六十五 月と人類
シズク達の正面に立った、銀色の人型の何者かが、楕円形をしていて、なんの突起もなく、肩から直接生えているように見える、大きな頭をシズクの方に向けると、じっと見つめているかのように、そのままの恰好で動かなくなった。
「我が、話をしてみます」
ソーサが言って、ポーズをとりつつ、銀色の何者かに近付く。
シズクはソーサを目で追いながら、あれ? これ、駄目だよね? ソーサさんの事も守らなきゃ。ソーサさんだって小さいのに。と思うと、すぐに体を動かして、ソーサの前に立つ。
「ソーサさん。私が話す。ソーサさんだって小さいんだから」
「ありがとうございます。けれど心配はいりません」
自分の方に振り向いたシズクを見て、ソーサが別のポーズをとる。
「体を鍛えていますから」
ソーサがにっこりと笑った。
「鍛えていても駄目だよ。相手は、あれだよ。私よりも凄く体が大きいんだよ。二メートルとか、三メートルとかあると思う」
「それなら、貴方だって危険です」
ソーサが言って、シズクの前に出る。
「女王様。そこの大きな奴はチュチュに任せるむぅぅ。チュチュが相手になってやるむぅぅぅ」
チュチュが声を上げ、ミーケから飛び降りると、ソーサの前に出て、服を脱いだ。
「ちょっとチュチュ。なんでまた脱ぐ?」
シズクはチュチュに向かって手を伸ばす。
「捕まってたまるかむぅぅぅ」
チュチュが、銀色の何者かのいる方向に向かって、走り出した。
「何やってるめ。チュチュ。そっちに行っちゃ駄目め。ミーケ。チュチュを止めるめ」
ミーケがミャスーと鳴いてから、ぴょんっと飛んで、チュチュの前に移動し、チュチュをそれ以上進ませないようにする。
「お姉ちゃん。ミーケ。そこをどくむぅぅ」
チュチュが足を止めて声を上げた。
「猫ちゃんなのだ!!」
銀色の何者かが、チュチュの声よりも、さらに、大きな、裏返ったような妙に高い声で言い、ミーケに近付こうとする。
「ミーケ。気を付けるめ」
ミーケがチュチュオネイの声に応えるようにして、銀色の何者かの方に向かって飛ぶと、その体を駆け上がり、銀色の何者かの肩の上に乗った。
「そんな、なのだ。猫ちゃんがこんなに近くに、なのだ」
また裏返ったような妙に高い声で、そんな事を言うと、銀色の何者かがその場にぺたり座り込んだ。
「少しでも怪しい動きを見せたら、ミーケの爪がすぐに襲いかかるめ」
「本当なのだ? それは凄い事なのだ!」
銀色の何者かが、またまた裏返ったような、妙に高い声で言う。
「ねえ、貴方は、何者で、何をしにここに来たのか教えて」
シズクは、なんか変な声とか出して、ちょっとあれな感じだけど、この人? は、猫ちゃんが凄く好きみたい。などと思うと、ちょっと親近感を覚えつつ、そう聞いた。
「これは月世界人類なのだ。昔々に、地球から月に移住した人類の末裔なのだ。ここに来た理由は、この星に危機が訪れていると考えているからなのだ」
銀色の何者かの言葉を聞いた、シズクとソーサは、驚いて、顔を見合わせた。
「月世界人類。本当に、他の星に行った人達がいたんだ」
シズクは、ソーサの目を見つめて、言葉を出す。
「ですね。けれど、今は」
ソーサが、銀色の何者かの方に、顔を向けた。
「危機とはなんの事ですか?」
「暗黒大陸のナノマシン達が大移動をしたのが観測されたのだ。あれはとても危険な物なのだ。この世界を滅ぼす、いや、それだけじゃないのだ。もしも、月世界にあれらが入って来てしまったら、月世界も滅ぼされてしまうのだ」
シズクとソーサは、もう一度顔を見合わせた。
「それなら、問題はありません。あのナノマシン達は、悪い事はしません」
ソーサが、銀色の何者かの方に、顔の向きを戻しながら言う。
「そんな言葉は、信じられないけど、仮に、今だけ信じた事にして話を進めるのだ。ナノマシン達以外にも、これらにとっては、危険な事があるのだ。だから、ナノマシン達の事だけが、解決しても駄目なのだ」
「何があるの?」
「シラクラシズク。その危険な事とは、君がよく知っているキッテの事なのだ。君の事はキッテを知っているから知っていたのだ。キッテはとても危険なAIなのだ。キッテの動きを止めないと、怖くって、この星、地球に来られなかったのだ。ちなみに、キッテの事は、月世界では物凄く研究されているのだ」
銀色の何者かが言い終えてから、はふぁ~。幸せなのだ〜。猫ちゃんがまだ肩の上にいるのだ〜。かわいいのだ〜。と裏返ったような妙に高い声で言った。
「キッテは危なくなんてない。だから、今すぐに皆を動けるようにして」
「それはできないのだ。そんな言葉だけでは信用できないのだ」
「では、どうすれば信用してもらえるのですか?」
ソーサの言葉を聞いた銀色の何者かが、うーん。ちょっと待っていてなのだ。と言って、沈黙した。
「シラクラシズク。先ほどは、話を遮ってしまってすいませんでした。月世界人類とは、凄い事になりましたね。それと、貴方と同じ大きさか、それよりも大きな人類が、まだ生きていたとは」
「うん。でも、出会い方が最悪。キッテ達の事、このままにされちゃったらどうしよう」
「ここは、チュチュに任せるむぅぅ」
チュチュが叫び、仰向けにぱたりと倒れる。
「この者はミーケに弱いみたいなので、いざとなったら、ミーケに頑張ってもらいますめ」
シズクは、チュチュとチュチュオネイの言葉を聞き、チュチュの意味不明な行動はいつもの事だから、放っておくとして。二人の気持ちは嬉しいけど、相手は、キッテ達を動けなくしちゃうような力を持った人達の仲間だもん。この人がその気になったら、チュチュもチュチュオネイとミーケも、きっとやられちゃう。と思った。
「待たせたのだ。母船の中の者達と、協議をしていたのだ」
「協議の結果はどうなったのですか?」
「何があっても、EMP攻撃をやめる事は、できないのだ」
「この星に問題は何もないめ。だから、月世界人類がここにいる理由もないはずだめ。早く月世界に帰るめ」
チュチュオネイが、大きな声で、威圧するように言った。




