第十六話「指輪の力」
年齢詐称
「とんでもないものを見ちまったな……」
祭壇から冥月と莉乃の二人が降りると、広間の中央でことの経緯を見守っていたらしいベルゼルトらが駆け寄ってきた。
「旦那に姐御、なんともないんですか?」
「……一応身体に関しては、な」
冥月が困ったようにそう言うと、何やら嬉しそうに莉乃は右手の人差し指に嵌められている指輪を示す。
「俺の武器が変化したんだ。なんでも俺に似合ってるらしいぜ?」
「……やれやれ、子供でもあるまいに指輪一つでそう騒ぐでない」
呆れたようにそんなことを言う清白だったが、莉乃の方は機嫌が良いのかにこやかな笑みを浮かべた。
「ただの指輪じゃねーよ。冥にいが褒めてくれた奴だよ」
「仕方のない奴よ。しかし冥月殿、武器が消えたと言うのは看過出来ぬぞ?」
やれやれと頭を振ると清白は困ったような表情を浮かべる冥月に視線を向け、顎に手を添わせ考え込む。
「ただでさえ我等には武器が不足しておるのじゃ、EMSに対する対抗策が少ない現状、武器が一つ失われるだけでもかなりの打撃じゃ」
「君の言いたいこともわかるが、どうにも妙な予感がしていてな。何とかなりそうなそんな気がする」
麒麟像の瞳の中に秘められていたあの宝珠、あれほどの反応を発した以上単に指輪に変化しただけで終わりであるわけがない。
「ふむ、冥月殿はあの指輪が莉乃の斧に代わる新たな力となる、と?」
「そこまではわからないが、この神殿を築いた者たちが大事に保管していたものだ、それなりの意味はあるだろう」
議論は終わりだとばかりに両手をあげると、冥月はボティスら他の爬人たちに指輪を自慢している莉乃を眺めた。
「……やれやれ、じゃが今はそんなことよりもこれからどうするべきかを思案せねばならぬな」
清白の言う通り、何とか全員屋敷で焼死するというような事態だけは避けられたが身動きが取れなくなってしまったのもまた事実。
恐らくここに来るまでに使用した盗掘師の穴のような地下通路への入り口は屋敷の崩落とともに塞がってしまっただろう。
本来の入り口であったろう反対側は先ほど見た限りでは落盤事故か何かによるもので完全に塞がってしまっていた。
そのためどこかに出口を見出せなければこのまま地下に閉じ込められたままと言う状況におちいりかねない。
だが先程冥月と莉乃がいた祭壇の左右には奥へ続くものと思しき通路があり、この神殿がさらに広いことを示している。
「……まあ待て清白、先へ進む道もある。もしかすると活路を見出せるかもしれぬぞ? もっとも……」
「『見出せないかもしれない』じゃろ? 何とかなれば良いがな」
とにかくまずは調べてみることからだ。冥月は祭壇を抜けてその脇にある通路からその先の空間を眺めてみる。
「……これは?」
その先にあったのは五つの麒麟像。入り口にあった像とほぼ同じような像が五つ存在し、中央に視線を向ける形で安置されていた。
「どの像も目の色が違うな」
冥月の言う通り、居並ぶ五つの麒麟像は見た目こそどれも同じだったが、その目の色はどれも違うものである。
赤、青、緑、橙、白と五つの麒麟像の瞳はいずれも異なるものであった。
「冥にい、地面に何か書いてあるぞ?」
いつの間についてきたのか、冥月に続いてこの空間に入ってきた莉乃はすぐ足元を指差す。
「……これは、あの紋章だな」
セザンヌのノートやこの神殿の入口にも刻まれていた紋章、五つの麒麟像のちょうど中央に掘られているそれは、なんとなく魔法陣のような印象を冥月に与えた。
「……ん?」
赤い瞳の麒麟像を調べていた冥月だったが、麒麟の開いた口の中、舌にあたる部分に何やら文字が彫られていることに気づく。
「『炎駒帰和』何のことだ?」
よくよく見ると麒麟像の口の奥には何かを置くような窪みもあり、かつては置物以外の用途で使っていたらしいことがわかった。
微かに首を振って隣に立つ青い瞳の麒麟像を見てみる。やはり口の奥には窪みがある他、こちらも舌の部分にも何にやら刻まれており『聳孤扶幼』と読めた。
「……(普段ならただの儀礼用と考えるべきだが)」
冥月の頭の中をよぎるのはこの神殿に来てからの記憶。何故か麒麟剣に反応して開いた扉やら莉乃が近づくと石斧を指輪に変えてしまった麒麟像の目。
神殿の建設者が何者かは未だに不明だが、あちこちに様々な仕掛けを用意するような人物である。
そう考えるとここもただ麒麟像を置いてあるだけの場所とは思えず、なんらかの意味がある空間なのかもしれない。
「……麒麟剣は、入りそうにないな」
念のため剣を噛ませてみようとしたが、大きさ的に無理そうだ。だが、この神殿に縁がある品はもう一つある。
「莉乃、少しその指輪を貸してくれないか?」
振り返って莉乃にそう告げると意外なことに彼女は唇を尖らせて難色を示した。
「せっかく冥にいが褒めてくれたのに、外すのはなんだかもったいない気がするな」
「何を子供みたいなことを、役目が終わったらまた返して貰えばよいだけじゃろうに」
ベルゼルトら爬人たちをぞろぞろと引き連れて麒麟像のある空間に入ってきた清白は、呆れたようにそう呟く。
「まあ、そう言うなって清白の嬢ちゃん」
カラカラと笑いながらベルゼルトは部屋の中央で床に刻まれた紋章や五つの麒麟像を調べる冥月、そしてその傍にいる莉乃に目を向けた。
「人から褒めてもらったものは外したくないもんさ、そのうち嬢ちゃんにもわかることさ」
「……前から言おうと思っておったのじゃが、何故莉乃は『姉御』で儂は『嬢ちゃん』なのじゃ?」
苛立ったかのように地面を足で叩きながらベルゼルトに向かってそのようなことを言う清白。見た目が中学生くらいにしか見えない彼女がそんなことで肩を怒らせていると、なんとも微笑ましい光景である。
「だって嬢ちゃんは姉御より歳下だろ?」
「儂はもう22歳の大学生じゃ! 子供扱いするでないっ!」
清白の発した22歳という数字にベルゼルトはおろか冥月ですら調査の手を止めて目を見開いていた。
「ええ?! 俺と一つしか変わらないのか!? で、でも……」
「この見た目は生まれつきじゃ! 斎部家、儂の家系では赤い目を持って産まれた娘は極端に発育が良いか、悪いかの両極端じゃ」
何やらそのことについて思うことがあるのか、清白は「ふーふー」と息を荒げながらも続ける。
「統計上大体10代までの姿でゆっくり老化が進む、つまり儂はずっとこの体形のままというわけじゃ!」
そうだったのか、清白は学生にしては妙に落ち着いた冷徹な反応を見せることが多かったが、すでに20年以上生きていたのだ。
「じゃその喋り方も?」
「こうでもせねばみんな儂を年齢通りには見てくれぬのじゃ……」
まだ話しているベルゼルトと清白を尻目に一人納得すると、冥月は麒麟像の間を抜けて彼女の前に姿を現わす。
「……まあ、老けてみられるよりかは良いではないか。それに何事も健康が一番だぞ?」
「そ、それはそうかもしれぬが、それならせめて莉乃くらいには年相応に成長したかったぞ?!」
自分に飛び火してくるとは思わなかったのか、清白にいきなり名指しされて莉乃は自分を指差した。
「え?! 俺?」
「そうじゃ! お主くらい年齢相応なら儂も居酒屋で年齢確認されたり、夜警察官に声をかけられずに済んだんじゃ!」
何やら関係ないことまで話し始めた清白だったが、莉乃はきょとんとした表情で口を開く。
「いや、俺まだ20年も生きてないけど……?」
次は清白を含めた莉乃以外の全員が驚愕する番であった。先程までがなりたてていた本人に至ってはあまりのことに驚愕を通り越して何も言えなくなっている。
「な、なななな……」
「あ、姐御俺より歳下だったんですか!?」
いち早く混乱から立ち直ったらしいベルゼルトがようやく肺腑から絞り出すようにそう呟いた。
「……そ、そんな、ことが……」
しばらく口をパクパクさせていた清白だったが、しげしげと莉乃のがっしりとした肩幅から逞しい四肢、さらには鍛え抜かれた腹筋に二メートル近い背丈を眺める。
「な、なんだよ清白……」
最後に見事に鍛えられた胸筋に後押しされた胸と自分の胸を比べてガックリと肩を落とした。
「ま、負けた……」
「……なんの勝負をしていたのやら」
苦笑しながら微かに頭を振る冥月だったが、それに対して興味深そうな瞳を向けるベルゼルト。
「嬢ちゃんと姐御が見た目通りの年齢でないのはわかりましたが、それじゃ旦那はいくつなんですか?」
ふむ、と冥月は少しばかり考え込む。というのも現在の身体は元のものよりも明らかに若返っており、自分の記憶のものではあてにならない気がしたからだ。
「……17歳だ」
「本当か?」
さすがに無理があったかもしれないが、本来の年齢はともかく肉体年齢はわからないのは事実。
何やら怪しい目で見てくる清白に向かって微かに手を振ると、冥月は調査途中だった麒麟像に視線を戻す。
「……雑談はこの辺りにして、そろそろ麒麟像の調査を進めねばな」
「む、話しを逸らすか、冥月殿」
不満気な清白には構わずに、そのまま冥月は先程調べていた青い瞳の麒麟像に手をかけた。
「……やはり莉乃、指輪を少しばかり貸してはくれないか?」
「仕方ないな、まあ冥にいのためだからな……」
やれやれと言った様子の莉乃から指輪を受け取ると、冥月は慎重な動作で青い瞳の麒麟像に近づき、口の中にあったくぼみに指輪を載せてみる。
「っ!」
するとどうであろうか、突如として地面に描かれた紋章が青い光を放ち始め、それに応じてか神殿全体の空気も微かに震え始めた。
「……これは?」
直後巨大な光のドームのようなものが紋章内部に立っていた二人を包み込み、数秒ごとに特異な電磁波を周囲に放出し始めた。
「お、おい冥にい! なんかまずそうじゃねーかっ!」
「あ、ああ、とにかく指輪を……っ!」
慌てて指輪を外そうとする冥月だったが、指輪はおろか自分の右手すらも麒麟像の口にぴったりとはまっており、外すことは出来そうにない。
「これは、一体……?」
「冥月殿っ! 莉乃っ!」
二人を助けようと清白が光のドームの中に飛び込んだが、次の瞬間凄まじい光とともに理気の奔流による暴風が巻き起こり、外側にいたベルゼルトらは反射的に目を覆う。
「……なっ!」
そして全てが落ち着いた頃には、ドームの内側にいた三人の姿は忽然と消え、外側にいたベルゼルトらのみがその場に残されていた。