人間たちは年を取るばかりで、いっこうに増えていきません。



 と言うのも、夜の神が造った人間はみんな男だったからです。

 殖ふえない人間はだんだん死んで減っていくばかりで、これでは勿体無いと思った国造神。


 彼は、昼の神に頼んで、別に人間を作らせる事にしました。



「宜しいですとも。私は、昼の輝きのように美しい人間を作ってみせましょう」


 そうして、昼の神が造った人間は、みんな女でした。


 この世に、男と女が一緒に暮らすようになると。


 どんどん子が出来て、人間は段々に数を増やしていったのでした。


 こんなわけで、男の肌が浅黒い理由は夜の神による手で作られたからです。

 女の肌が、白い理由は昼の神による手で作られたからと言う訳です。


 そして、人間が年を取ると、腰が柳みたいに曲がる理由は、柳の木を背骨に使ってあるからです。



 ⭐️ アイヌ社会では、子供が生まれると。


 お祖父さんが、川の堤に行って、柳で木幣イナウを作り、それを飾って神に祈ります。


 木幣とは、柳やミズキ等で作った、木の棒先を削りかけした物です。

 また、日本・本土でも使われる、御幣・祓い串のルーツと言われています。


 人の言葉を神に伝える力があり、神話では人と神をつなぐ伝令神みたいな役回りです。


「おお、木幣よ、汝は神であるので我らは心を込めて祈る、原始、神が人を造りたもうた時、柳の木を取って人の背骨とした、我らは汝に祈りを捧げる、神聖な柳の木幣よ、生まれた子の将来を守りたまえ」


 そうして、木幣を生まれた子の枕元に飾って、酒を捧げて祀るワケでした。



 《15》 日高に伝わる話。


 国造神が、始めて人間を造ったとき、何を材料にして造ればよいのか。


 雀を使者にして天の神に尋ねました。



 天神は、木で造れと返事をしましたが。


 後になって後悔して、やはり丈夫な石で作るにこしたことがない、と思い直しました。


 そこで、カワウソを使者に立てて、急いで下界に派遣しましたが。

 彼は、途中で沢山、魚がいる淵に差し掛かって、使命を忘れて夢中で魚を追いかけました。


 そのために伝令は間に合わず、天の神は怒ってカワウソの頭を踏みつけます。


 こうして、カワウソの顔は現在我々が見ている扁平顔になりました。


 もしも、人間が石で作られていたなら、不朽の命を持つ事が出来たでしょう。


 とは言え、木で造られた事で、人間は木のように後から生長して増える事が出来るのです。



 なお、以上の神話とは別な話もあります。



 山の神、熊神キムンカムイか。

 海の神、シャチ神レプンカムイ。


 人間には、このどちらかを祖先とする者がいる、という信仰もあります。



 熊神系の人間か。

 シャチ神系の人間か。


 それを見分けるには、陰毛の生え方を見ます。



 熊神系の人間は、まるで熊みたいに剛毛です。


 一方、シャチ神系の人間は、両側から長い毛が寄り合って、背びれ見たいに立っています。



 それぞれの人間は、祖霊神による守護を受け、幸運に恵まれます。


 ただし、こうした毛を持っている事は、他の誰にも秘密にしておかなければなりません。


 偶然、他人の毛がそうであると知ったとしても、それをみだりに人に話してはなりません。

 もしも話したなら、神の守護を失って、幸運を逃してしまうでしょうから。



 【1】 第二世界の話。


   ⭐️ 第一世界に該当するかも。



 《16》 十勝コロポックルの伝説。



 アイヌが、この土地に住み始める前から、コロポックルと言う種族が住んでいた。


 彼等は背丈が低く、動きが素早く、漁に巧みであった。



 又屋根を、フキの葉で葺いた、竪穴に住んでいた。


 彼等は、アイヌの人々に友好的で、鹿や魚などの獲物を贈ったり、物品の交換をしたりしていたが。


 コロポックルは、姿を見せる事を極端に嫌っていた。


 それ故に、彼等のやりとりは夜中に窓などから、こっそり品物を差し入れるという形態であった。



 そんな、ある日、アイヌの若者がコロポックルの姿を見ようと考えた。


 彼は、贈り物を差し入れる時を待ち伏せ、その手をつかんで屋内に引き入れてみた。


 すると、コロポックルは美しい婦人のなりをしていた。


 また、その手の甲には刺青があったと言う。



 コロポックルは、青年が行った無礼に激怒して、一族を挙げて北の海より彼方へと去ってしまった。


 以降、アイヌの人々は、コロポックル達を見ることはなくなったと言う。



 現在でも、土地のあちこちに残る竪穴や地面を掘ると出てくる石器や土器だが。


 それ等は、彼等がかつて、この土地にいた名残である。



 ⭐️ アイヌの夫人がする刺青は、コロポックルにならった物であるといわれている。



 《17》 モシレチク・コタネチク。


 モシレチク・コタネチクはアイヌ伝承れる叙事詩ユーカラに登場する魔神である。


 正しい名前は、モシレチク・コタネチク、モシロアシタ・コタネアシタと言う。



 金田一京助全集十一アイヌ文学Vp337-には。



 「アイヌラックル、悪魔から神を救い出す話」


 ーーとして、日高支庁新冠の伝承者・トメキチが語る。



「魔人の手から日の女神を救い出す話」


 トカプチュプカムイはアイヌの日の女神、が記述されている。



 粗筋は、魔神モシレチク・コタネチクに囚われた太陽神である日の女神トカプチュプカムイ。


 彼女を、英雄神アイヌラックルが救出すると言う、天照皇大神の天岩戸隠れに似た話である。



 この魔神は、巌の鎧を被った様は、小山が手をはやし、脚を生やしたに異ならず。


 トド皮の縄を以て、櫂ほどもある太刀を腰に縛りつけている。

 また、片目は紫蘇しその実粒ほどに小さく、片目は満月が如くにむき出した大怪物であると言う。


 悪神モシレチク・コタネチクは、日の出時にも日の入り時にも、太陽を呑もうとして大口を開ける。


 なので、神々は口中に、朝には狐を二匹投げ込み、夕方には烏を十二羽投げ入れた。



 そして、その隙に何とか日神を無事に通過させていた。


 ところが、ある日の事、モシレチク・コタネチクはとうとう日の出時に太陽を捕えた。

 そして、彼女を木のかご六、金の筐六、巌の筐六を、重ねた中に閉じ込める。


 また、周囲に、それぞれ六重に、巌の柵と金の柵と木の柵を巡らした。


 このため、世界は暗闇になった。



 こうして、人間・神々の両方とも眠り込んだまま眼を覚ます事が出来ず、困ってしまった。


 理由は、眠り疲れたまま眠り死にするものが続出する有様になったからだ。



 神々の中でも、特に強力な者達は、日神を助け出そうとして、悪神の城に出掛けて行ったが。

 彼等は皆、城の柵の外に行き着いたところで、悪神に捕らえられた。


 そうして、彼の怖ろしい魔力によって赤児に変えられて、揺り篭に入れられてしまう始末であった。



 神々の要請を受けた、アイヌラックルは風に身を変えて、六重の垣根を抜けて魔神の館へ侵入した。

 それから、六重の木の筐、金の筐、巌の筐を打ち壊して、日の神を救出する。



 そして、アイヌラックルは。


 雲の小船を手早く作り、船のみよしに手早く雲の倭人の童を造る。


 艪のわきに手早く、雲のアイヌの童を造る。


 雲の小楫をリウと後ろへそり、船中央には雲の小帆を取り付ける。


 帆の中央に、日の神をくっつけて、蒼空めがけて投げたのである。


 ここに於いて、世界が再び照り輝いた。


  だが、モシレチク・コタネチク魔神は猛烈な勢いで、アイヌラックルに襲いかかる。


 アイヌラックルは、人間世界を救う戦で、世界自体を壊してはならないと言う考えの元。

 モシレチク・コタネチク魔神を、地下のテイネポクナモシリに誘った。


 後に、夏冬六年の戦いの末に魔神を六重の地獄界に蹴落とし、世界に平和が戻る。


 また別の伝承では。


 悪神はこれを見て怒り、大きな吼え声を発しながら、アイヌラックルに襲い掛かって来た。


 アイヌラックルは、まず足を上げて悪神の城を地獄の底に蹴落とした。

 それより後で、日の神を雲の小船に乗せて空中に投げ上げた。


 こうして、世界に陽光による輝きを取り戻させておいて、彼は悪神を地底の冥界へおびき出した。


 それから、其処で大神と力を合わせ、六年の間、この難敵と死闘を演じた。


 それから末に、遂に悪神を地獄の底へ蹴落とした。



 アイヌラックルと、この魔人との戦いは古伝オイナの中でも、特に大伝ポロオイナと云って著名なものであるが。

 秘曲であって、めったに謡わないから、その伝えも早く失われてしまった。


 そはともあれ、この物語りはアイヌラックルが魔人の手から女神を救う説話だが。


 その最も典型的な物語であり、多く類型や説話の中にはであるが。

 あるいは、これから影響を受けて出来た物もあるかのように思われる。



 《18》 アイヌラックル・日の女神を救え



 この世界、アイヌモシリより上空には、五つも天が層状に重なっています。


 一番低い天は、霧の空。

 次の天は、雲の空。

 その上には、星の空。



 更に高く広がるは青い雲の空。


 それよりまた、はるか遠く、高い高い空よりも向こうに、ただ一人、日の女神が住んでいます。


 女神は夜となく昼となく空を巡っては、金の光 ・銀の光で、四方世界を照らしているのです。


 ところが、ある時 魔神が考えました。



「忌々しい日の女神め、そうだ、奴を捕らえてしまおう、そうすれば、世界は真の闇に沈むではないか」


 魔神はいわおの鎧を身につけた、小山に手足の生えたような大怪物でした。



 トド皮の縄で櫂ほどもある、太刀を腰に佩く。


 片目は、満月のように巨大で爛々と輝いていましたが、もう片目はゴマ粒みたいに小さいのです。


 名を、村滴々国滴々コタネチクチク・モシリチクチクと言いました。


 魔神は、低い天を越え、中ほどの天を越え、高い天、高い高い天を越えた。


 そうして、ついに一番高い天にたどり着くと、日の女神を呑み込んで連れ去ろうとしました。



 このために世界は常世の闇となり、草木はしおれ、生き物は死にそうになりました。


 人間アイヌたちは、集落コタンの広場に出て、空を手に差し伸べて懸命に歌っていました。



 日の神よ、チユプカムイ。 ホーイ。


 あなたは死ぬよ、エライナ。 ホーイ。


 息吹き返せ、ヤイヌパ。 ホーイ。


 


 天の神・地の神は集まって、連れ去られかけている日の女神を取り戻す相談をしました。


 とは言うもの、みな魔神に立ち向かう事を恐ろしがります。


 弱い神は最初からしりごみし、強い神は途中からしりごみをします。


 最も強い神は、魔神の館=岩砦でしたが、そこまで行ってしりごみしました。



 何故って、魔神が住む館から周囲には、木の柵を六重もあるからです。


 それより奥に、岩の柵を六重に、更に奥には金の柵を六重に巡らせてあった。


 こうして、いかなる神をも寄せ付けないからでした。



 最も強い神々が、六十人あまり、柵の辺りでおろおろしていますと。

 そこに、魔神が襲い掛かって、全ての神を捕らえてしまいました。


 そうして、館の中にある炉ばたから左右に、六十個も揺りシンタを吊るすと。

 六十人の神を、六十人の赤ん坊に変え、自分は老人の姿になって揺り籠に入れてあやしていました。



 これを知って天地の神々は驚きあわてました。


 かくなる上は、アイヌラックルに任せるよりない。


 彼より勇猛な神は天にも地にもいないのだから。



 そう言って、使いの神を、アイヌラックルの元に送りました。



 その頃、アイヌラックルは自分の館にいました。


 神も人間も大騒ぎだというのに、彼はこの異変を全く気にしていないようです。


 そこに使いの神が神の乗りシンタに乗ってやって来ました。



「大変です、世界の外れに住んでいる大魔神が、日の神を呑み込んで連れ去ろうとしていますっ! 大至急出かけて、なんとかしてくださいっ! 今は、大魔神が口を開けて日の神を呑み込もうとするたびに、代わりにカラスを放り込んでしのいでいます」


「よろしい、俺が日の女神を救ってみせよう」


 使いの神から話を聞いた、アイヌラックルは鷹揚にそう言うと。


 ゆっくりと起き上がり、まず三日かかって片足のすねあてをつけます。

 更には、二日かかって、もう一方のすねあてをつけました。



「力ある者は、いかなる時にも慌てるものではないのだ」



 これは、大変な事態だからこそ、熟考し慎重に行動しよう。

 ーーと言う、彼一流の戦術だったワケですが、いくらなんでも慎重すぎです。



 使いの神は、痺れを切らしてしまいました。



「アイヌラックルのノロマ、馬鹿野郎っ! この大鍋抱え・棚荒らし、村焼き・国焦がしの息子めっ!」


 ーーと罵って、シンタに乗って帰ってしまいました。

 無理もないと思いますが、アイヌラックルときたら。



「シンタの音が軽々しいな、どうせたいした神じゃない、それにしても、確かにこの地上で一番多い生き物はカラスだというが、魔神の口に放り込まれるとは気の毒だな」


 ーーなどと言うくらいに思っているのです。


 それから、頭の中で大魔神を倒す方法を、想像しながらも館で普通に暮らしていると。

 数日後に、また神が乗るシンタの音が近づいてきました。


 今度は重々しい音がしています。



「アイヌラックルどの、世界の外れに住んでいる大魔神が、日の神を呑み込んで連れ去ってしまった……世界で最も多いのはキツネだというので、朝にはカラス、夕方にはキツネを日の神の身代わりに魔神の口に投げ入れていたが、とうとう日の神を呑まれてしまったのです……世界は闇に沈み、鳥も獣も人間も、みんな眠りに眠って眠り死にしています」


「厄介なことになったな、そういうことなら出かけよう」


 朗々と響く声を聞いた、アイヌラックルは鷹揚にそう言うと。


 やはり、慎重過ぎるほど、慎重に身支度を始めました。



 けれども、今度の使いはじっと我慢して待っています。


 彼はケムシリ岳の山神。


 年の頃ならアイヌラックルと同じくらい、武勇を知られた若神で、無理に急かさずに耐えました。


 アイヌラックルは金襴の小袖を着て、黄金こがね帯鉤おびがねを胴に巻いた。

 さらに、黄金小兜から下がる垂れ紐をぎゅうと締め、氷の中から抜け出たような銘刀を腰に佩いた。


 また、やなぐいを背負い、桜の皮を巻いた弓束をしっかと握ると。


 兜から美しいかんばせを朝日のように覗かせて。



「ケムシリ岳の山神よ、では、魔神の館へ参ろうか」


 と言って、小枝が跳ね返るようにピューーンと飛び上がった。

 そうして、雷鳴をとどろかせながら雲間を走っていきました。


 その音はすさまじく、天地は鳴り響いて、人間が暮らす村々は壊れるかと思えるほどでした。


 日食のさなかに雷鳴と地鳴りが鳴り響いたんですから。



 いよいよ、魔神が住む館にたどり着くと、噂どおり、無数の柵が取り巡らせてありました。



「ケムシリ岳の山神よ、あなたはここで待っているがいい」


 言うなり、アイヌラックルの姿が消えました。


 彼は、その身を一ひらの風に変えたんです。



 風になった、アイヌラックル。


 彼は、ひらひらと六重の木の柵を越え、六重の岩の柵を越え、更に六重の金の柵を越えた。


 そうして、するりと館の中に入ってしまいました。



 館の中にあった、炉ばたから左右には六十個も揺り籠が揺れていた。


 籠中には、数多の神々が赤ん坊となって、おぎゃあ、おぎゃあ~~と泣いていました。


 アイヌラックルは、それには構わず、なおも奥に進むと。

 一番奥の座に、大きな木箱が置いてある事に気づきます。



「もしや、この箱の中に日の女神が囚われているのでは」


 巫神《力トゥス》で、それを見抜いた、アイヌラックルは姿を現すと、木の箱を打ち壊しました。


 壊すとまた箱があり、六重に重なっていました。


 全て、木箱を壊すと、今度は岩箱が六重に、それを壊してしまうと、金の箱が六重になっています。



 金箱を全て打ち壊すと。


 にわかに金と光銀の光が輝いて、中から弱りきった、日の女神が現われました。


 いくら女神とは言え、こんな箱の中に閉じ込められたのは、かなり辛かったようです。



「おのれぇ、日の女神は連れていかせんぞっ!」


 魔神は怒鳴りつけると、アイヌラックルに襲い掛かりました。


 アイヌラックルは片手で日の女神を抱き寄せ、一方今度は片足で、館を蹴りました。


 館はガラガラと揺れ、六十個もある揺り籠は四方に散った。

 それにより、数多の神々は柵から外へ弾き飛ばされ、ようやく姿が元に戻りました。


 いよいよ、激怒した魔神は、満月のように大きい片目を、クワッと見開きます。

 火山口のような口を、グワッと開けて、アイヌラックルを一呑みにしようとしました。


 さすがのアイヌラックルも、片手で女神を抱いて庇っていては、思うように立ち回れません。



 魔神の猛襲に、たじたじとなりましたが。


 しかし、元に戻った、六十人からなる神々と、ケムシリ岳の山神がサッと日の女神を抱き取ります。


 また、素早く雲の船を作って、女神を帆柱にくくりつけて、青空高く投げ上げました。



 女神が高い空に昇った途端、ぱあっと空が輝き、世界は再び隅々まで明るく照らし出されました。



 そうなると魔神は一瞬だけ怯みます。


 その隙に、アイヌラックルが、ケムシリ岳の山神たちが。

 六十人からなる神々たちが一気呵成に攻め立てました。


 この戦いは、舞台を冥界に移し、六つの夏、六つの冬の間、ずっと続いたといいます。


 魔神は、火を吹き煙を吐いて、いくら斬っても突いても、元に戻る恐ろしい相手でしたが。

 ついには、地獄に蹴落とされて、六重無限の底へ落ちていきました。


 こうして、アイヌラックルは日の女神を救い、世界に光を取り戻した訳です。



 ⭐️ 六重=六は無数を表すアイヌの聖数。



   柵が何重にも、砦には設置されていると言う意味。



 ⭐️ やなぐい。



   矢と矢筒をセットで背負える、装具。



 ⭐️ アイヌラックルの移動方法。



   別説では、アイヌラックルは壁から一本の茅を取り出して火にくべた。


  その煙に乗って飛んでいったと言います。




⭕️⭕️アイヌラックルの活躍。



 伝承。



 アイヌの神話や伝説は、口承で伝えられてきた。


 そのため、伝承地や伝承者によってさまざまな差異がある。

 このアイヌラックル伝説に関しても、定説と言う物は存在しない。


  ここでは、アイヌラックル伝説のパターンである一つとして、だが。

 釧路の山本多助エカシが記した、アイヌ・ラッ・クル伝に収録された伝承を紹介する。



 家系。


 母親は、天上から最初に地上に降りた女神、ハルニレ木の精霊でもあるチキサニ姫。



 一つの伝承によると。


 父親は日の神で、単にチキサニ姫を美しいと思った事から。

 その神慮が作用して、姫がアイヌラックルを妊娠したとある。



 日の神は、当時。


 火の女神が左手に、ラルマニ姫。

 右手に、チキサニ姫。


 ーーと、それぞれとって、お供にさせている様子を窺っていた。



 異説では、父親は天上界で一番の荒神である雷神カンナカムイであった。


 アイヌラックルの妻は、天上高位である女神、白鳥姫レタッチリ。



 誕生。


 かつて、まだ大地に動植物も人の姿も何もない頃だが。


 カムイの何人かが大地に降り立ち、世界を作り始めた。



 神々が大地に降臨した時には既に、混沌とした大地から悪魔や魔神たちが生まれていたが。

 神々は魔神たちから大地を守りつつ、世界作りに努めた。


 天上に住まう神々は、地上の様子に大変興味を持っていたが。


 その中で、雷神カンナカムイが地上を見下ろすや。

 地上にいる、チキサニ姫に心惹かれ、たちまち雷鳴と共にチキサニの上に降り立った。


 雷神の荒々しい降臨によって、たちまちチキサニは火に包まれる。

 数度、爆発した末、燃え盛る炎の中から赤ん坊が誕生した。


 これが、カンナカムイとチキサニ達との間に産まれた子、アイヌラックルである。


 アイヌラックルは、地上で誕生した初めての神だった。



 幼年期。


 天上界に住まう神々は、地上に神の子が産まれた事を知り、ただちに養育する準備に執りかかった。


 まず、幼い神の子を育てるために、砦を地上に築き、養育役には太陽の女神が任に当たった。



 チキサニは我が子の誕生後、6日間燃え続けた末に消滅してしまったが。

 炎は絶やされる事なく、養育の砦にある囲炉裏に入れられ、生活するために中心として用いられた。



 やがて、地上世界が完成し、動植物や人間アイヌたちができあがると。


 神々は、人間に言葉を教え始めた。



 知恵を身につけた人間たち。


 彼等は、神の子に行われていた、養育される様子に倣った。



 そして、それまでの洞窟生活をやめた。


 また、家を建て、生活用具を作り、火を生活に用いるようになった。



 少年期。



 神の子は、元気な少年神へと成長を遂げる。


 それで、彼は地上で人間の子供たちとよく遊び、共に仲良く生活していた。


 この頃から、彼はいつしか、神の子でありながら人間同様に暮す者として、アイヌ語で。



「人間くさい神」


「人間と変わらぬ神」


 ーーを意味する。



 アイヌラックルの名で、呼ばれるようになった。



 アイヌラックルと子供たちとが、交流する中では。


 網、弓矢などの生活道具が発案され、それらは人間たちによる生活において欠かせない物となった。



 青年期。



 ある雨の日に。


 アイヌラックルは、養育の女神に大事なことを告げられた。


 それは、アイヌラックルがもうすぐ16歳となって成人する事。

 神であるアイヌラックルは人間を指導する重要な役割を担っている事。

 争いを起こす人間は魔物同然として厳重に罰しなければならない事。


 成人後の婚約者として、天上では既に白鳥姫が選ばれており、後に姫が地上に降りて来る事だった。



 この頃には、かつて地上に蔓延っていた悪魔や魔神たち。

 連中は、地底にある暗黒の国へ身を潜め、地上には平和な日々が続いていた。



 大鹿退治。


 あるとき、巨大な鹿が人間たちを襲うという噂がアイヌラックルの耳に届いた。


 さらには、夜中に魔女らしき者が現れるという噂もあった。


 神々による助言により、アイヌラックルは、これら一連の噂こそが。


 魔神たちが、勢力を増す兆しだと知る。


 そして、地上における平和を守る神として、魔神たちと暗黒の国に戦いを挑む決心をした。



 アイヌラックルは大鹿退治に出発した。


 途中、小川のほとりで美しい姫に出逢った。

 彼の妻となるべき白鳥姫であった。



 アイヌラックルは、姫に一礼し、道を急いだ。



 そして、遂に大鹿が現れ、早速アイヌラックルに襲い掛かった。


 子供の頃によく、鹿と相撲をとっていた彼だったが。

 それも、通常の鹿より二倍はあろうかという巨体の前には、さすがに苦戦を強いられた。



 激しい死闘の末、遂にアイヌラックルは大鹿を倒した。


 アイヌラックルは、この鹿は到底野生の者ではなく、もうすぐ成人する自分の力を試すために。


 天上の神々が遣わした者に違いないと悟った。



 アイヌラックルは、大鹿を手厚く葬ると。


 地上の神である自分は、相手が何者であろうと戦わなければならない事を告げた。


 そして、アイヌラックルが真新しい矢を天上目掛けて射ると。

 大鹿の魂は、射った矢に乗り、天上へと帰って行った。



 魔神退治。


 大鹿退治から凱旋した、アイヌラックルは白鳥姫に再会したが。

 大鹿と共に噂にのぼっていた、魔女ウエソヨマが現れ、姫を奪い去った。


 アイヌラックルは、憎き魔女を倒そうとするも、逆に魔女の魔力によって視力を奪われてしまった。



 神々による助けで、アイヌラックルは養育の砦へ辿り付いた。


 そこで、養育の女神による治療を受け、全快に至った。



 一方で、姫は暗黒の国で牢獄に閉じ込められていた。



 その夜、アイヌラックルは女神から授けられた、天上から与えられた、宝剣を手にすると。

 防具に身を固めて、一人で砦を発ち、地底へ行く入口を通って、暗黒の国へと進んだ。



 不意のアイヌラックル出現。


 それに、魔女ウエソヨマを始めとする、多くの魔神や悪魔たちが驚き、襲い掛かってきた。


 アイヌラックルは、魔女ウエソヨマたちを次々に斬り捨て、暗黒の国の大王をも征伐した。


 大混乱に陥った暗黒の国で、アイヌラックルが宝剣を天にかざすと、激しい雷撃が国を襲った。


 アイヌラックルの父である雷神カンナカムイの力であった。



 稲妻のこもった宝剣を、アイヌラックルが数度振り下ろすや、暗黒の国は火の海となった。


 そうして、12、日間燃え続けた末に完全に消滅に至った。



 アイヌラックルは愛する姫を救い出し、無事に地上の砦へと帰って行った。


 養育の女神は、白鳥姫が地上に降りたことを見届け、天上へと帰って行った。



 その後。



 初めての地上神である、アイヌラックルだったが。


 彼は、魔物たちの脅威が消え失せた地上で、人間たちと共に平和に暮らし続けた。



 晩年。


 魔神退治の他にも、数々の武勇を遂げた、アイヌラックル。


 だが、晩年には人間たちが次第に堕落していった。



 遂にアイヌラックルは、それまで住んでいた地を離れ、いずこかへと去って行ってしまった。


 それ以来、地上の悪事や災害は増す一方であった。


 また、人間たちはアイヌラックルを失った事を激しく悔やんだ。



 しかし、アイヌラックルは去り際に、決して人間の全てを見捨てたわけではない。


 時おり、雷鳴と共に人間たちを見舞うと告げていた。



 それゆえに人間たちは、雷鳴が轟くと、アイヌラックルの来訪といって拝むようになった。



 《19》 アイヌラックルの活躍2。



 はるか昔のことです。


 日高に見える、山々から流れ出す、沙流川のほとり。


 ハヨピラの崖上にある館。


 そこに、優しく若い養い姉と一緒に、アイヌラックルと言う少年神が住んでいました。



 大きな館の中には、様々な宝が光り輝いて積み重ねられている。

 また、宝太刀についた麗しい飾りのふさは ゆらゆらとそよいでいます。


 そんな中で、小さなアイヌラックルは来る日も来る日も、刀の鞘に小刀マキリで彫刻をしていました。


 ある日のこと、養い姉が言いました。



「アイヌラックル、たまには外に遊びに行ってらっしゃい」


 そこで、アイヌラックルはうず高く積まれた宝から子供用である、小さな銀の弓を取りました。

 また、小さな銀の矢を取って、それを持って遊びに出かけました。


 川の流れに沿って遡っていくと。


 川では、鮭たちが溢れ、押し合いへし合い、キラキラと水を跳ね飛ばしている。


 上になった鮭は、お日様で背中が焦げるよぅと言い、苦しそうにしている。

 また、下になった鮭は、川底でお腹がすれるよぅと言い、大変な騒ぎです。


 山には、雄鹿に雌鹿、チョンチョン跳ねる子鹿が駆け回っていています。

 その有様は動く林のよう、白く吐き出される息は霧のようです。


 刹那、アイヌラックルから正面に、魔神の子が現われました。

 黒い服を着ていて、いつ見ても美しい姿をしています。



「アイヌラックル、遊ぼう、見てなよ、鮭を一匹残らず根絶やしにしてやるから」


 魔神の子は、胡桃の弓に胡桃の矢をつがえて、川上めがけて、ハッシと打ち込みました。


 すると、胡桃の木から毒が流れ出し、川の水が白く濁った。

 さらに、それで鮭たちは泣き苦しみながら川下へ押し戻されていくではありませんか。



「何をするんだっ!」


 喜んで笑っている魔神の子に怒ると、アイヌラックルは銀の弓に銀矢をつがえる。

 そして、川上の水源めがけて、ハッシと矢を打ち込みました。


 すると、見る見る清らかな水が溢れ出し、流されていった鮭たちは元気を取り戻した。

 それから、またビチビチ騒ぎながら川を上ってきました。


 魔神の子は、美しい顔に怒りによる炎をめらめらと燃やした。



「よし、お前がその気なら、今度は鹿を根絶やしだ」


 と、空に向かって、胡桃の矢をハッシと打ち込みました。


 すると、つむじ風がどっと吹いて。



 雄鹿は雄鹿の群れで。

 雌鹿は雌鹿の群れで。

 子鹿は子鹿たちで。


 ーー別々に綺麗に並んで空に吹き上げられていきます。


 魔神の子は声を上げて、笑いました。



「何をするっ!」


 それを見るなり、アイヌラックルは銀の矢をハッシと空の果てに打ち込みました。

 すると、空の果てから透き通った清らかな風が吹き出します。



 また、雄鹿の群れ、雌鹿の群れ……そして、子鹿たちを、山の原へと静かに吹き降ろしました。


 魔神の子は怒りのあまり顔色を青くしたり紫にしたりして、パッと上着を投げ捨てて叫びました。


「来い、力比べだっ!」


 アイヌラックルも、おうっと叫んで、上着を投げ捨てると、神の子と魔神の子はがっぷと組み合いました。


 上になり下になり、流石のアイヌラックルも危ないかと思われましたが。

 全身にある力を出し切って、魔神の子を頭上に持ち上げました。


 怒りに燃えた魔神の子は、体が焼けた鉄みたいに熱くなりました。

 さらに、髪の毛は蛇となって絡みつき、喉を締め上げます。


 死にそうになりながらも、アイヌラックルは決して手を離さず、踏ん張ります。

 また、そのまま一歩一歩、ゆっくりと岩山を登り、その頂に立つと。


 最後の力を振り絞り、巻きついた蛇を引き千切ってから。

 魔神の子を、真っ逆さまに谷めがけて投げ落としました。


 やがて、ドォンという音が辺りにこだまして、消えました。



 アイヌラックルは、ホッと大きな息をしました。すると。

 巻きついたまま千切れた蛇たちがバラバラと下に落ちて、汚い金くずになりました。



 アイヌラックルは、銀の弓と矢を持ち、のんびりと道を戻りました。


 すると、川には鮭たちが溢れ、押し合いへし合い、キラキラと水を跳ね飛ばしてます。


 上になった鮭は、お日様で背中が焦げるよぅと言います。

 下になった鮭は、川底でお腹がすれるよぅと言います。


 大変な騒ぎです。



 山には、雄鹿に雌鹿、チョンチョン跳ねる子鹿が駆け回っている。

 その有様は動く林みたいであり、白く吐き出される息は霧みたいに思えます。


 その様子を見て、アイヌラックルは満足して館に戻りました。


 若い養い姉、優しい養い姉は、何もかもを もう知っていました。


 小さなアイヌラックルを抱きしめて。



「それでこそ、神の子です」


 ーーと言いました。


 

 そんなある日のこと。


 アイヌラックルが川に沿ってどんどん歩いていると。


 岸辺の大きな岩の上に、見たこともない美しい小鳥が川上から飛んできて止まった。


 小鳥は、綺麗な声で鳴き始めました。



「綺麗な鳥だな、それに、なんて美しい声なんだろう」


 アイヌラックルが聞きほれていると。


 今度は、川下から別に小鳥が飛んできて、やはり大岩の上にふわりと止まりました。

 途端に、二羽の小鳥は美しい二人娘になって、かしましく、おしゃべりを始めました。



「川上のソーコロカムイのお嬢さん、お久しぶり、お変わりないですか」


「ありがとう、川下のワッカウシカムイのお嬢さん、あなたも、お変わりなくて結構ね」


 聞くともなしに聞き耳を立てていると、なにやら自分のことが話題にされているようです。



「沙流側のほとりの屋敷に住んでいると言う、大鍋抱え・棚荒らし、村焼き・国焦がしの息子のアイヌラックルは、一体どんな程度の若者なのかしらね? なんでも、小鳥の私にお似合いだと言ってくれる人がいるから、このように着物を縫って持ってきたんですけれど」


「あらあら、そんなことを言ってはいけないわよ。彼はなかなかの人物で、神々の中でもずば抜けて偉いそうですから、そんな風に悪口を叩いて怒らせたら大変よ」


「なにを、生意気な鳥どもめっ!」


 ムッとした、アイヌラックルは目にも留まらぬ速さで刀を抜いて切りつけましたが。

 どこへ飛んだか隠れたのか、あっというまに娘たちの姿は消えていました。


 岩の上には立派な着物が置いてありましたが。


 きっと、あのワッカウシカムイの娘だかか置いていったに違いない。

 ーーと思うと、ムカムカしてきて、着物を引き裂いて、川の中に投げ込みます。


 そうして、長いこと岩の上に座って考え込んでいました。



 大鍋抱え・棚荒らし、村焼き・国焦がし"の息子って、何のことだろう。

 意味は解らないが、なんだか、ひどい言いがかりを付けられた気がする。


 アイヌラックルは館に帰りましたが、イライラして、ご飯も、あまり喉を通りません。


 心配して、養い姉が訊きました。



「まぁ、どうしたのですか、そんなに腹を立てて」


「だって姉さん、小鳥の娘たちがオレのことを『"大鍋抱え・棚荒らし、村焼き・国焦がし"の息子』と言って馬鹿にするんだ」


「あら……」


 それを聞くと、美しい養い姉はしなやかな手で口元を押さえて、くすくすと笑いました。



「なにがおかしいのさ。姉さんまでオレを馬鹿にするの?」


「いいえ、アイヌラックル、それはあなたを馬鹿にした呼び名ではありませんもの」


 そう言って、養い姉はこんな話を話し始めました。



「その昔、国造神コタンカラカムイがこの地上アイヌモシリをお造りになった時、草木もなく、大変寂しく思われました」


 そこで、春楡チキサニの木に宿る女神が降臨された訳です。


 この春楡は、地上に最初に根を下ろした大木でした。


 その精霊たる、チキサニ姫は美しさが天上に住まう、神々による間でも評判になるほどでした。



 ところで、その頃、一番高い天を治めていた神は国造神コタンカラカムイと雷神カンナカムイ達。


 二人の兄弟神でしたが、中でも弟である雷神はチキサニ姫に強く惹かれておりました。



 ある夜、雷神はこっそりと六重の雲を掻き分けて地上に降り、姫に結婚を申し込んだ訳です。


 姫は驚きましたが、かねてより雷神の勇名は聞き知っておりました。

 だから、承知して、二神は夫婦の契りを交わしました。


 この結婚は密かに行われましたが。


 雷神が毎夜、火の木たるチキサニ姫の元に通う事から。


 木に燃え上がる炎が消える事はなく、やがて他の神々に知られることとなりました。


 抜け駆けされた事を妬んだ神々は、チキサニ姫が赤ん坊を身ごもったと知ると。

 ますます怒り、兄の国造神をけしかけて、とうとう皆して雷神に戦いを仕掛けたのです。


 こうなっては、受けて立たない訳にはいかず、雷神は刀を抜きます。


 彼は、ボウボウと炎を噴く刀を振るって、天と地を大暴れに暴れました。



 雷神の行く所、あちこちに火の手が上がりました。

 なので、皆は彼を、村焼き、国焦がしとアダ名しました。


 それに、多勢に無勢ですから、ゆっくりご飯を食べている暇もありません。



 仕方なく、お腹がすくと。


 どの館にでも乗り込み、大鍋を抱えて棚にある食べ物を引っつかんで、ムシャムシャと食べました。


 そこで、もう一つ大鍋抱え・棚荒らしと言うアダ名がついたのです。


 戦いは、ずいぶん長引きましたが、結局は戦いを仕掛けた神々が降参して、決着がつきました。


 勝利を祝うように、チキサニ姫が元気な男の子を産みました。



 しかし、雷神が天に呼び戻されてしまうと。


 木の精霊である、チキサニ姫には赤ん坊は育てられませんでした。


 チキサニ姫は自分の木の皮の繊維で白い着物を作って赤ん坊に着せ、天の国造神に預けました。


 国造神には、沢山の子供たちがいました。



「ですが、中でも一番若く、一番重々しく扱われていた私が、その男の子を育てる事になったのです……この男の子が、アイヌラックル、あなたなのです、ですから、そのアダ名は、お父様の勇猛を示すもの……決して恥ずかしい、アダ名ではないのですよ」


 そう言って、養い姉は話を終えました。



 《20》 アイヌラックル~~舞う風の女神。



 ある日のこと、地上アイヌモシリに大変な暴風が吹き荒れました。


 あまりにも強い風で、立っていた木も人間の家も、みんな折れて千切れてしまいます。


 しかも、バラバラになって吹き飛んでしまったほどでした。



 暴風は、天上に住む、風神レラカムイが一人、南風の姫神ピタカニンネカムイの仕業でした。



 姫神は、国造神コタンカラカムイの妹で、兄が留守にしている間に地上を眺めていると。

 それが、あんまり美しかったものですから、悪戯心を起こしてしまった訳です。


 南風の姫神は、館から外に出ると、ひらひらと舞を始めました。

 着物の裾や袖がパタパタとなびくと、大風が起こり、地上をさんざんに打ち壊してしまいました。


 あくる日、南風の姫神がそっと地上を覗いてみると。


 何もかもが、吹き飛んで壊れてしまった。



 その中で ただ一軒、しゃんと残って建っている館が目に入りました。



「どうしてあの館は吹き飛ばなかったのかしら……何の力が働いているというの? それとも、まさか私の力が足りないっていうのかしら」


 南風の姫神は またしても丘上に立って、前よりも激しく踊りました。

 地上は大暴風雨になりましたが、その館はいくら姫神が激しく踊っても壊れることはありません。


 しまいに、姫神もヘトヘトに疲れて、その館を壊すのを諦めざるをえませんでした。



 ところが、それからしばらく経った、ある日のこと。


 神が暮らす国にある、南風の姫神が住む家に、若者が一人だけで訪ねてきました。



「まぁ、この若者は一体何者だろう? 人間アイヌのようでもあるし、神カムイのようでもある、この私にも見定めが出来ないとは……》


 そんな事を思って、怪しんでいますと、若者は。



「この間はありがとう、お礼に来ました」


 と言って、扇子を取り出して、氷と雪の絵が描いてある方を向けて南風の姫神を扇ぎました。


 途端に猛吹雪が起こります。


 そうして、姫神の着物は氷による欠片かけらで、ズタズタに裂け、柔肌は傷だらけになりました。



 しまいに、着ていたものは全てボロボロになって吹き飛ばされてしまいました。


 傷だらけで、しかも素裸にされて、南風の姫神は悔しいやら恥ずかしいやら痛いやら。


 それで、ぽろぽろと泣いていますと、若者は。



「一度で終わるのではなく、二度楽しむのが、決まりなのですよね?」


 ーーと言って、今度は日の光が描いてある方を向けて南風の姫神を扇ぎました。


 すると、灼熱の光がさんさんと照りつけ、姫神の傷口は焼けるように痛みました。



「やめて、やめて、やめてくださいっ! あなたは誰なの? どうしてこんなひどいことをするのよっ!」


「ひどい? あんたもやったことじゃないかっ! あんたが面白がって、踊ったせいで、地上はめちゃくちゃ、木も人間の家も吹き飛んでしまった」


 オレは、地上に住むアイヌラックルと言う。


 俺の館だけは残ったけれど。


 こんな事をされて、黙っている訳にはいかない、だから懲らしめにやってきた



「あんたは神だから これで許してやるが、二度と面白半分であんなことをするなよっ!?」


 そう言うと、アイヌラックルは地上に帰っていきました。



 そんなことがあってから、風の神々は地上に行く時には力を加減しながら行く。


 そうして、そよ風を吹かせるようになったと言う事です。



 ですから、今でも北海道に暴風は吹かないのです。


 また、悪戯をした南風の姫神はどうなったでしょうか。


 彼女は、帰ってきた兄の国造神にさんざん叱られます。

 また、可哀相な事に、土の中に押し込められてしまいました。


 それで、春になるとふきとうマカヨになって、地上にそっと顔を覗かせるのだそうです。



 《21》⭕️⭕️ アイヌラックル・日の女神を救え



 この世界、アイヌモシリより上空には、五つも天が層状に重なっています。


 一番低い天は、霧の空。

 次の天は、雲の空。

 その上には、星の空。



 更に高く広がるは青い雲の空。


 それよりまた、はるか遠く、高い高い空よりも向こうに、ただ一人、日の女神が住んでいます。


 女神は夜となく昼となく空を巡っては、金の光 ・銀の光で、四方世界を照らしているのです。


 ところが、ある時 魔神が考えました。



「忌々しい日の女神め、そうだ、奴を捕らえてしまおう、そうすれば、世界は真の闇に沈むではないか」


 魔神はいわおの鎧を身につけた、小山に手足の生えたような大怪物でした。



 トド皮の縄で櫂ほどもある、太刀を腰に佩く。


 片目は、満月のように巨大で爛々と輝いていましたが、もう片目はゴマ粒みたいに小さいのです。


 名を、村滴々国滴々コタネチクチク・モシリチクチクと言いました。


 魔神は、低い天を越え、中ほどの天を越え、高い天、高い高い天を越えた。


 そうして、ついに一番高い天にたどり着くと、日の女神を呑み込んで連れ去ろうとしました。



 このために世界は常世の闇となり、草木はしおれ、生き物は死にそうになりました。


 人間アイヌたちは、集落コタンの広場に出て、空を手に差し伸べて懸命に歌っていました。



 日の神よ、チユプカムイ。 ホーイ。


 あなたは死ぬよ、エライナ。 ホーイ。


 息吹き返せ、ヤイヌパ。 ホーイ。


 


 天の神・地の神は集まって、連れ去られかけている日の女神を取り戻す相談をしました。


 とは言うもの、みな魔神に立ち向かう事を恐ろしがります。


 弱い神は最初からしりごみし、強い神は途中からしりごみをします。


 最も強い神は、魔神の館=岩砦でしたが、そこまで行ってしりごみしました。



 何故って、魔神が住む館から周囲には、木の柵を六重もあるからです。


 それより奥に、岩の柵を六重に、更に奥には金の柵を六重に巡らせてあった。


 こうして、いかなる神をも寄せ付けないからでした。



 最も強い神々が、六十人あまり、柵の辺りでおろおろしていますと。

 そこに、魔神が襲い掛かって、全ての神を捕らえてしまいました。


 そうして、館の中にある炉ばたから左右に、六十個も揺りシンタを吊るすと。

 六十人の神を、六十人の赤ん坊に変え、自分は老人の姿になって揺り籠に入れてあやしていました。



 これを知って天地の神々は驚きあわてました。


 かくなる上は、アイヌラックルに任せるよりない。


 彼より勇猛な神は天にも地にもいないのだから。



 そう言って、使いの神を、アイヌラックルの元に送りました。



 その頃、アイヌラックルは自分の館にいました。


 神も人間も大騒ぎだというのに、彼はこの異変を全く気にしていないようです。


 そこに使いの神が神の乗りシンタに乗ってやって来ました。



「大変です、世界の外れに住んでいる大魔神が、日の神を呑み込んで連れ去ろうとしていますっ! 大至急出かけて、なんとかしてくださいっ! 今は、大魔神が口を開けて日の神を呑み込もうとするたびに、代わりにカラスを放り込んでしのいでいます」


「よろしい、俺が日の女神を救ってみせよう」


 使いの神から話を聞いた、アイヌラックルは鷹揚にそう言うと。


 ゆっくりと起き上がり、まず三日かかって片足のすねあてをつけます。

 更には、二日かかって、もう一方のすねあてをつけました。



「力ある者は、いかなる時にも慌てるものではないのだ」



 これは、大変な事態だからこそ、熟考し慎重に行動しよう。

 ーーと言う、彼一流の戦術だったワケですが、いくらなんでも慎重すぎです。



 使いの神は、痺れを切らしてしまいました。



「アイヌラックルのノロマ、馬鹿野郎っ! この大鍋抱え・棚荒らし、村焼き・国焦がしの息子めっ!」


 ーーと罵って、シンタに乗って帰ってしまいました。

 無理もないと思いますが、アイヌラックルときたら。



「シンタの音が軽々しいな、どうせたいした神じゃない、それにしても、確かにこの地上で一番多い生き物はカラスだというが、魔神の口に放り込まれるとは気の毒だな」


 ーーなどと言うくらいに思っているのです。


 それから、頭の中で大魔神を倒す方法を、想像しながらも館で普通に暮らしていると。

 数日後に、また神が乗るシンタの音が近づいてきました。


 今度は重々しい音がしています。



「アイヌラックルどの、世界の外れに住んでいる大魔神が、日の神を呑み込んで連れ去ってしまった……世界で最も多いのはキツネだというので、朝にはカラス、夕方にはキツネを日の神の身代わりに魔神の口に投げ入れていたが、とうとう日の神を呑まれてしまったのです……世界は闇に沈み、鳥も獣も人間も、みんな眠りに眠って眠り死にしています」


「厄介なことになったな、そういうことなら出かけよう」


 朗々と響く声を聞いた、アイヌラックルは鷹揚にそう言うと。


 やはり、慎重過ぎるほど、慎重に身支度を始めました。



 けれども、今度の使いはじっと我慢して待っています。


 彼はケムシリ岳の山神。


 年の頃ならアイヌラックルと同じくらい、武勇を知られた若神で、無理に急かさずに耐えました。


 アイヌラックルは金襴の小袖を着て、黄金こがね帯鉤おびがねを胴に巻いた。

 さらに、黄金小兜から下がる垂れ紐をぎゅうと締め、氷の中から抜け出たような銘刀を腰に佩いた。


 また、やなぐいを背負い、桜の皮を巻いた弓束をしっかと握ると。


 兜から美しいかんばせを朝日のように覗かせて。



「ケムシリ岳の山神よ、では、魔神の館へ参ろうか」


 と言って、小枝が跳ね返るようにピューーンと飛び上がった。

 そうして、雷鳴をとどろかせながら雲間を走っていきました。


 その音はすさまじく、天地は鳴り響いて、人間が暮らす村々は壊れるかと思えるほどでした。


 日食のさなかに雷鳴と地鳴りが鳴り響いたんですから。



 いよいよ、魔神が住む館にたどり着くと、噂どおり、無数の柵が取り巡らせてありました。



「ケムシリ岳の山神よ、あなたはここで待っているがいい」


 言うなり、アイヌラックルの姿が消えました。


 彼は、その身を一ひらの風に変えたんです。



 風になった、アイヌラックル。


 彼は、ひらひらと六重の木の柵を越え、六重の岩の柵を越え、更に六重の金の柵を越えた。


 そうして、するりと館の中に入ってしまいました。



 館の中にあった、炉ばたから左右には六十個も揺り籠が揺れていた。


 籠中には、数多の神々が赤ん坊となって、おぎゃあ、おぎゃあ~~と泣いていました。


 アイヌラックルは、それには構わず、なおも奥に進むと。

 一番奥の座に、大きな木箱が置いてある事に気づきます。



「もしや、この箱の中に日の女神が囚われているのでは」


 巫神《力トゥス》で、それを見抜いた、アイヌラックルは姿を現すと、木の箱を打ち壊しました。


 壊すとまた箱があり、六重に重なっていました。


 全て、木箱を壊すと、今度は岩箱が六重に、それを壊してしまうと、金の箱が六重になっています。



 金箱を全て打ち壊すと。


 にわかに金と光銀の光が輝いて、中から弱りきった、日の女神が現われました。


 いくら女神とは言え、こんな箱の中に閉じ込められたのは、かなり辛かったようです。



「おのれぇ、日の女神は連れていかせんぞっ!」


 魔神は怒鳴りつけると、アイヌラックルに襲い掛かりました。


 アイヌラックルは片手で日の女神を抱き寄せ、一方今度は片足で、館を蹴りました。


 館はガラガラと揺れ、六十個もある揺り籠は四方に散った。

 それにより、数多の神々は柵から外へ弾き飛ばされ、ようやく姿が元に戻りました。


 いよいよ、激怒した魔神は、満月のように大きい片目を、クワッと見開きます。

 火山口のような口を、グワッと開けて、アイヌラックルを一呑みにしようとしました。


 さすがのアイヌラックルも、片手で女神を抱いて庇っていては、思うように立ち回れません。



 魔神の猛襲に、たじたじとなりましたが。


 しかし、元に戻った、六十人からなる神々と、ケムシリ岳の山神がサッと日の女神を抱き取ります。


 また、素早く雲の船を作って、女神を帆柱にくくりつけて、青空高く投げ上げました。



 女神が高い空に昇った途端、ぱあっと空が輝き、世界は再び隅々まで明るく照らし出されました。



 そうなると魔神は一瞬だけ怯みます。


 その隙に、アイヌラックルが、ケムシリ岳の山神たちが。

 六十人からなる神々たちが一気呵成に攻め立てました。


 この戦いは、舞台を冥界に移し、六つの夏、六つの冬の間、ずっと続いたといいます。


 魔神は、火を吹き煙を吐いて、いくら斬っても突いても、元に戻る恐ろしい相手でしたが。

 ついには、地獄に蹴落とされて、六重無限の底へ落ちていきました。


 こうして、アイヌラックルは日の女神を救い、世界に光を取り戻した訳です。



 ⭐️ 六重=六は無数を表すアイヌの聖数。



   柵が何重にも、砦には設置されていると言う意味。



 ⭐️ やなぐい。



   矢と矢筒をセットで背負える、装具。



 ⭐️ アイヌラックルの移動方法。



   別説では、アイヌラックルは壁から一本の茅を取り出して火にくべた。


  その煙に乗って飛んでいったと言います。

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