第二話
テストが無事終わり夏休みに入った…のだが、俺は学校に来ていた。別に部活があるわけでもないが、妃から呼び出しがかかった。曰く、
「宿題一緒にどうだい?」
断ろうかとも考えたが、どうせ家に居ても一人なので申し出を受けることにした。
1人じゃなかなかはかどらないし…。
「はぁ~とりあえず今日はここまでにしようか!」
のびをすると、妃の肩がボキボキと音を立てる。
「こっちもおかげで宿題が捗ったよ」
「あはは!それは良かった。…しかし、今日はうるさいねぇ」
普段ならこの「うるさい」はセミの声のことなのだろうけれど(セミもいつも通り騒がしいのだが)、今回はちがう。ちらりと窓の外に目をやると、大きい鉄のような板が窓一面の景色を鈍い銀色に塗りつぶしている。現在この学校は絶賛改築・増築中であり、立ち入り制限や粉塵の飛散、申し訳程度の防音のために板が工事現場を囲うように設置されている。授業のある日こそ魔法で完全防音の壁を造っているものの、夏休みともなればその防壁は節約のために姿を消す。大人の魔法使いは求人に比べ供給数が少ない。簡単に言うと魔法使いを呼び、完全防音をするということは人件費、ひいては工事費が高額になるということだ。それを避けるため、大きな休みの間は学期中のような完全防音はされなくなる。大気中のマナを使う魔法と違い、地殻エネルギー等を用いる魔術師については、学校1つを覆う『陣』の構築に広大な土地を使うため、論外らしい。
ごく稀に防音壁が張られる場合もあるが、余程の騒音になる作業の場合か、学生バイトが雇える場合だけに限られる。ただ、このような工事の学生バイトはバイト代が他と比べて安いため、結局他に取られるのだが…。
そんなこんなの理由でいつもより「うるさい」のはある程度しょうがない。
ただ、それを差し引いても今日は工事で『うるさい』というより『さわがしい』気がする。
「なあ、なんかざわつい…」
その時、突如頭をムリヤリ押さえつけられるような圧迫感が襲ってきた。
「うっ…く…」
なんとか膝に手を付き、踏ん張りながら顔を上げる。横を見ると妃も似たような態勢で堪えている。足が震えているのは踏ん張っているからだけではないのだろう。
この感覚は恐らく魔力暴走。しかも、このまま放っておくと魔力災害にまで発展するかもしれないレベルのものだろう。『魔力暴走』を爆発に例えるなら、『魔力災害』は絨毯爆撃。あとに建物が残れば運が良いとすら言われる。
『ここまでの魔力暴走が近くで起きるなんて…』
「障壁を張る!チュンジュ!もっと私に寄れ!!」
妃が自分を奮い立たせるように声を張る。妃の声にハッとして、机に手を付きながら妃の側に寄ると妃はすぐさま障壁を張る。魔力暴走には様々な原因とそれに合わせた対処法がある。今回は魔力を直接体の周りにまとわせる形で、襲ってくる圧迫感を相殺させる。
だが、まだ自分たちが動けるよう対処しただけで、魔力暴走そのものは続いている。出来たばかりの校舎はキシキシと音を立て、先ほどまで景色の大半を覆っていた鈍い色の板は、大半がその形を歪め、隠していた夏らしい入道雲を露にしている。
「暴走場所は工事現場だね!行こう!!」
既に割れた窓から飛び出す妃に続くように俺も外にでる。炎魔法使いの妃は、既に火種となるライターを取り出し、飽和しそうな魔力を炎に変換して空へ向けて放出している。
だが、爆発的に満ちるマナを1人で消費しきるのは不可能だ。俺も風の魔法を使うため、鉄扇を懐からとりだし空へと放つ。正直取り込めるマナが多いため、久しぶりに上級魔法が上手く使えるため嬉しい気持ちがあるが…マナは減るどころかさらに増える一方だ。…このままではまずい。
俺たちの左手側の校舎から、水や炎が空へとあがる。恐らく風紀委員だろう。風紀委員は学園無いの争いを止めるというその性質上、上位者5名以外は人柄より実力が重視される。ただ、夏休みで当番制(約40名のメンバーのうち4人ほどの交代制)となったせいか、発動される魔法は強力ではあるものの、消費しきるには全然たりない。
あちらこちらから威力のさまざまな魔法が空へと放たれ始める。異変に気づいた生徒たちや一部の魔法が使える教師のものだろうが…それでも足りない。
「…ヤバい…」
夏だというのに、全身に寒気が走る。先ほどまで工事の声と対抗していたセミの声はすでに聞こえない。中心部であろう工事現場から光が漏れ始める。爆発の前兆。
逃げないと…。思わず像のように固まった妃と自分とを風で持ち上げようとした瞬間だった…。ズシリとした衝撃に俺たちは押し潰され、地面に倒れ伏す。と同時に先ほどまであった爆発の前兆が嘘のように消えた。
「ふぅ…こんなものかな?」
グシャグシャにつぶれた鉄板から見える工事現場の向こうに、全ての人間が倒れ伏す中、悩むように顎手をやる術法高校の制服をきた女性の姿がみえた。