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愛人にだってプライドはある(愛人のひとりごと)

愛人が男を見限る話。

妻は話にはでますが登場しません。

愛人にざまぁはありません。


2600文字くらい


 私は物分かりの良い愛人。


 彼には奥さんがいて、子供がいる。

 離婚してほしい、一番になりたい、会いたいと一度も言ったことはない。


 私は彼が求めるものを提供する。彼を肯定し、彼を責めるような言葉は口にしない。それだけで私は彼の理解者という立場を得た。 


 なぜ奥さんはこんな簡単なことができないのだろう、追いつめたら誰だって逃げる……なんて、最初は思ったけれど、今はそれも妻の特権だと気がついた。私は愛人の特権としてただ甘やかすだけ。


 理想の愛人だと自覚している。けれど、そんな都合のいい女がこの世にいるわけがない。

   

 中身は欲しがってばかり。

 離婚してほしい。朝を一緒に過ごしてほしい。奥さんのところに帰らないでほしい。私だけのものになってほしい。私にだけ愛してると言ってほしい。

 

  

 けれど物分かりの良い愛人を求められているから、そんな感情をおくびにもださない。

 やっぱり千秋がいいな、と奥さんと比較して言われる言葉だけをよすがに愛人をしている。

  

 

 そんな彼がいま、奥さんに不倫が勘づかれてるかもしれないなんて焦っている。

 女は気づかないフリがうまい。勘づかれているかもではなく、奥さんはもう浮気を確信しているに違いない。

 

 ――奥さんに、やっと気づいたの?と言ってやりたい。

 

 私は優越感に浸りながらも困り顔を見せる。今さら焦る彼にも言ってやりたい。既に手遅れだと。


「しばらく会わないほうがいい」

「……そうね」

「携帯をチェックされるかもしれないから、少しのあいだ、連絡先から削除させてもらう。君に迷惑をかけることにならないためにもいいか?」

「もちろん」

「……君から連絡がきたことはないから信じているけれど、自宅に電話とかはやめてくれよ?」

「もちろん」

「君のためだ」

「……ありがとう」

「そんな顔をするな。しばらく会えないから今日は日が変わるまでいよう」

「私のことはいいから、早く家に帰った方がいいわ」

「そう…だな。今日は早く帰った方がいいな」


 ――私が早く帰った方が良いと言うのが分かっていてのセリフ。本当にずるい。


 こんな時、彼を好きになった理由がわからなくなる。けれど好きになってしまった。今もドス黒い感情がうごめいている。

 縛り付けて帰らなくさせようか、いま奥さんに電話しようか、不倫の証拠を忍ばせようか……


「千秋?」

 彼が少し無言になった私を心配そうに見ていた。

「ん? どうしたの? 早く帰らないとでしょう?」

 私は笑みをつくり、鞄や上着を彼に渡す。

「あ、ああ、そうだな」

 彼の表情がまだ曇っている。私を信用しきれず不安なのだろう。

 

 ――かもしれない、でこんな焦る人だとは思わなかった。自滅しそうね、この様子だと。


 

 目の前で私の携帯番号が削除された。

 彼からは私と繋がれない。

 

 そう思った途端、何かがぷつんと切れた気がした。


 ――なんでこんな男にしがみついていたんだろう

 


「終わりね」

 私は小さな声で囁く。彼は携帯の操作をしていて気づかない。

「ちゃんと削除できたと思うけど……これでバレないかな?」

 と、家族写真を待ち受け画面にした携帯を渡された。こんなに思いやりがない人だっただろうか。

「奥さん、携帯チェックなんてするタイプじゃなさそうだけど」

 

 もちろん、こっそり奥さんを見に行ったことがある。ママ友たちと公園にいるところを、読書をするフリをして近くで見た。

 スラリと背が高く綺麗な人。プライドが高そうではあったが、見た目に反して気さくな女性だった。  

 間違ったことを嫌うタイプのようだし、携帯チェックなどしないだろう。


 

「浮気を疑ったらまず携帯をチェックするだろ?」

「いつも肌身離さず携帯を持ち歩いてるとかなら疑われるかもだけど……そうなの?」

「いや、それはないけど」

「それなら私達はメールはしていないし、携帯番号だけなら大丈夫じゃないかな」

 

 馬鹿馬鹿しい会話。私には何を言っても許されると思っているのだろう。

 

 私は、相手のことを好きなうちは何をされても許すけれど、一度見限ったらどうでもいい。


「また来るから」

 彼が私の頬に手を添えた。

 私は目を閉じる。

 最後のキスは許してあげる。


 触れるだけのキスのあと、

 彼は「愛してるから」と言った。

 もちろん私は「私も愛してる」と答える。

 最後だもの、わざわざ盛り下げる必要もない。

 


 彼が去っていく後ろ姿。いつもなら惨めな気持ちで見つめていたが、今日は初めて笑顔で見送ることができた。


 ――私がここを去れば、二度と会えないのに。

 番号を消しても私は消えないと思っているみたいね。おめでたい人。

 

 私は荷物をまとめ始める。いつでも去れるよう、部屋の物は少なくしている。


 ――休暇はおしまい。仕事を探さなきゃ。



 私は翌日には荷物を全てまとめた。ワンボックスカーを借り、友人に引っ越しを手伝ってもらった。


 ひとまず実家に戻ることにした。歓迎はされているけれど、仕事と住まいが見つかればまだ出て行くつもりだ。

 

 私は引っ越しの日に、初めて彼にメールをした。


 私と彼はアドレスの交換はしていない。なるべく証拠が残らないようにと私が提案した。

 でも私が彼のアドレスを知っているのは、彼の携帯をこっそり見たから。そこにプライドなんてないもの。


   ―――――――――


 千秋です。読んだらすぐ削除してください。

  

 引っ越しました。もう会うこともないので安心してください。

 

 1つ言い忘れました。

 私は夫に浮気されて離婚した女です。

 同じことをしてやろうと貴方を利用しました。

 愛人になって奥さんにマウントをとりたかっただけなの。

 目的は果たしたし、ここでお別れ。


 最後に…あなたは奥さんの不満ばかり言うけど、不満があるのは奥さんも同じ。

 奥さん一人満足させられないのに浮気とか、恥ずかしいだけだからね。

 

 やっと言えてスッキリしました。

 1年間ありがとう。さようなら。

   

   ―――――――――


 

 送信して、すぐにメール受信拒否に設定する。 

 

 もちろん結婚なんてしたことない。

 全部嘘だ。 


 社畜だった私は無理が祟って入院。しばらく休んだだけで居場所がなくなっていた。

 退職して、何をする気もおきずただ朝起きて食べて夜眠るを繰り返すだけの日々を過ごしていた。

 

 そんなある日、私の住むマンションの前で雨宿りしていた彼に、買い物から帰宅した私が傘を貸したのが出会い。

 

 お互い、一瞬で匂いを感じとってしまった。

 この人には甘えてもいいと。


 必要とされたかった人間同士の傷の舐め合い。

 あなたのおかげで癒されたけれど、もうおしまい。

 

 

 奥さんは捨てられてもお金や子どもが残る。

 でも捨てられた愛人には何が残る?

 

 だから、私が彼を捨てた。

 番号を先に消されたのは私だけれど

 気持ちが消えたのは私が先だもの。

 

 

 捨てたのは私。   

 その事実が残れば私のプライドは守られる。 

 それで充分。

 

 

 

 

 




はじめはピュアな恋愛を考えていたのに結果はこれ。なんでだろう。


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