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三 破壊

 走る。千年間眠っていたという体は、まったく問題なく、動いていて、なんの違和感も覚えない。シズクの体は、飛ぶように、滑るように加速して行き、その勢いを、ほとんど殺す事なく、柵を飛び越えると、シズクの体は街並みの上空へと入って行く。


「わあー」


 シズクの体の後方斜め下から、小さい女の子の間延びした声が聞こえる。


「シズク。ナノマシンで身体能力が向上してると言ってあっただろ」


「皆。逃げてー。お願いー」


 シズクは、スローモーションのように見えている景色を、何もできずにただ眺めながら、お願いだから、誰も潰れないで。と祈り、声を張り上げた。


 大勢の人類達の歓声が、シズクの周囲から上がる。


 シズクの足が、街並みの中に、着地し、瓦礫と激しい破壊音とを巻き散らした。


「シズク。大丈夫か?」


 シズクの足が着地した地点から、数十センチ滑って、シズクの体が止まると、背後から、キッテの声が聞こえて来る。


「私は、大丈夫。でも、これ、どうしよう?」


 シズクは、キッテの方に顔を向け、恐怖と不安で心を押し潰されて、動かせなくなっている口を、辛うじて動かし、か細い声で言った。


「シズク。とにかく、そこから動くな。今、そっちに行く」


 キッテの声が聞こえた後、シズクの耳に、入り混じり過ぎていて、何を言っているのか分からない、人類達のたくさんの声が聞こえて来る。


「皆も大丈夫か? シズクを診終(みお)わったら、すぐに皆の方を診るからな」


 キッテが叫ぶ。


「シズク。一応体をスキャンしたが、怪我などはないようだ。俺の背中に乗れ。柵の所まで戻る」


 シズクは、(そば)まで来た、キッテの言葉に小さく頷くと、キッテの背中に乗った。


「キッテ。私、なんて事」


「シズク。そんなに落ち込むな。建物はともかく、人的な被害は、そんなに出てないはずだ。あいつらは、俺と出会う前から、この世界にいる、自分達よりもかなり大きい生物や、AI達にいる、そこそこの大きさの奴らと接してたし、その後で、俺とも接して、こうして、ここで一緒に暮らしてる。だから、あいつらは、俺達みたいなのとの接し方を知ってる」


「本当に?」


「ああ。だから、そんな顔するな」

 

 キッテの言葉を聞いたシズクは、キッテは、なんだかんだと言っていても、いつも優しい。と思いながら、頷いた。


「凄かったむぅー。あのジャンプは」


 柵の所まで戻ると、キッテの傍に、三センチくらいの大きさの、人類の少女が来て、とても感心しているような様子で、そう言った。


「私が、怖くないの?」


「キッテ様で慣れてるむ。キッテ様も最初は酷かったむ」


「怪我などはしてないか?」


 キッテが、少女の方を見て、優しく言い、伏せをする。キッテの背中から降りたシズクの前に、少女が、ゆっくりと歩いて来た。


「キッテ様。チュチュは大丈夫む。女王様。初めましてむ。チュチュというむ。チュチュの事は、チュチュと呼んで欲しいむ」


 少女が、キッテの方を向いて言ってから、シズクの方を向いて言って、ぺこりと頭を下げた。


「えっと、シラクラシズクです。初めまして」


 シズクも、慌ててそう言って、頭を下げる。


「シズク。大丈夫だぞ。飛ばしてるナノマシンが被害状況を把握した。死んだ奴もいないし、怪我人もなしだ。皆、うまく避けてくれてたらしい」


「よかった」


 シズクは顔を上げ、安堵の息を()く。


「さすが、皆む。では、女王様。向こうに行くむ。呼びに来たむ。街を通り抜けた向こう側に、広場があるむ。そこで、歓迎、はぼぼー。やってしまったむ。違ったむ。全然違うむ。大変な事が起こってるむ」


「え? 歓迎?」


 シズクは言ってから、語尾の、む、って何? なんで、むって言うのって、聞いてもいいのかな? と思う。


「歓迎なんて言ってないむ。それは、聞き違いむ。サプライズむ。ぎゃべべー。また間違った事を言ってしまったむ」


 チュチュが、くりくりとした目の中にある、黄金色の瞳を、涙で潤ませつつ言った。


「シズク。チュチュが、一生懸命にああ言ってるから、ここは、何も言わずに、早く行ってやろう。歓迎、じゃなかった。大変な事が起こってるらしいからな。チュチュを手に乗せてから、俺に乗れ。俺が広場まで連れて行く」


「う、うん。なんか、凄く無理矢理感が漂っている気がするけど、分かった。大変な事が起きているならしょうがない。チュチュ。乗ってくれる?」


 シズクはしゃがむと、恐る恐るチュチュの方に向かって、手を伸ばす。


「ふしゃしゃー。チュチュが女王様に乗った最初の国民む」


 チュチュが、頭の後ろで、三つ編みに結っている、腰まである亜麻色(あまいろ)の髪を揺らして、シズクの手の上に乗り、誰が見ても、かわいいと思うであろう、あどけない顔に、満面の笑みを浮かべる。


「皆。壊れた所は、俺が責任を持って直しておく。だから、心配しないでくれ」


 キッテが大きな声で言い、国民達の間から、歓声が上がった。シズクはその声を聞きながら、キッテの背中に乗る。


「皆。広場に行くむ」


 チュチュが言うが、その声は、国民達には届いてはいないようだった。


「俺達の高さがあるからな。ここからでは、チュチュの声では、きっと、皆には、届かないんだ」


 キッテが言った。


「さすがむ。女王様もキッテ様も、大きくて羨ましいむ」


 チュチュがまた微笑む。


「チュチュ」


 シズクは、チュチュの笑顔を見つめて呟き、こんなふうによく笑って、なんていい子なんだろ。と思った。


「でゅむむむむ。女王様の手は、ぷにぷにで、もちもちで、柔らかくって、最高むぅぅ」


 チュチュが、顔を少し俯けると、頬を赤く染め、呼吸を荒くしながら、小さな声で言う。


「ん? 何?」


「なんでもないむ」


 チュチュが顔を上げて言った。チュチュが、小さな声で言っていた言葉は、シズクの耳には届いてはいなかった。

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