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あの子のピアス

作者: 勝のび太

初めて投稿します。面白いかいまいち自信がないですが、よろしくお願いします。

プロローグ

蜷川健は栃木に住む読書好きの男子高校生。得意科目は国語だった。友達はいなかった。毎日、自室の本棚を眺めてその日に読む本を決めるのを楽しみに生きていた。いわゆる学校に必ず一人はいる、「本が友達」な学生だった。そのせいか、人一倍頭は良かった。だから大学も面接と小論文による推薦で受かった。難関校に指定されている埼玉の大学だった。県内の大学も考えたが、その埼玉の大学はローグ•マランという哲学者についての研究が進んでいて、蜷川は前からその大学でローグ哲学の研究をしてみたいと思っていた。家から通えなくもないが、定期代を考えるとアパートを借りた方が安いと判断し、は一人暮らしをすることになった。皆は前期に向けて勉強する中、蜷川はというと暇だった。授業も自習ばかりで、ローグの著作を読むくらいしかやることがなかった。なので、学校では禁止されていたが、バイトを始めた。バイトをするのは初めてだった。近所の牛丼屋のキッチンのバイトだった。接客も募集していたが、人と接することがあまり得意ではない旨、伝えると裏方の仕事に抜擢された。最初はメニューを覚えるのに時間が掛かったが、しばらくすると慣れ、少しずつ料理を任せてもらえるようになった。だいたい店長と蜷川と先輩である小田切さんと新人とでシフトを回した。新人の枠は始めたりやめたりを繰り返していたので蜷川はいちいち名前を覚えることができなかった。小田切さんはかなり古株らしく、店長と仲がよかった。ホールの仕事もキッチンの仕事もできるので重宝されているようだ。蜷川や店長と比べてやや社交的な性格だった。バイトを始めて最初に蜷川に声をかけてくれたのは小田切さんだった。

「ラーメン好きか?」

蜷川が好きです、と答えると、バイトの後、ラーメンを奢ってくれた。

「仕事の不安があったらなんでも聞いてくれ。ちょっとたまに店長は厳しい事いうけど、悪い人ではないんだ」

蜷川はたった数ヶ月程度しかバイトができないのにこんなに親身になってくれる小田切さんはとても良い人だと思った。

蜷川が仕事を始めて三か月ほど経った頃、彼女、田中美鈴はやってきた。


月曜日

蜷川は普段通り学校を終え、バイト先にいた。あと残りのバイトは今日を含めて4回だった。それはフライパンで牛肉を炒めていた時だった。

「いらっしゃいませ!」

ふと聞いたことのない美声が響いたので蜷川は声の聞こえた方を見た。最初に蜷川が感じたのは光だった。最初は何の光か、分からなかった。それはまるでダイヤモンドのように光を放つ透明で丸型のピアスだった。おそらくクリスタルでできたものだろうと蜷川は予想した。それはちょうど照明の光を反射させての蜷川の眼に飛び込んできた。それはあの子、田中美鈴が耳にしているピアスだった。蜷川はその時彼女を初めて見た。そしてしばらく仕事のことを忘れて見つめてしまった。なぜか蜷川がバイトに来た時は彼女に気づけなかった。

「おい、手が止まってるぞ、ちゃんとやれ」店長が蜷川に荒い言葉で言った。

「あ、すいません」

蜷川は動揺していた。こんなに綺麗な人がいるのかと思った。結んだお団子ヘアに目尻の切れた目。牛丼屋の制服もそれだけではファッション性など微塵も感じられないのに、彼女が着るとよく似合って見えた。

蜷川は牛丼を炒めることに集中するよう努めたが、心は彼女のことでいっぱいだった。早く休憩時間にならないかと思った。はやく彼女のことを知りたかった。

蜷川はやっと訪れた休憩時間に店長に尋ねた。

「あの子、誰ですか?」

「あぁ、昨日から配属された田中さん。大学に前期合格したから、働きたいんだと」

「ウチってピアスオッケー何でしたっけ」

「ウチは髭、ネイル、ピアス自由だよ」

蜷川はもう一度、ホールにいる彼女を盗み見た。

「彼女、美人ですね」

「そうだね」店長はそっけなく言った。店長のそうだねは肯定よりも否定に近いことを蜷川はこの三ヶ月で学習していた。

店長と蜷川は好きなタイプが違った。前に店長と好きなタイプな顔について話したことがある。私は最近ドラマなどで活躍し始めた女優を、店長は昔ながらのベテラン女優を、それぞれ挙げて話した。その二人の女優の顔はどちらも中性的で可愛かったが、違う趣向だった。蜷川の好きな女優は目が切長で細かった。それに対して店長の好きなタイプは大きなパッチリとした目をしていた。それ以外の鼻や口などはどちらも整っていて、綺麗だったが、目の大きさが蜷川と店長では大きく違っていた。

「いらっしゃいませ!」

また美声が響いた。彼女はどちからかというと鋭い目をしていて、蜷川のタイプだった。でもこれまで蜷川が見てきたタイプの女性の中でも圧倒的に可愛かった。蜷川はまた彼女のいらっしゃいませ、が聞こえることを楽しみにしながら料理を再開した。


火曜日

蜷川はいつも通り自宅で朝食を済ませ、電車に乗って通学した。昨日はずっと田中さんのことで頭がいっぱいで、夜良く眠れなかった。気になっていたが、万年本としか話していない蜷川が初対面の人に話しかける勇気なんてある訳がなく、昨日はお疲れ様でした、以外声をかけられなかった。

蜷川は今日はローグの『我々の脳について』を選んで読んでいた。『我々の脳について』には次のようにある。


《人間は命の終わり、つまり死を意識する事で初めて快楽を得ることができる。ジェットコースターに乗って楽しいと思えるように。》


しかし蜷川は読みながら懲りずに彼女のことばかり考えてしまっていた。あの美貌と美声、そしてピアス。今日はどんなピアスをしているのかと蜷川は想像した。今日も私はシフトを入れていた。今日も彼女とバイトが被るのかどうか、蜷川は知らなかったが、被っているといいなと思った。もし同じシフトだったら声をかけてみようと思った。


蜷川がバイト先に着くや否や、あの声が聞こえてきた。

「いらっしゃいませ!」

蜷川は胸が高鳴った。同時に今日は彼女に声をかけてみようと決意した。また昨日と同じようにピアスをしている彼女がそこにはいた。今日は小さい青いしずく型のピアスをしていた。相変わらず光を反射して、彼女の美貌と相まってさらに輝いて見えた。昨日の宝石のような丸型のピアスも良かったが、今日は一層似合って見え、美しかった。

蜷川は制服に着替えていつものように牛肉を炒め始めた。蜷川は彼女がそばにいるだけで高揚していた。昨日と同じように牛肉を炒めようと努めているが、心では彼女のことを考えていた。早くバイトが終わり彼女に声をかけるタイミングが訪れてほしいと思う自分と自分などにそんな勇気があるのか不安に思う自分が喧嘩して、蜷川の頭の中は爆発しそうだった。

バイトを終えて店長と蜷川と田中さんと小田切さんは控え室で、身支度を整えていた。

蜷川の緊張はというとピークに達していた。知らない人に自分から声をかけるなんてしばらくしていない。せっかく声をかけるならこの牛丼屋から出て、お互いお疲れ様でしたと言うタイミングで聞いてみるのがいい。でも何を聞くべきなのだろうか。出身地か、好きな食べ物か、連絡先か。

すると田中さんがふと言った。

「私のピアスどうですか?可愛いですか?」

蜷川はそれに対して何か言おうとしたが、緊張で言葉が出てこなかった。

「いいと思うよ」小田切さんが答えた。

「何か特別なものなの?」店長が言った。彼氏に買ってもらったなんて言ったらどうしようと蜷川は思った。

「実はこないだ合格祝いで、ピアスの穴を空けて、母に買ってもらったんです。サファイアなんですよ、これ。2万円しました。今日初めて人に見せれて凄く嬉しいんです!」

自分には無いものをこの子はたくさん持っている、と蜷川は卑屈になった。性格までこうも明るく美しいのか。蜷川は苦しくなると同時にまた彼女に魅せられてしまっていた。

「おー、それは高価だね。綺麗だよ」小田切さんが言った。もしかしたら小田切さんは田中さんに気があるのかもしれないと蜷川は思った。だんだん今日声をかけようと考えていた自分が馬鹿らしくなってきた。


「お疲れ様でした」蜷川は昨日と同じように彼女に言った。やはりそれ以外の言葉をかける勇気が私にはなかった。

「あのー」だから彼女からお疲れ様でした以外の言葉が発せられたのに驚いた。

「ニナガワさんって言うんですか?ちょっと私漢字に弱くて」彼女が言った。

「はい」蜷川はなんとかここから会話を広げようと必死に頭を回したが、考えれば考えるほど何を言うべきか分からなくなってしまった。

「珍しい苗字ですね。覚えておきます。お疲れ様でした」綺麗な笑顔で彼女は蜷川にそう言った。


水曜日

今日はバイトが入ってなかった。蜷川はまたぼんやりとローグの、『読書のコスパ』を読んでいた。『読書のコスパ』には次のようにある。《読書はコスパ最強の玩具だ》。蜷川は本を読みながら昨日の自分を呪った。ここ最近、本に集中できずにいた。なんでもっと会話をリードできなかったのか、そればかり考えていた。せっかく彼女と会話するチャンスだったのに。蜷川のバイトはあと2回しか無い。明日と明後日。それまでに彼女の連絡先くらいは手に入れたかった。蜷川からは今まで綺麗な人を見かけても自分には合わない高嶺の花だと諦めていた。そういう癖がついていた。でも今回はなぜか諦めようと思わなかった。彼女は運命の人だと思った。

本を読んでいるとふと太陽が蜷川を照らした。蜷川は初めて彼女を見た時を思い出した。最初に惹かれたのは彼女自身ではなく彼女のしているピアスだった。あの宝石のようなピアスの光がまだ瞼に焼き付いて離れなかった。昨日のサファイアの輝きも忘れることができなかった。

蜷川は彼女に会う前の日常を思った。生きる理由なんてないと思っていた。生まれてしまったから生きている、そんなネガティブな考え方しかできなかった。でも今は少しだけ違った。彼女に会いたいから生きているのかもしれないと思うようになった。彼女に会えるのもあと数回しか無い。最悪の場合もう会うことはないかもしれない。蜷川は本が友達だった頃に戻れたらどれだけ楽だろうかと考えた。あの日彼女のピアスを見なければあと何回彼女に会えるか、なんて考えなくても良かった。

蜷川は彼女との時間をもっと長期に渡るものにしたいと思うようになった。そのために連絡先くらいは聞いておく必要がある。蜷川は今度もし彼女に会うことができたなら今度こそ自分の方から声をかけてみようと思った。


木曜日

今日はバイトがあった。蜷川は昨日より少し明るい気持ちで通学した。田中さんに会えるかもしれない。今日はなぜかは分からないが、本に集中できた。今日はローグの哲学書ではなく、最近人気の作家が書いた芥川賞受賞作、『恋という名の地獄』を選び、読んでいた。『恋という名の地獄』には次のようにある。


《恋は絶頂を味わう最高のオアシスであり、逆にどん底を味わう最低のスパイスである。》


今日はなんとなくこの本が読みたいと思った。今日蜷川がこの本を読んでいるのは偶然ではない気がしていた。


蜷川は学校を終えた後、本屋に寄った。何か新しい本を読みたい気分だった。しばらく眺めているとある本が目に止まった。それは、『愛する勇気』という自己啓発本だった。本の帯にはこうあった。


《友達を増やしたり、女性と付き合ったりするためには喜んだ相手、怒った相手、哀しんだ相手、楽しんでいる相手、全てを一途に愛する勇気を持つことが大切である。》


蜷川はその本に興味が湧いたので買うことにした。蜷川は自分の読む本が最近少しずつ変わっていっているようなそんな気がしたが、悪い気はしなかった。


バイトに向かうために家を出た。普段はバイト先まで自転車で行くのだが、今日は天気が良く、歩きたい気分だったので徒歩を選択した。今日はなんとなくイヤホンをして曲を聞いた。sate-rightの二つの太陽という曲を聞いていた。sate-rightは最近女子高生の間で流行っているバンドだった。切ない歌詞と曲調が素敵だと絶賛されていて、蜷川も高校一年の時から好きになった。

だんだん気温が高くなってきたと感じる。もうすぐ春が来て新しい生活が始まるのだ。蜷川の心には新生活に対する少しの不安と多くの期待が渦巻いていた。もうすぐバイトも終わってしまう。田中さんに会えるチャンスもあと今日を含めて2回だけ。しかも必ず会えるとは決まっていない。田中さんだけではない。店長や小田切さんと一緒にバイトできるのもあと多くても2回しかないのだ。蜷川は今日と明日のバイトの時間を大切にしようと思った。


バイト先につくと声が聞こえた。

「いらっしゃいませ!」

しかしそれは明らかに男性の声だった。声の正体は小田切さんだった。私は少し残念に思ったが、小田切さんに会えるのが、今日が最後かもしれないと思うと、今日もホールで頑張る小田切さんをキッチン担当としてしっかり支えようという気になった。

昨日は田中さんはバイトだったのだろうか。バイトだったならどんなピアスを付けていたのだろうか。そんなことを考えながらいつものように牛肉を炒めた。店長に聞いてみようかとも思ったが、変に思われるのが嫌なのでやめた。田中さんのことは少し気になったが、彼女に会って1回目と2回目のバイトほどではなかった。それでも明日彼女がバイトかどうかはずっと気になっていた。

バイトを終えると小田切さんに声をかけられた。

「お前、明日バイトか?」

「はい、バイトです」

「そうか。俺は明日バイト無いから会えるのは今日が最後だな」

「そうですか、今までありがとうございました」

「よせよ、一生の別れみたいに言うな。またラーメン食べに行こうや。そうだ、来週の月曜日暇か?」

「はい、引っ越しのために部屋を掃除するくらいで予定は特にないです」

「じゃあ、また昼でも食いにラーメン屋行かないか?俺、バイト無いし」

「はい、ぜひ!」

「おいおい、二人ともバイトしっかりやれ。浮かれんじゃねえぞ」店長がまたいつものように厳しい口調で言った。

「はい!」蜷川は言った。

「はいはい、分かりましたよー」小田切さんは少し粗忽に言った。


蜷川が帰路につこうと思った時、ふとそれは目に入った。それはバイトのシフト表だった。蜷川は無意識にそれをじっと見つめた。蜷川が見つめたのは明日のシフトだった。田中さんの欄はーー。

「おい、帰るぞ」店長が蜷川を囃し立てた。

「はい、すいません」蜷川は少し上擦った声でそう言った。

田中さんの欄は丸になっていたーー。


金曜日

蜷川は朝から動悸が激しかった。それは言うまでもなく彼女に会えることが確定しているからだった。声をかけるなら今日が最初で最後のチャンスだと思った。今日は昨日買った『愛する勇気』読んでいた。

『愛する勇気』は最初に名言のような短文が大きな書体で右のページに書かれ左のページにその解説が載っていた。蜷川がこの本で一番印象に残った言葉は、《愛は裏切らない》だった。


《愛は裏切らない。愛とは愛したいという気持ちを持ったことが何より重要であり、それが成功するか、しないかは大して問題ではない。それではインセンティブがないではないかと思う人もいると思うが、人生には生きることに意味があり、それが例えば社会的に成功した人生でも失敗した人生でも、それが平等に美しい人生であることに変わりはない。社会という側面で見た場合でのみ、それが成功であるか、失敗であるかを初めて定義できる。逆に言えば成功するか、失敗するかは百年という長くも短い人生において、大きな問題ではない。例えば社会で働いていないニートがある日、絵の才能を開花させて、フリーランスで活躍するかもしれないように。》


つまり今の蜷川、田中さんを愛したいと思っている自分はこの本によると評価されるべきだ、ということになるのだろうか。蜷川は衝動買いだったがこの本を買って良かったと思った。


「いらっしゃいませ!」

バイトに向かうとあの声が聞こえた。蜷川は良かったと思った。どうやら蜷川が昨日シフト表で確認したことは間違っていなかった。蜷川はキッチンに移動して彼女を盗み見た。今日も彼女は可愛かった。今日は金色の葉をモチーフにしたようなピアスをしていた。その葉はピアス本体とリングで繋がっていて、ゆらゆら揺れていた。それにあわせて光が反射されて、まるでピアスが点滅しているようにも見えた。蜷川は田中さんがいるという幸運に感謝し、最後のバイトでもあるのでもう一度気を引き締めて、最後の最後までしっかり仕事をしようと思った。


「お疲れ様」バイトを終えると店長が最後っぽく染み染みと言った。

「ありがとうございました」蜷川は答えた。

店長も蜷川もあまり話すタイプではないのでそれ以外に言葉は交わさなかった。これまで店長と蜷川の馬が合い、これまでこうしてやってこれたのはお互いに干渉しすぎないからだと思った。

「お疲れ様でした」そう言いながら田中さんは控え室に入ってきた。

「蜷川さんは今日で最後なんだ」店長が話を振ってくれた。

「そうなんですね、お疲れ様でした!」彼女が言った。

「ありがとうございます」蜷川は答えた。でもやはり頭では言葉は浮かんでくるのだが、上手く続けて話せなかった。

「蜷川さんと私ってタメですよね?」田中さんが言う。

「はい」せっかく話をしてくれるのにどうしても冷たい反応をしてしまう自分が情けなかった。


「じゃあ、お疲れ様でした」そう言って彼女は僕の帰路とは反対方向に歩いていく。蜷川は自問した。本当なら蜷川もお疲れ様でした、と言って別れるところだった。しかし蜷川の口から出たのは自分でも意外な言葉だった。

「あの」蜷川は田中さんの背中に向かって言った。田中さんはくるりと回り、蜷川の方を向いた。

「はい?」その反応が少し冷たくて蜷川は言うことを躊躇おうか迷ったが、これが最後のチャンスだと自分に言い聞かせた。

「明日、暇だったら僕とデートしてください!」


土曜日

今日は曇っていたが、楽しい1日になるだろうと蜷川は予想した。蜷川は宇都宮駅にいた。待ち合わせは12時だった。時間までまだ30分近くあった。蜷川は土曜日で学校がないのに朝7時に目が覚めてしまった。それから今日の服装を吟味した。そして3時間近くかけて今日の服装を決めた。下はジーパン、上は黒い星マークが描かれた白い長袖に赤い革ジャンを合わせることにした。

結局、昨日は彼女は少し驚きながら、こう言ってくれた。

「明日はちょうどバイトもないしいいですよ」それから話し合い、宇都宮駅に12時に集合し、お昼を一緒に食べ、川沿いの桜を見に行くことにした。蜷川は彼女に声をかけるまでは連絡先を交換しようと思ったのだが、彼女にイエスをもらえたことが嬉しすぎて忘れてしまった。だが、彼女のことだから約束を忘れたり、時間に大幅に遅れたりすることはないのだろうと思った。 

「お待たせ」

声がした方を向くと彼女が立っていた。最初に目に飛び込んできたのはやはりピアスだった。今日は銀色のフープピアスをしていた。それは曇り空から差し込んだかすかな光を反射して鈍く光っていた。キラキラと輝くピアスはもちもんいいが、今日のように少し不気味に光るピアスも悪くないと思った。服装は黒い花柄のワンピースを着ていた。もっと遊んだ格好を想像していたのだが、意外と大人っぽかった。いい意味で裏切られた気がした。

「どうですか?このピアスとこの格好?」彼女が聞いた。

「綺麗です」蜷川は答えた。

「これから先はお互い敬語禁止ね。蜷川君」

「分かったよ。田中さん」蜷川は少しぎごちなく言った。

「お昼どうしよっか」

「ここ、行かない?」蜷川は駅前の少し高めのイタリアンを提案した。

「ちょっと高いけどせっかくのデートなんだしいいわよね」蜷川は彼女からデートという単語が出たことを嬉しく思った。

店に着くと二人ともパスタを注文した。蜷川はミートソーススパゲッティ、田中さんはペペロンチーノをそれぞれ頼んだ。

そして二人で楽しく談笑した。蜷川は彼女についてたくさんのことを知ることができた。割と蜷川の通っている高校の近くの高校に通っていること。勉強があまり好きでないこと。進学が決まっている大学は県内にあり、自宅から通うこと。バイトは大学に行っても続けようと考えていること。彼氏は今までいたことがないことーー。

食事を終えると桜並木の川沿いを二人で歩いた。二人ともさっきとは打って変わって終始無言だった。食事の際にお互い話し尽くしてしまったというのもあるが、彼女があまりに気持ち良さそうに歩いていたので、蜷川はそれを邪魔しないようにした。桜の花びらがひらひらと舞っていてそれは彼女の美しさを演出しているようだった。

「綺麗だね」彼女が言った。

「君も綺麗だよ」蜷川は恥ずかしがりながらそう言った。

「ありがとう」彼女はそう答えた。


1時間ほど歩いてちょうど桜並木が終わったので解散しようという話になった。

「今日はありがとう」彼女が言った。

「こちらこそありがとう。急なお願いだったのにデートしてくれて」

「雨が降らなくて良かったね」

「そうだね、予報では10%だったから、降らないだろうとは思ってたんだけど」蜷川は続けて言った。

「あの、良かったら連絡先、交換してくれない?」蜷川はとても勇気がいる発言なはずなのに昨日の辿々しさが嘘のように自然に言った。

「いいよ」彼女は少し笑みを浮かべて言った。ラインは一応スマホにインストールしてあったが、蜷川はラインどころかスマホをまともに扱ったことがなかった。それでも彼女にサポートしてもらいながらQRコードを表示するところまでたどり着いた。連絡先を無事交換すると彼女はこう言って笑いながら去って行った。

「じゃあ、またね」この時の笑顔は僕の脳裏にしばらく焼き付いて離れなかった。


日曜日

 蜷川は朝起きて、朝ごはんを食べながら今日彼女にラインをするべきか考えた。昨日のデートで大分彼女と話すことに抵抗がなくなっていた。蜷川は昨日のデートでかなり手応えを感じていたため積極的にいくことにした。次のような文を送ったが、文に起こしてから送信するまで数分を要した。やはり意欲的になりながらも怯えていた。

【昨日はありがとう。今日はバイト?】

蜷川の心には送って嫌われまいかという恐怖と自分から連絡できた満足感とが同居していた。


お昼ごはんを済ませてスマホを見たが、まだ既読すらついていなかった。蜷川はもしかして嫌われたかもしれないと思った。流石に昨日の今日で連絡してしつこいと思われただろうか。

しかし蜷川が昼飯を食べ終え、新生活に持っていく本と売る本を仕分けしているとその瞬間は訪れた。スマホ、ピコッと何かを通知した。蜷川はすぐにスマホを見た。

【こちらこそありがとう。楽しかったよ。今日は夜にシフトが入ってるよー】

蜷川は既読をつけないように2、3分待った。しつこいと思われるのが嫌だった。そして返事を打った。

【そっか。頑張ってね】

そしてまた本の整理を始めた。早く返事が来ないかと心音が上がっていた。しばらくするとまた通知が来た。蜷川はスマホを手に取る。

【うん。ありがとう】

蜷川は今日の会話はこれくらいにしておこうと思った。じゃあ、また今度。そう返信しようと思いつき送ろうとするとまた彼女の方からメッセージが来た。

【ちなみに今日は初めてのバイトの時にしてた丸型でクリスタルのピアスしていくよー】

蜷川は今日彼女があのクリスタルのピアスをしていくことは偶然出ない気がした。もうラインをやめようと思っていたが、蜷川の手は無意識のうちに動いていた。

【僕はあなたのピアスが似合い過ぎるところとか、明るいところとか、大人っぽいところとか。とにかく全てが好きです。付き合ってください!】

蜷川はスマホをテーブルに置きただそれを見つめた。通知が来るまではとても短いような、それでいて長いような時間だった。そして通知が来た。

【よろしく】確かにそこにはそう書かれていた。


エピローグ

29になった蜷川はその日ジュエリーショップにいた。他でもない田中美鈴の結婚指輪を買うためだった。蜷川はしばらく指輪を眺めていたが、ピンと来るものがなかった。なんとなくピアス売り場に移動するとそこにはダイヤモンドがついた指輪のようなフープピアスが売っていた。蜷川は彼女は指輪ではなくピアスの方が喜ぶかもしれないと思った。蜷川は初めて美鈴を見た時、最初に目に飛び込んできたのはピアスの光だったことを思い出した。そしてそれはダイヤモンドによく似ていたーー。蜷川は指輪の代わりにこのピアスを買って彼女にプロポーズしようと決めた。


また気が向いたら新作を書きたいと思います。読んでいただき、ありがとうございました。

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