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ありのままに生きたい(八重歯の女の子の話)

本日2本目です。

甘い話を書きたかったので。


八重歯がコンプレックスの女の子の話

ハッピーエンドです。

いつもより長めの3000文字くらい


 私には八重歯がある。左側に1本。

 可愛いと言われることが多かったから、チャームポイントだと思っていた。

 

「アキは可愛いけど歯並びが悪いからねー」


 高校1年の冬のある日、偶然聞いてしまった友人たちの会話。

 私の塗っていたリップの色がいいという話題だったから、嬉しくてニンマリしていたところに、この言葉。

 悪口というほどではないと思う。でも「アキの八重歯、可愛い〜うらやましい!」ってみんなに言われていたから、本音はそれなのかと心が冷えた。


 ――可愛いなんて思ってなかったんだ……歯並びが悪いって思われてたんだ…

 

 怒りはなくて、ただ冷めた。


 彼女たちは「そういえばさぁ…」と既に別の話題に移っていた。彼女たちにはその程度の話題。この瞬間に誰かを傷つけたなんて思いもしないだろう。


 家に帰る頃には、冷えていたはずの心が恥ずかしい気持ちに変わった。八重歯が可愛いと言われていたから、いつも見せるように笑っていた。 

 チャームポイントって……バカみたいだ、わたし。


 

 それからの私は写真を撮る時に歯を見せて笑えなくなり、口元を隠して話すようになった。


 友人達は私の変化に気づかない。そんなものだ。気にするだけ損だった。でもそれがわかったところで、今さら忘れることもできない。

 

 言葉の暴力はタチが悪い―――私が高校生活で学んだことは、これだけだ。

 


 ****


 

「アキ、こっち向いて!」

 私はひたすら足元を見て一歩一歩進んでいた歩みを止め、目線だけ男に向けた。

「そんな睨まないで笑顔笑顔!アキの可愛い八重歯を見せてよ」

「な、に、が、笑顔よ!ほんと騙されたわ!」

 

 私は持っている登山用のストックを地面に突き立てる。登山の際に杖のように使うあれだ。 

 いま共にいる男から借りたものだが、これがないと体力のない私にはこの急斜面はきつい。


「騙してなんかないよ、景色の綺麗なところに行こうと言っただろう?」

 

 確かに言った。私が夜景の綺麗な、だと思いこんだだけ。夜に出発したからそう思っただけだ。

 高速道路を走り、インターをおりてすぐのラブホテルに宿泊し、朝起きたら登山道具一式を渡されただけだ。


「山登りなんて疲れるだけ」

「それがなぜかハマるんだよねー、アキ!笑顔!」


 遼がカメラを私に向けた。咄嗟に口を閉じかけたところに「俺だけしか見ないから八重歯を見せて笑ってよ、ほらほら」と変顔をしてみせてくる。


 思わず笑ってしまったところにパシャリと撮影音。

 また、撮られてしまった。


「やっぱりアキは笑顔がかわいい!八重歯も可愛い!」

 

 そう、遼は八重歯フェチというものだ。中学の卒業アルバムを見て友人に私を紹介してほしいと頼み込んだらしい。

「なんで笑わないんだよーー!可愛い八重歯を見せないなんてもったいない」と、初対面で言われた事を思い出す。

 ちょっとだけ、救われた瞬間。みんなイヤな訳じゃないんだって。


 

 歯の矯正は常に頭にある。歯並びを良くして歯を見せて笑いたい。それに歯並びが悪いと歯周病になりやすいと歯科検診でも言われる。  

 矯正にかかるお金は高額だ。26歳になったけれど欲しいものが我慢できなくて、お金も貯めていない。

 

 そして遼の存在。

 八重歯の私が好きだという存在。

  

 矯正したいけど、まだいいか、とズルズル年月だけがすぎている。




 *****


「久しぶりーー!!」

 黄色い声が会場に響く。


 中学生の時から仲の良い友人の結婚式だ。幼馴染同士の結婚だから、呼ばれた友人も知った顔が多い。


「山下、久しぶり」

 肩を叩かれ振り向く。久しぶりでもすぐに誰かわかった。上野ヒロト、中3の時に付き合っていた彼氏でファーストキスの相手でもある。

 少しだけドキリと心臓が脈打つ。高校に進学してお互いに日々の生活が忙しくて疎遠になり自然消滅した。


「久しぶり」 

「山下、でいいよな、名字がかわってるとかない?」


 ……結婚してるかの確認?なんか軽くなった?


 私はままごとみたいなお付き合いを思い出す。

 キスもほとんど頬だった。


「かわってないけど、もうすぐ変わるかも」 

 恋人の存在を匂わせておく。自意識過剰だとしても予防線。結婚の話なんて出ていないけれど。 


「お! 山下も結婚が近いのか。俺も彼女からせっつかれてるんだよー」

 ――なんだ、ちゃんといるんだ。


 ホッとしてガードを解く。お互いに相手がいるなら安心して話せる。

 途中から他の友人も会話に混ざり、和やかな雰囲気のまま、結婚式も無事に終えた。

 


 二次会に行く集団は会場へとそのまま向かい、帰宅組は同じ方向の者たちでそれぞれ固まっていた。

 ヒロトと私と友人2人は同じ車に乗った。友人2人は前、私とヒロトは後部座席。


 出発しようとして、助手席に座る前島さんが忘れ物をしたと言い出し、運転手の久保君もまだ会場に残っているメンバーに用があると車を降りた。


 二人きりになった車内で、私は少し気まずかったけれど、ヒロトは全く気にせずスマホで撮影した友人の花嫁姿を私に見せてきた。


 たまに肩が少し触れる。距離をとるのもわざとらしい気がするし、このくらいのことで動揺して、ちょっと意識しすぎかな、と自分でも苦笑いしてしまう。

 


「歯並び、気にしてる?」 

 不意打ちでヒロトに聞かれた。

「……なんで?」 

「笑うたびに口を隠すし、話し方も変わったから」


 ――なんであんたがすぐわかるのよ!

 

 気づいてくれた事に嬉しくなるなんて、だめだ私!


 ドキドキと早鐘を打つ心臓を意識して、また顔が熱くなってくる。

「ちょ、ちょっと歯並びが悪いって言われて……」


「おれは山下の八重歯は可愛いと思うけど、気になってありのままの笑顔ができないなら、矯正すれば?山下の自然な笑顔、俺は好きだったよ」


 ヒロトが顔を傾けて私を見た。


 ――好き、とか軽々しく言わないでほしい 

 

 頬に熱がたまるのがわかる。

 時が巻き戻る。初めてのキスの時と同じ距離。

 階段に横並びに座って……

 

 思わずヒロトの目を見つめてしまった。

 少し顔を傾けたまま私を見るヒロト。 

 

 流されそうになって目を閉じかけた瞬間、アキ!と私を呼ぶ遼の声が頭に響く。


「かっ…! 彼に電話しないと!」

 私は慌てて足元にあったカバンを私とヒロトの間に置く。彼と私の間に壁をつくるように。

 

「……俺も彼女にメールするんだった」

 ヒロトも携帯をとりだす。

 

 空気が元に戻った。危なかった。本当に。

 

 それから、すぐに友人も戻ってきた。先ほどの熱がなかったように私たちは会話をし、私が最初に車から降りた時も「元気でな」とひとことだけの別れだった。


 

 私は車が曲がり角を曲がるまで見送り、ため息をつく。 

 

 と、携帯の着信。遼からだ。

『家着いたか?』 昨日ぶりなのに懐かしく感じる。

『……いま歩いてるところ』

『……なんかあった?』

『うん』

 私は正直に返事をして、ヒロトとのことを話した。

なぜかわからない。ありのままでいたいと思ったからかもしれない。


 私が話し終えて、彼の第一声が『なぁーんだ』のひとことだった。

『おれはさ、アキが八重歯を気にしながら笑う笑顔そのものが好きだよ。それはありのままじゃない?』


『どういうこと?』

『悩んでる姿も全部好きってこと。自然に笑いたいから矯正したとしても、そんなアキも好きだよ』


『で、でも私の八重歯が好きなんじゃないの?』

『バーカ。きっかけはそれでも好きになったら関係なくなるだろ?』

『うん…そうだね』

 私は涙が出そうになって息を深く吸う。


『バカなこと気にしてフラフラしてんじゃねーよ。夜に迎えに行くから家から出るなよ』

『うん』


『でもお仕置きはあるからな、覚悟しろよ』

『うん』

『……家に入ったか?』

『うん』

『結婚式楽しかったか?』

『うん。直美のドレス姿、綺麗だったよ』

『……俺たちの式にはヒロトは呼ぶなよ』 

『うん……って、えっ?』 


 遼は、OKもらったからな、なんて呑気に笑う。 


 私は想像していたプロポーズと違ったから『もうっ』なんて怒ったふりしたけれど、本当はとてもホッとして、久しぶりに心から笑うことができた。


 

 ――やっぱり八重歯は矯正しよう。

 誰の目も気にせず心から笑いたいから。

 

 結婚式で心から笑いたいから。



 

 

 




 

前回が愛人話で、昨日からずっと頭の中が

ドロドロしていたので、ちょっと甘い話で頭の中をリセットさせました。


空っぽになったので次回の投稿はまだ未定です。

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