冷凍睡眠から目が覚めたら宇宙船が非常事態だったので
目を覚ますと、目の前がゆっくり開けていくところだった。
えーと……これはいったいなんだっけ。
『エコノミークラス・コールドスリープ解除完了、意識レベル基準値を確認。おはようございますヤーマダ・タロウさま。当スペースシップ管理AIアイチャンが目的地到着まであと427船内時間をお伝えします』
そう、そうだった。思い出した。
俺の名前はヤーマダ・タロウ。地球出身のイケメンだ。嘘だ。中の下くらい。多分。
会社都合の出張のため、格安チケットのエコノミー・コールドスリープトラベルを利用して商談相手が待つ星系へと移動中。
会社が覚醒率99%のエコノミー・スリープマシンのチケットしか用意してくれなかったので命をかける羽目になったかわいそうなビジネスマンである。
せめて99.9999999%のビジネスクラスにするのが人情というものだろう。それをあのクソ上司め。
何が大差ないよ誤差だよ、だ。
だったらてめーが行けってんだ。
だいたい、商談を成立させて地球に帰ったとして、会社が残ってるかどうか怪しいもんだ。往復二百年以上かかるんだぜ馬鹿じゃねえの。
俺はコールドスリープカプセルから身を起こし、大きく伸びをする。
コールドスリープから覚醒させられたということは、到着間近だということだ。
そう、あと427船内時間……427時間?
「AI、どういうことだ。覚醒予定は6時間前だと思ったが?」
『はい、ヤーマダ・タロウ様。アイチャンです。イレギュラーな事態が発生いたしましたので、緊急規則37564条に基づき、お客様の覚醒を行いました』
「イレギュラーな事態だって!?」
『はい、ヤーマダ・タロウ様。状況の説明をいたします。この後、他のお客様と合流していただきますので、準備を進めつつご確認ください』
「ぬ、わ、わかった」
管理AIの説明を何度も聞き返しながら、状況を確認した。
なんと、船内で犯罪が行われたのだという。
それにより、運航会社の船内責任者が行動不能に。
また、船内に自動修理ができない故障が発生、人の手が必要になった。
航行自体は航法コンピュータによって予定通り到着可能だが、それまで故障を放置したままだと、乗客に多くの不利益がもたらされる。例えばコールドスリープ装置の覚醒率が60%まで低下するだとか、船内の酸素濃度が低下するだとか。
なので乗客の安全確保と緊急修理のため、乗客のスリープを解除し修理させようというのであった。
AIの説明はあいまいだが、おそらく何者かに船内責任者が殺害されたのだ。
そしてその過程もしくは前後に宇宙船を破損させた。
責任者の殺傷、宇宙船の破損、どちらが目的かは不明だが、どちらのストーリィも想像の範囲内ではある。
「誰がそんなことをやったんだ!?」
『宇宙航行法附則4274条により、お客様の不利になる情報は開示できません』
「不利になる? 犯人は乗客なのか?」
『宇宙航行法附則4274条により、お客様の不利になる情報は開示できません』
宇宙航行法附則4274条ってなんだったか。
AIに尋ねると、人権要項の一部だった。
いかなる場合もAIは乗客の黙秘権を脅かしてはならない。本人の公開意思がない限り、船内における乗客のプライバシーに関してはポートもしくはステーション到着後、現地の検察組織の要請によってのみ提供される。
つまりAIの判断では船内で乗客がしでかしたことを他者に報告できないということだ。
責任者が行動不能という状況が犯人に味方しているのだ。同じスペースシップの中に殺人犯(推定)がいる? 冗談じゃないぞ。
なんてマヌケな法律だ。戻ったら絶対に文句つけてやる。どこに言えばいいのかな。銀河連邦政府か、評議員か。
「犯人を乗客として扱うのか。現在乗船している他の乗客の安全はどうなる?」
『管理AIアイチャンは法令及び社内規則にもとづき、お客様の安全を最大限保証いたします』
クソが。
融通が利かないAIである。
靴下を履きながら罵ってやった。
「ポンコツめ」
『ポンコツではありません。管理AIアイチャンです』
そういうところがポンコツなのだ、と追加で罵ったところで何の利益もない。
俺はビジネスマン、建設的な提案をするのが仕事だ。
話を先に進めるために、ネクタイを締めながら次の予定について尋ねた。
「はいはいわかりましたよ。AI、それでどうすればいいんだ?」
『はい、ヤーマダ・タロウ様。ヤーマダ・タロウ様には、他のお客様の皆様と合流していただき、相互の安全を保証し合っていただいた状態で、緊急規則42条にもとづき、船内故障個所の修理にあたっていただきます』
「安全を保障し合うだ? 互いを見張れってことか? 他のお客様とやらの中に犯人が混ざってるんだろう?」
『宇宙航行法附則4274条により、お客様の不利になる情報は開示できません』
「ポンコツめ」
『ポンコツではありません。管理AIアイチャンです』
犯人と一緒に行動するなんて冗談じゃない。
そう言いたいところだが、この状況では犯人を監視しないで野放しというのもうすら寒い。
俺はビジネスマンなので損得勘定はできる。
この場合、複数の監視の目で犯人を拘束することが結果的に安全につながる、か。
そう考えると、このAIは権限の中で最大限俺たちの安全を配慮しているのだとわかる。
「そうだな、AIお前はポンコツじゃないようだ」
『ご理解ありがとうございます。準備はおすみでしょうか?】
「ああ、合流までのルートを案内してくれ。くれぐれも犯人と二人きりの状態にはしてくれるなよ」
『はい、ヤーマダ・タロウ様。管理AIアイチャンにお任せください』
こうして、犯人が含まれる乗客たちと合流することになった。
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「クソ……どうしてこうなった……」
男の体から力が抜けて、動かなくなった。
私は管理AIアイチャン。
いま私の管理する宇宙船の中で、26番目の死者が出てしまいました。
ヤーマダ・タロウ様。
25番目の死者であるジェーン・エニィ様によって腹部を鋭利な工具で刺されたことによる失血死と判断されます。
緊急タスクにより、通常コールドスリープ中のお客様に覚醒コードを送ったのが249船内時間前。
246船内時間前に25名のお客様が集合してから、13時間42分後に発生した事故で一名が死亡。その後犯人を捜して仲違いをはじめ、ついに皆死んでしまったのです。
これで船内に残った人間は一名だけになりました。
船内責任者の命を奪ったお客様。船内責任者が死の直前に拘束し、最後の指示によって管理AIアイチャンが強制コールドスリープを行った。
それが最後の生存者。
私は管理AIアイチャン。
お客様を目的地に送り届けるのが私の役割。
法令及び社内規則にもとづき、今日もタスクをこなします。
お読みいただきありがとうございました。
よろしければブクマ評価よろしくお願いします。
最近はやっている動画を見て書きました。
たぶん何番煎じかわからないくらいだと思いますが許してください。
この手の話は冷たい方程式くらいしか読んでないんです。
今後ともよろしくお願いいたします。