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麒麟将  作者: 花鏡
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第百六十七話「真の麒麟将」

いつもお読みいただきありがとうございます。


励みになります。


ラストバトル。





 ソーラ・エンプーサの肉体が変容し始めると、地鳴りのような音がどこからともなく聞こえた。

 否、理気による空間認識を自在にこなす冥月と莉乃にはこの音の正体はわかっている。


 空の果てから飛来するのは夥しい量の魔螂虫、ここに至る前にかなりの数が真魔螂獣となって駆逐されたはずだが、まだこれほどの数がいたのだ。


 地鳴りと思われた音は魔螂虫たちが発する羽音、彼女らは一直線にソーラ・エンプーサに集まるとその身を大きく変容させる。


「……『魔螂羽化(まろううか)』、否アベルディンでの魔螂族同様物質を繋ぎとした融合か……」


 冥月の言う通りソーラ・エンプーサの肉体は内側から変容するのではなく肉体をコアとして外側に魔螂虫を纏うようだった。


「麒麟将冥月、そして莉乃、忌々しき麒麟の一族めが……!」


 全身が虫の塊という悍ましい姿をしていたソーラ・エンプーサだったが、やがて理気変換りきへんかんによる変容を繰り返し、その身体を大きく変える。


 見た目の輪郭は魔螂族と化したセオディアやパウリナに近いもの、青灰色の肌に肥大化した腹部という最早見慣れた姿だ。

 しかし魔螂虫を大量に取り込んだ影響からか肩口から生える鎌は三対になっており、背中からは翅の代わりにいくつもの腕が生えている。


 全体的に女性的なシルエットだったパウリナ達とは異なり、腹部こそ膨らんでいるが腕は筋骨隆々とした、なんとなく両生具有を彷彿とさせる異形の姿だ。


 最大の違いは産卵管が存在しないことかもしれないが、そんなことには構わず冥月は麒麟剣を抜き放つ。


「ソーラ・エンプーサよ、これですべてが終わる」


 どのような姿、どのような力を持とうが倒すべき相手という事実は変わらない。それをよくわかっているからこそ冥月には一切の迷いがないのだ。


「麒麟族と魔螂族、長きにわたる因縁が……」


 遥か昔、魔螂族が先住民族たる麒麟族を滅ぼして和人と爬人を家畜化したことがこの戦いの、否全ての悲劇の発端である。

 過去の遺恨を振り払い、新しい未来のために太古から続く因縁に終止符を打つのだ。


「いい気になるのも今のうちですわよ麒麟将」


 禍々しく変貌した双眸を冥月に向け、ソーラ・エンプーサは憎しみのこもった口調でがなりたてる。


「今の(わたくし)は考え得る限り最大の力を得ました。もはや超越者(アイヌア)など物の数ではありませんわよ?」


 全身から凄まじい理気を放つとともにソーラ・エンプーサは背中に生える無数の腕を広げた。


「へんっ! そんなもんやってみなくちゃわからねえだろうが!」


 確かに理気についてはこれまで戦ってきた誰よりも強いらしいが、そんなことで勝利を諦めるような莉乃ではない。

 背中から炎の翼を展開するとともに宙に浮き上がり、戦斧を肩に担ぐ。


「ソーラ・エンプーサ、いかなる力を貴様が得ようとも、世界を支配し生命を不当に虐げる貴様に敗れるわけにはいかない」


 冥月もまた全身から理気を放って白光の翼を広げると麒麟剣を正面に構え直した。


「結構、ならば見せてみなさい」


 待ちきれないとばかりにソーラ・エンプーサは背中の腕の一つ一つに刀や槍、戦槌に斧といった巨大な武器を握る。


「太古より受け継がれてきたという麒麟族の力を……!」


 まるで刀槍の雨、次々と背中の腕を伸ばして冥月と莉乃に攻撃を仕掛けるソーラ・エンプーサ。

 剣戟の速度は音速を越え、殺気を感じる前に斬撃が空を切るという有様だ。


「さすがにやってくれるじゃねえか!」


 次々と飛来する攻撃を危なげなく弾きながらも攻撃するタイミングを中々つかめず、莉乃は微かに顔をしかめる。


「魔螂族の親玉、否全魔螂族の集合意識、だっけか……」


 全ての個体の意識か一つとなっているということはこれまで生まれてきた全EMS女性の記憶、経験すらも引き継いでいるということ、当然その中から最も効率の良い攻撃を仕掛けてくるため当然戦いも苛烈なものとなるのだ。


「そう心配するものではない」


 同じようにソーラ・エンプーサの攻撃を捌きつつ、冥月は莉乃に対して笑みを向ける。


「冥にい……」


「奴が理気を扱うのと同じように我らも理気を使える、それに超越者(アイヌア)同士の戦いは負けを認めたものが負ける」


 最早ここまで来ると重要なことは戦いがどうとか経験がどうとかではなく、どちらより強く心を保ち、理気を高めることが出来るのかという一点のみだ。


「っ! ああ、そうだったな!」


 冥月の言葉に奮起したらしく莉乃は次々とくる攻撃を捌きながらも、その鋭い瞳をソーラ・エンプーサに向け、機会を伺う。


「ふん、所詮は下等種族、天翔けるは我ら魔螂族、あなた達は無様に地べたを這いずり回るのがお似合いですわ」


「さあ、それはどうかな?」


 莉乃さん狙いを察したらしい冥月はソーラ・エンプーサの意識をこちらに向けさせるべく防御の手を緩めずに口を開いた。


「天井の楽園だったアベルディンを壊滅状態にして、そこで栄華を誇っていたEMS貴族を(すべか)らく没落させたのは他ならぬ貴様ではなかったか?」


 『イマジンスの鎌杖』によるEMS女性の変容後、アルルがばら撒いたナノマシンに押される形で肉体を捨て、魔螂虫がアベルディンと融合した時の話である。


「くっ! あれは貴様ら麒麟将が邪魔だてしなければ起こりえなかったこと、貴様らさえいなければ、この世界は美しい完璧な世界を保っていたのに……!」


 ソーラ・エンプーサの言葉に思わず冥月は失笑を漏らした。麒麟将がいなければ世界は平和を保っていたという仮説が、酷く滑稽に思えたからである。


「結局それはお前一人きりの世界だろうが!」


 冥月の言葉に集中が切れた一瞬、莉乃は炎を纏わせた戦斧をソーラ・エンプーサめがけて投擲した。

 狙いは過たずそのまま彼女の背中に命中、無数に生えていた腕の約半数を吹き飛ばしてしまう。


「ちっ! よくも……!」


 慌てて距離をとり、背中を再生させようとするソーラ・エンプーサだったが、理気による傷のためそう簡単には再生出来そうにない。


「自分一人のために大勢を犠牲にして完璧な世界だなんて、ちゃんちゃらおかしいぜ!」


 理法念力りほうねんりきを用いて戦斧を回収すると、そう怒鳴る莉乃。彼女自身数多の和人の犠牲を見てきたが故に黙ってはいられないのだ。


 これに対してソーラ・エンプーサは背中の痛みに耐えながらも莉乃を見下すように顎を上げる。


「この世界の人間は(わたくし)一人、それ以外の家畜が生きようが死のうが興味はありませんわね」


「……やれやれ、だな」


 ソーラ・エンプーサの発言に心底呆れ果てたと言わんばかりに嘆息すると、冥月は麒麟剣を投擲、残っていた背中の腕全てを切り落とした。


「その程度か……」


「め、冥月、貴様……!」


 冥月の圧倒的な理気に押されながらも地面に膝をつけることはせずにソーラ・エンプーサは彼を睨みつける。

 そんな彼女に対して白光纏う麒麟将は人差し指を立てると静かに首を振った。


「貴様は最も大切なことを忘れている」


「大切なこと、ですって?」


 訝しげなソーラ・エンプーサ。それを忘れているが故に彼女はどんな手段を用いても麒麟将に勝つことは出来ないのである。

 一度だけ頷くと、静かではあるが非常に力のある口調で冥月は口を開いた。


「生きとし生けるものを尊重することが出来ないということは、それはすなわち他人に害を与えるのみならず、自分自身を危険にさらすということに気づかぬのか?」


 そう、ソーラ・エンプーサは自分以外のどんな生命も尊重することなくただの家畜として使い潰している。

 それ故に自分に勝てないと言う冥月だったが、ソーラ・エンプーサの方は狼狽しながらも激しく首を振った。


「馬鹿な、何故生命を尊重しなければ(わたくし)が……」


 そこまで話してソーラ・エンプーサはビクリとして口をつぐむ。冥月の瞳の奥にあまりにも悲しげなものが宿っていたからだ。


「気づかぬか? 生命を尊重しないような行為は、知らず知らずのうちに自分を弱めるということに……」


「ばかばかしい、妄言も大概になさい」


 冥月の言葉を切って捨てるとソーラ・エンプーサは両手から火炎弾を放つ。しかし動揺により心の均衡を失った状態で使用した属性攻撃など冥月には届かず、空間に霧散させられた。


「あらゆる生命の敵対者へと落ちた超越者(アイヌア)敵対者(バウグリアス)


 軽く首を振ってからソーラ・エンプーサの背中、肥大化した腹部を一瞥し、最後に彼女の目を正面から見据える冥月。


「お前は自分を強めるためにEMS貴族への寄生、生体子宮(スレイブマトリクス)の推進などを行ってきたが、皮肉なことにそれがお前自身を弱める結果となった」


「ば、馬鹿な、その結果私はさらなる力を……」


 そう考えているのはソーラ・エンプーサのみ、すでに冥月は何故ここまで彼女が弱まったのかを見抜いている。


「世代を経るごとに魔螂族の支配を先天的に受けない者が現れてきたのは周知のこと、なまじ寄生できてもその影響で貴族たちが似たような思考になったがために理気の扱いは苦手となり、自浄も期待できなくなった」


「そんな、そんなことが……」


 絶句するソーラ・エンプーサ。冥月の言う通り魔螂虫に寄生されたEMS女性はその全てがオリジナル同様他者を見下し、和人爬人を虐げるさがを背負っていた。

 生命が持つ尊厳を理解出来ぬが故に、自然と理気に関する見識は狭まり、魔螂族ソーラ・エンプーサは弱体化したのである。


「気づいたか? ソーラ・エンプーサよ。この結果は我々がもたらしたものではない、全て貴様自身が生命を尊重できないがゆえに起きた結果だ」


 そして理気を使えぬ者が増え、古代麒麟族たる白麒将メイプルの骸を使い新たな雛形を生み出す計画を行いその過程で冥月、そしてヴィルヘルミナが生まれた。


「そう、すべては必然、この結果は起こるべくして起きたことだ」


 全ては偶然でもなんでもなく必然、自分を強めようとして結果弱めることをしたためにそこを補完しようとして最大の敵を生み出してしまったのである。

 皮肉としか言えないような結果にソーラ・エンプーサは激昂した。


「おのれ……! 下等種族ごときが、私に使役されるだけの分際で……!」


 すぐさま攻撃を仕掛けようとするソーラ・エンプーサだったが、その前に莉乃が投擲した戦斧が彼女の胸を切り裂く。


「ぎあっ……!」


「行けるぜ、冥にい!」


 動きが止まった一瞬、冥月は一瞬だけ鎧を纏い、麒麟剣に宇宙規模の理気を載せる最大火力の一撃を放った。


「これでとどめだっ! 最大火力、極めの太刀、真理力剣・(きわめ)!」


 冥月が放った一撃はソーラ・エンプーサだけではなく彼女の作り出した空間をも切り裂き、全てを無に帰す。


「お、おのれええええええええええええええええ……!」


 断末魔の絶叫を残しながら消えるソーラ・エンプーサ、最早彼女に再生するような力は残されていなかった。




「終わった、のか?」


 切り裂かれた空間から出ると、そこはソーラ・エンプーサの素体の外郭部、戦闘中に接近していたのか、すぐ下に冥月らの惑星が見える。

 しかし力の根源たる核部の消滅に伴い、惑星の重力に引かれ、すでに素体は自壊を始めていた。

 その身も後はバラバラに分解されるのみだが莉乃は微かに表情を引き締める。


「冥にい、この不穏な気配……!」


 そう、確かに核部は消滅したにもかかわらず、ソーラ・エンプーサの気配はまだ空間にとどまっているのだ。


「ああ、どうやらまだ終わってはいないらしい」


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