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三十二 朧(おぼろ)

 テレビの画面に、新たにレコーダーに注入されたゲルニカの中に入っている、記録映像のタイトルが表示される。


「ここだけ見ると、他の物と変わらないナノマ。他の物を入れた時と同じように、容器に書かれている物と同じ文言(もんごん)しか出てないナノマ」


「とにかく、再生してみよう」


 シズクは、タイトルを凝視しつつ、レコーダーを操作する。


「何これ。次こそは何かあるかもと思って、黙って最後まで見たけど、なんでもない私の映像ばっかりじゃない」


 再生が終わってからシズクは言葉を出した。


「シズクの言う通りナノマ。何もなかったナノマ」


 シズクとナノマは顔を見合わせる。


「なんか、拍子抜けしちゃった。記録映像もメッセージも、もういいや」


 シズクは言い、レコーダーを操作してゲルニカを取り出すと、容器の中に入れてテレビの下の棚に戻す。


「ではシズク。だらだらするナノマ。それで、だらだらするとは、何をどうすればいいナノマ?」


「んんん? ちょっと待って、ナノマ。何をどうすればいいって、まさか、知らないでだらだらするナノマーとか言っていたの?」


「言ってたナノマ。なんでもいいからシズクと一緒に行動したいと考えてたナノマ」


「もう。ナノマったら、そんな事言われたら何も言えなくなるじゃない。でも、まあ、そういう事なら、私が、だらだらする方法を教えてあげる。まずは、こう」


 シズクは言ってから、ベッドの上に寝転んだ。


「ベッドに寝転がるナノマ? それからどうするナノマ?」


 ナノマが言い、シズクの隣に寝転がる。


「次は、このまま、好きな事をする。私はお菓子を食べつつ小説を読みます。ナノマはナノマの好きな事をするのです」


「好きな事ナノマ?」


「そう。ただし、基本的には、寝転がったままやるんだよ」


「このままとなると、できる事がかなり限られて来るナノマ」


「ナノマ。何かをやろうとしちゃ駄目。やりたい事だけをやるの。やりたい事がなかったら、寝ちゃえばいい。眠くなかったら、ぼーっとしてるっていうのもあり」


 ナノマがゆっくりと体を起こす。


「だらだらするとは、難しいナノマ。シズク。記録映像を見るのは、だらだらするになるナノマ?」


「なるよ。ナノマがしたい事をすればいいんだから。テレビを見ながら寝転がるなんていうのは、かなりハイレベルのだらだらかな」


「ではナノマは、記録映像を見ながらだらだらするナノマー」


「了解。じゃあ、ナノマ。お互いにいいだらだらライフをね」


 シズクは言って、ベッドのヘッドボードの棚に置いてある小説に目を向けた。


「おおー。私が冷凍睡眠する前にはなかった巻がある。へえー。あれから十一冊も出ていたんだ」


 シズクは、棚からまだ読んでいない巻を全部取り出すと、それらを枕元に雑に置き、その中から、一冊を手に取って読み始める。


「ナノマ。私、なんだか眠くなって来たから、このまま寝るね」


 手に取った小説を、読み終えたところで、シズクは眠気を覚えたので、そう言ってから、布団の中に潜り込んだ。


「了解ナノマ」


「じゃあ、おやすみ」


 シズクはナノマに言葉を返してから、目を閉じる。


「シズクちゃん。シズクちゃん。こんなとこで寝ちゃ駄目よ」


 うん? この声? ああ。そっか。お母さんの声か。シズクは、そう思うと、ゆっくりと目を開けた。


「まったく。そんな所で寝たら風邪引くぞ」


「うるさいな。どこで寝たっていいでしょー」


 シズクは、声をかけて来た父親に向かって、ぞんざいに言い、テーブルに突っ伏していた顔を上げる。


「うーん。なんか変な感じがする。私、何をしていたんだっけ?」


「シズク。何を言ってるんだ? 御飯を食べ終わって、皆でテレビを見てた途中で、お前だけ寝ちゃったんじゃないか。それと。お父さんに対する言葉遣いがちょっと酷いんじゃないか?」


「あれ? そうだっけ。なんか、別の事をしていたような? というか、別の場所にいたような」


「シズクちゃん。眠いんだったら、無理に起きてないで、お風呂に入ったら? それでもう部屋に戻って寝ちゃいなさい」


 シズクは、両手を上に向かって伸ばすと、伸びをしながら、大きな欠伸をした。


「シズク。そんなに大きな欠伸をして。そんなんだから、彼氏ができないんだぞ」


「急に何それ? そんな事言って、彼氏ができたらできたで、そんな男は許さんとか言うくせに」


「そんな事いつ言った?」


「お母さんから聞いているんだけど? 前に、私が知らない男の子に道を聞かれて案内しているところを見て、変な勘違いを勝手にして、ぶーぶー文句を言っていたって」


「おい。ちょっと、母さん。そんな、変な事、言っちゃ駄目じゃないか」


「変じゃないじゃない。本当の事だし?」


 母親が言ってにこりと笑う。


「あー。嫌だ嫌だ。お父さんって、本当に面倒臭(めんどうくさ)いんだから。足も臭いし」


 シズクは言って、座っていた椅子から立ち上がった。


「シズク。お風呂の中で寝ないようにな」


 シズクの座っていた椅子の隣の椅子に置かれていた、縫いぐるみのキッテが言った。


「そうだ。キッテ。そろそろ汚くなって来ているし、一緒に入ろっか」


「ちょっと待ったー。駄目だ。キッテに娘の裸を見せるわけにはいか~ん」


「はあ?」


 シズクは言って、父親をぎろりと睨む。


「博士には困ったもんだな。毎回これだ。シズク。俺はお風呂には行かないぞ。汚れを取りたいなら、洗濯機に入れてくれればいい」


「キッテが入らないと言うのならば、キッテの代わりに、俺が一緒に入る」


「うっわ。オヤジサイテー。キッテ。キッテがお風呂入らないとか言い出すからこんな事になっているんだよ。早く行くよ」


「シズク~。お父さんを置いて行かないでくれ〜」


「そうだ。シズクちゃん。お母さんの方のリンスがもう少なくなってるから、新しいのを開けて、お風呂の中に置いといて」


「分かった。やっておく」


「あっと。でも、あれよ。お母さんのはあんまり使わないでよ。あれ、本当に高いんだから。シズクちゃん一回で凄い量使うんだもん」


「使ってないよ。だってお母さんのリンス、匂いがおばさんなんだもん」


「ちょっ、ちょっと、シズクちゃん。酷くない? 匂いがおばさんって」


「そうだぞ。シズク。母さんはまだおばさんじゃない。あのリンスだっていい匂いじゃないか。父さんだってよく使ってるから分かるんだからな」


「え?」


「え?」


 父親の言葉を聞いたシズクと母親は同時に言葉を出した。


「はわっ。し、しまった。使ってない。使ってないぞ」


「オヤジマジでサイテー」


「お父さん。後で少しお話をしましょうか?」


 母親が氷のような冷たい目で父親を見つつ言う。


 シズクは、そういえば、確かに、お父さんからたまに、お母さんのリンスの匂いがしていたかも。と思いながら、キッテを抱き上げると、じゃあ、お風呂行って来る。と言ってから、お風呂場に向かった。

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