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麒麟将  作者: 花鏡
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第十七話「欠けた麒麟像」

みなさまあけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。




 目も眩むような一瞬の閃光の後に冥月らは先程と同じ形状をした五つの麒麟像の中央に投げ出されたが、明らかに様子が違うことにすぐさま気づく。


「……壁の色が先程と違う……?」


 そう、さっきまでいた空間は淡い光を放つ赤い壁で囲まれていたのだが、三人が今いる場所は部屋のレイアウトこそ変わらないながら青い壁で作られた全く別の場所であった。


「冥にい、手は?」


 心配そうに莉乃は麒麟像の口の中に挟まったままとなっている冥月の右手に目を向ける。


「ん? ああ……」


 慎重な動作で赤い瞳の麒麟像から手を出すと、先程とは異なりなんの抵抗もなくすんなりと抜けた。


「……信じられぬことじゃが冥月殿、どうやら我等は一瞬でどこかに移動したらしいぞ……?」


 青い光に満たされたその空間は先程いた場所とは明らかに違う上、ベルゼルトら大勢の爬人の姿もない。


「トリガーとなったのはまず間違いなくあの指輪だな、しかし……」


 なぜこのようなことになったのか、ここがどこなのかなど、あまりにも謎だらけである。


「悩んでても仕方ねぇよ、とにかくそっちに行ってみようぜ? 何かあるかもしれない」


 莉乃に言われ先程の神殿と同じようなレイアウトならばこの先に件の麒麟像、瞳の中に埋め込まれた宝珠があるかもしれないと冥月は判断した。

 あの宝珠が指輪に変化し、その指輪がこの現象を引き起こしたのならば調べることで何かわかるかもしれない。


「……そうだな、まずは歩くことから、だな。しかしその前に……」


 自分の仮説が正しいかどうか試してみたい。先程の神殿で青い瞳の麒麟像を操作した結果ここまで来たのなら、同じことを赤い瞳の麒麟像でもすれば戻れるのではないか?


「……少し離れていろ。試したいことがある」


 莉乃と清白の二人が紋章の外側にまで下がったことを確認すると、冥月は手の中にあった赤い指輪を今度は赤い瞳の麒麟像の口内に接触させる。


「冥にいっ!」


 驚く莉乃だったが、直後また光のドームが生成され冥月は先程同様に五つの麒麟像の間に投げ出された。





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「だ、旦那っ!」


 周囲の壁は赤く、しかも周りにはベルゼルトをはじめ多数の爬人がいる。間違いなく先程の神殿に戻ってきたらしい。


「いきなり消えたんで心配してたんですよ」


「別の神殿に移動していた。どうやらこれは一種の転移装置らしいな」


 そしてこの装置を起動させるための鍵となるのは莉乃の指輪、つまりこの神殿に保管されていた宝である。


「転移先がどこかはわからないがこことよく似た神殿に跳べた。莉乃たちと今からそちらを調べるつもりだ」


「じゃ、俺たちはこちらの神殿を調べていたら良いですか?」


 ベルゼルトの質問に冥月はすぐさま頷いてみせた。こちらの神殿もまだ殆ど調べられていないため、ここらベルゼルトたちに任せて作業の効率化をはかるべきだろう。


「よろしく頼む」


 ベルゼルトと挨拶を交わすと冥月は再び青い瞳の麒麟像に触れて、先程の神殿へと戻っていった。




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「お、帰ってきたぞ」


 青い壁の神殿に戻ると、紋章の外側にいた莉乃と清白が近寄ってくる。


「どうやら麒麟像に触れると瞳の色に応じた神殿に移動出来るらしい」


 冥月が莉乃に赤い指輪を差し出すと彼女はすぐさま受け取り装着したのだが、どういうわけだか左手の薬指にはめた。


「? 何故その指に?」


「い、いや、別に大した意味はねーよ!」


 何やらワタワタと手を振り回す莉乃に対して清白の方はうっすらと微笑んでいる。冥月がいない間にいかなる会話があったのだろうか?


「で、冥月殿、その指輪はこの転移装置を動かすための鍵というわけか?」


 空気を読んだらしい清白が笑みを絶やしてそのようなことを冥月に問いかけた。

 たしかに転移装置を動かすために莉乃の指輪は必要なようだが、どうにも喉の奥に引っかかるものがある。

 なんとなくの直感ではあるのだが、それだけではないような、そんな気がしていた。


「……現状ではそうだな。しかしまだ調査が必要だ」


「お主はそればかりじゃな、考古学者にでもなるつもりか?」


 どんなときも調査を重んじて結論をなかなか出そうとしない冥月の姿勢に対して清白は呆れたように呟く。


「ま、いいじゃねーか清白、とにかく先へ進んでみようぜ?」


 とにかく先へ進むこと、冥月は莉乃の言葉に頷くと、先頭に立ち、手始めに麒麟像のある部屋の前に位置する空間へと足を踏み出した。

 もしも冥月の推察が正しければこの先には巨大な麒麟の首とそれを取り囲む祭壇、そして指輪に変化する宝珠があるはずである。


「……やはり、な」


 果たしてそこに広がっていた光景は冥月の予想した通りのものだった。

 広大な空間に繊細な装飾、冥月らが出てきた扉のすぐ脇には巨大な祭壇と赤い壁の神殿とほぼ同じ造りの広間である。


 だが冥月の見上げた先、本来ならば麒麟の首が鎮座していたであろう場所のみが赤い壁の神殿とは違っていた。


「……お、おい、あれどうなってやがる?」


 愕然とした声の莉乃。その疑念は至極当然のこと、どのような経緯があったのかは不明ながら麒麟像の首から上が消失していたからである。


「……誰かが宝珠を持ち去るために首ごと切断した、と考えるべきじゃろうか?」


 清白の言葉にしばらく考え込む冥月。もしも首を持ち去る者がいるとすれば莉乃のように指輪に出来なかったか、あるいは宝珠そのものが欲しかったかの二択だ。


 もしくはなんらかの心情的に首を切断したかったということも考えられるが、奥にある五つの麒麟像は無傷だったことを考えるとその可能性は低いだろう。


「……EMSか、あるいは別勢力かは不明だが、宝珠の有用性を知る者がいるのは間違いない」


 だがあの転移装置は明らかに指輪の形状をした宝珠の使用を念頭に置いた造りをしていた。

 麒麟剣が入らなかったのと同じように宝珠も指輪に変化していなければあの口には入らないのではないか?


「冥にい、ここの扉は破壊されてるようだぜ」


 赤い壁の神殿への侵入時には麒麟剣に反応して自動ドアのように開いた扉だったが、こちらのものは外側から爆破されたらしく中央に大きな穴が開いている。


「……順当な手段では開くことが出来なかった。ならばやはり首を持ち去ったのはEMSと考えるべきだな」


「……そう考えると、いよいよあの指輪には転送装置の作動キー以上の何かがありそうじゃな」


 興味深そうに莉乃の薬指にはめられている指輪の方に視線を向ける清白。


「ま、俺にとっては冥にいが褒めてくれた指輪以上のもんじゃないけどな」


 ニヤッと歯を見せて笑う莉乃、清白はやれやれと言わんばかりに肩をすくめると先へ進もうと破壊された扉に空けられた穴に身体をくぐらせた。


「清白、何かあるか?」


「……いや、何もない、じゃが妙にジメジメしておる」


 湿気があると言うことか? すぐさま冥月も穴をくぐって通路に足を踏み入れるも、清白の言うとおり妙にベタつく空気を感じ、顔をしかめる。


「……赤い神殿の通路はここまでジメジメしてはいなかったはずだが……」


 青い光を放つ壁はじっとりとした半透明な液体で濡れており、触ると糸を引きそうなほどに粘り気を帯びていた。


「……なんとも妙な感じだな」


 ただならぬ気配を察知したのか、莉乃は両手を構えながら通路の先に視線を向ける。

 廊下のあちこちには天井、壁、床を問わずに1メートルほどの蛹のような物体が張り付いているが、ここから滴り落ちる粘液が、この湿気の原因らしい。

 その物体、表面に奇妙な光沢があり、どことなく蜂の巣の外壁を思わせるような色合いでありながら、なんとなく生物的な意匠も備える不気味なものだった。


 もう少し近くで調べてみようと冥月が身を乗り出したその刹那。

 通路のあちこちで蛹が床に落下、そのまま内部から足や翅が生え、その形を変質させる。


「な……!」


 驚く三人の前で表したその姿は陶器か、あるいは蜜蝋で塗り固められた外甲を有した蟷螂そのものだった。

 四つの後ろ足に前足には鎌を備え、三角の顔には複眼も備えている。


 だが驚異的なことはこの蟷螂たちが1メートルほどの自然界の昆虫にはありえないような大きさを有していることと、廊下のあちこちから、ざっと見繕っても数十匹は下らない数がこちらに敵意を向けていることだ。


「な、なんじゃこやつらは……!」


 混乱しながらもすぐさま刀を引き抜く清白、この化け物昆虫の正体はわからないものの、間違いなく友好的とは言えない雰囲気である。


「っ! 来るぞっ!」


 廊下であることが幸いし、化け物昆虫たちが飛びかかってきてもせいぜい四、五匹ずつ、壁や天井を這い回りながら攻撃しようとしてくるが、今更そんなもので怯む冥月ではない。


「……見た目よりかは柔らかいらしいな」


 冥月は理気を込めずに麒麟剣で昆虫を正面から両断、さらにバラバラに切り刻んでみた。続けざまに理気を集中して理法念力で弾丸のように刻んだ鎌や足をあちこちに飛ばす。


 こちらは理気を込めていたのだが、飛来した昆虫の破片は通路を埋め尽くさんばかりの化け物に次々と命中し、あるものは炸裂し、またあるものは回転する鎌に切り裂かれた。


「さっすが冥にいっ! 俺も武器があれば……」


 直後冥月の隙をついて抜けたらしい化け物昆虫が莉乃の真上から襲いかかる。


「っ!」


 突然の襲撃だが今の莉乃には武器がない、すなわち完全に丸腰の状態、冥月はすぐさま麒麟剣を投擲して昆虫を斬り裂かんと、剣を振りかぶった。

 だが冥月が武器を投擲する前にその昆虫は真二つに両断され、瞬時に燃え上がる。


「炎、だと?」


 莉乃がいかなる手段を用いて昆虫を両断し、肉体を燃やしたのか冥月には見切ることが出来なかった。

 だが激しい理気の流れと瞬間的な力の発露は感じ、絶え間なく攻撃してくる昆虫を捌きながらも莉乃に視線を向ける。


「莉乃、今何をした?」


「い、いや、俺にもわからねぇ、ただあいつをぶった斬ろうと……」


 同じことを再現しようとしたのか、莉乃はその場で右手を振り下ろした。直後、彼女の右手に陽炎のようにぼんやりとした影が現れる。


「っ! それだ莉乃っ!」


 額にしわを寄せながら、自分の右手を握って開いてを繰り返す莉乃に対して冥月は声を掛けた。


「もしやその指輪は君の意思に応じて斧を出すのではないか?」


 莉乃の石斧は消えたのではなく、宝珠と融合して指輪の形になったのではないか? 先程の状況を鑑みるに、彼女が強くイメージすることで武器は具現化され、力を発揮するのだろう。


「意思?」


 あの昆虫に攻撃されそうになった時、莉乃は反撃しようとしていた。指輪はそれに応え、瞬間的に武器を作り出し敵を両断したのである。


 莉乃は冥月に言われた通り昆虫を斬り裂くための斧を強くイメージした。

 精神を集中すると闇の中に巨大な炎が浮かび上がり、それが凝縮されて赤い戦斧となるのが見える。


 指輪が一瞬きらめき、彼女の両手が光に包まれたかと思うとイメージした通りの赤い戦斧が莉乃の両手にあった。


 まるで炎が凝縮したかのような真紅の刀身にいかなる鉱石によるものか、ビリビリした強い力を放つ柄、まさしくあの指輪が戦斧に姿を変えたかのような形状である。


「『炎駒帰和えんくきわ』?」


 一瞬だけ戦斧の刀身に浮かび上がる文字、しかし冥月が初めて麒麟剣を握ったとき同様すぐさまその文字は消え失せた。


「とにかくこれでようやく俺も戦えるな」


 戦斧を構えると、真紅の理気が彼女から放たれはち切れんばかりの力が空間に満ちる。


「行くぜっ!」


 

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