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二 お礼(れい)

 街並みの方から、人々のどよめきのような物が、聞こえて来る。


「ねえ、人の声みたいなのが、聞こえない?」


「おお。ちゃんと聞こえてるみたいだな。素晴らしい。ナノマシンの設定がうまくいってるって事だ。シズクの聴力もナノマシンで補助してるからな。本当だったら、この距離で、あの声は聞こえないはずなんだ」


「それって、特殊能力みたいな感じ? 私って、ひょっとして、スペシャルファイヤーアナーキーキャッツみたいになってる?」


「ああ~。あの小説か。あの小説なら、完結してるし、全部読む事ができるぞ」


「うっそ? マジ? うわー。やったー。見る。すぐ見たい」


「おいおい。折角(せっかく)外に来たんだ。もう少し、俺の作った王国を見てってくれ」


「もう。しょうがないな。キッテは。じゃあさ、じゃあさ。なんか、女王様らしい事してみていい? あ。でも、女王様って何をすればいいの? あと、服装。こんな、格好でいいの?」


 シズクは、自分の体を見るように顔を動かす。キッテがその場で、お腹を地面に付けて、背中を低くする、伏せのような格好をした。


「なんだ? 服装とか気にする性質(たち)だったか? シズクの好きな、水色のミニスカートと、なんとかいうバンドのトレードマークと同じ絵柄が、プリントされたTシャツじゃ嫌なのか? 昔はそれが大のお気に入りだったろ? この国のある場所は気候が温暖だし、ナノマシンもあるから、寒いとか暑いとかは気にしなくていいんだ。だから、毎日その格好でいて平気だぞ。それと。女王様は女王様だが、十三歳のわがまま言い放題だった女の子に、いきなり女王様の仕事ができるなんて俺は思ってないからな。シズク自体は、何もしなくていいようにしてある。この国と国民の管理は全部俺がやってるから、シズクはなんでも好きにやればいい。まあ、俺の中には、今までこの世界にいた女王がどんな奴だったかっていう情報はある。それを、シズクに教える事もできるが、シズクはそんな事をしたいと本気で思ってるのか?」


 シズクは、キッテの背中の上から地面に降りた。


「キッテのバカ」


 シズクは言い、キッテの脇腹の辺りを拳で殴る。


「がっほぉっ」


 キッテが、呻き、体をくの字に曲げた。


「何がわがまま言い放題だっ」


 シズクは、キッテの反応に驚き、心配になりながらも、虚勢(きょせい)を張ってそう言い放つ。


「相変わらずだな。乱暴にもほどがある。ナノマシンの補助で身体能力が上がってるって言ってあっただろ? ナノマシンがない時と、同じ調子で暴れるのはやめてくれ」


 キッテが、ゆっくりと立ち上がった。


「ちょ、ちょっと、やり過ぎた。ごめん」


 シズクは、顔を横に向ける。


「お、おう。その顔の向きはともかく、そんなふうに謝るなんて、シズクにしては、やけに、素直だな。なんだか、調子が狂う。俺も、ちょっと言い過ぎた。すまん」


「それで、どうしよっか?」


 にしししっと笑いながら、シズクは言った。


「そうだな。とりあえず、挨拶でもしておけ」


 キッテが、トラの顔を、まったくシズクには、困ったもんだ。という顔にしつつ言う。


 シズクは、挨拶って、何を言えばいいんだろ? と呟いてから、人の声が聞こえる方向、白い柵と街並みのある方向に向かって歩き出す。


「シズク。誰かがこっちに近付いて来たら気を付けろ。今のシズクは、彼らから見たら巨人だからな。かわいいーい。なんて、言いながら、犬猫を撫でるつもりで触ると、ぷちっと潰しちまうぞ」


 背後からキッテの声が聞こえて来る。


「キッテも早く来て」


 シズクは足を止めて振り向いた。


「了解した」


 キッテが走って来て、シズクの横に並ぶ。


「建物の陰から、こっちを見ている小さいのが全部人なの? 結構な数がいるみたい。それに、本当に、皆、小さい」


「ああ。人だ。何人くらいいたかな。最近は数えてないから分からないな」


「分からないって、キッテが管理しているんでしょ?」


「そんなに細かくは管理してないんだ。あんまり細かくやると、人類の自主性がなくなる」


「どういう事?」


「俺が管理してなくても、生きて行けるようにしてるって事かな」


「キッテの言っている事、よく分かんない」


「まあ、そのうち分かるようになるだろ」


「何それ。適当」


 シズクは言って唇を尖らせる。


「女王様~。キッテ様~」


「キッテ、あそこ。人が一人いる。こっちに来る」


 不意に聞こえた声に反応して、シズクは声のした方に目を向けた。


「俺達の事を呼んでるようだが、何かあったかな」


 キッテが、首を傾げる。


「キッテ、さっき、あんまり細かくは、管理はしてないって言ってなかった? その割には、なんか、随分と、頼られているっぽくない?」


「虫か鳥でも出たかな。あいつらは、たまに、虫や鳥に襲われるんだ。警備はしてて、それなりの対応もしてるが、そういうのを潜り抜けて、入って来る奴がどうしてもいる。そういう時は、俺が守ってやったりしてるんだ」


「虫? 今、虫って言った? 私、虫って、大嫌いなんだけど」


「シズクは、その大きさだから、まだましだ。現行の人類なんて、あの大きさだからな。虫が自分達と同じ大きさだったり、それ以上の大きさだったりするんだ。シズクだったら、見ただけで卒倒(そっとう)もんだな」


 キッテが、がるるるっ。と笑った。


「え? どういう事?」


「何がだ?」


「虫の大きさ。小さくなってないの?」


 キッテが目を細め、じとーっとした目でシズクを見る。


「シズクは人の話をちゃんと聞かないからな。さっき言ったぞ。んん? 待てよ。俺の言い方が悪かったのか? それとも、まだ、言ってなかったか? 言ってなかったらのなら、俺が悪いか。いいかシズク。人類やAI達は小型化したんだが、他の自然の物なんかは、そのままなんだ。こうやって、人類が住んでる所には、改良した小さな家畜や植物なんかもあるが、今いるこの場所、人類が住んでる、この王国から、外に出れば、すぐに、シズクが元々生きてた時代と、なんの変りもない世界が広がってる」


「何それ。ここの人達からしたら、凄く怖いと思う」


「シズクは、平気なんだからいいだろ。だが、この時代の人類、ここに住んでる奴らにとっちゃ、そうだろうな。文明の程度も、ここは、まだ、低いしな。武器なんかだって、剣とか槍とかが主流だ。だから、虫だの鳥だのが入って来ると大変な騒ぎになっちまう。さっきも言ったが、警備はしてる。この国の中は、俺がナノマシンを飛ばしてるし、外の世界の方には、小さな人類を守る為に、飛び回ってるAI達もいる。だから、そんなに頻繁には、虫や鳥は、入って来ないが、そうだな。それでも、多い時は、一月(ひとつき)に、一度くらいはある」


「女王様~。キッテ様~」


 再び声が聞こえたので、シズクは声のした方に顔を向けた。近付いて来ていた人類が、先ほどよりも、柵に近付いて来ていて、その姿がはっきりと見える。


「小さい女の子だ」


 シズクは、近付いて来ている、人類を見つめながら言った。


「女王様~。キッテ様~」


「虫だったら嫌だなー」


「シズク。そんな事より、呼ばれてるんだから、返事をしないと」


「キッテが行けばよくない?」


「シズク。一応、シズクも返事くらいはしておいた方がよくないか?」


「さっきは、なんでも好きにやればいいって、言ってたのに」


「それは、そうだが、シズクの事も、呼んでるしな」


「うっそーん。キッテってさ。昔っから、私の言う事、すぐに、本気にするとこあるよね。お爺ちゃんとかお婆ちゃんみたいに」


 シズクは、昔のぬいぐるみだった頃とは、姿も形は変わっちゃっているけど、中身は昔のキッテと変わってないんだな。と思いながら言って、声のする方に向かって走り出そうとする。


「おい、シズク。靴」


「そうだ。そういえば、キッテって、寝ている私の事、千年も見捨てないで、守っていてくれたんだよね? それで、こんな国まで作ってくれて。まだ、お礼を言ってなかった。キッテ。ありがと」


 シズクはそう言い、キッテの大きな首に、一度、じゃれつくようにしながら、抱き付いてから、靴を履く。


「なんだ、急に改まって。そんなのは、大した事じゃない。最強最悪のAIと言われた俺にとっては、シズクを守る事なんて、そんな事なんて、朝飯前だ」


「あっそ」


 シズクはぷいっと横を向く。


「まったく、シズクには困ったもんだな」


 キッテのトラの顔が優しいトラの顔になる。


「はいはい」


 シズクは言って、顔を(ほころ)ばせると、その顔をキッテに見られないようにと、急いで、走り出した。

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