第百六十一話「決戦の地へ」
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罪の赦しと仲間たちの献身。
僅かな休息の後、麒麟将らはソーラ・エンプーサの待つ宙域へと向かうべくフリューゲルの艦橋に集結、その時を待っている。
冥月もまた莉乃との対話、約束の後、集合場所である艦橋に向かうために廊下を歩いていた。
かなりの激戦が予想されるため、もしかしたら数時間後にはこの世にいないかもしれない。
不退転の覚悟を決め、全ての実力を出しきらんと決意した冥月の足取りは非常に力強いものである。
「冥月さん」
長いようで短いフリューゲルの廊下を進んでいると、艦橋の前に一人の女性が立っているのが目に入った。
「アルルか、どうした?」
その姿に少なからず戸惑う冥月。艦橋の出入り口に立つ女性、アルルは普段の冷静な成熟した女性らしい落ち着いた気運ではなく、まるで少女のような、叱責を恐れるようなそんな雰囲気だったからである。
「……あなたに一つ、赦してもらわなければならないこともがあります」
おずおずと上目遣いでそのようなことを言い出すアルル。もしかしたらEMSに来る前、清一と出会ったばかりの彼女はこのような、気弱でありながら優しい性格だったのかもしれない。
そしてそれは今も変わらず、自分のしでかしたことの罪に押しつぶされそうになり、いつか来る審判を恐れているのかもしれないと冥月は何となく思った。
「……EMS側に立って和人を迫害したことや作戦上パウリナの味方になっていたことは、君が贖罪したいと願った時点で、もう赦されていると思うが……」
ならば司祭たる冥月のすべきことはその罪に赦しを与え、先へ進むための道を示すことである。
改悛の意思があるならば罪は赦されるもの、何度でも人はやり直せると告げると、冥月は神に祈りを捧げようと目を閉じた。
「違います! もっと根本的なことです」
アルルの言葉に冥月は瞳を開くと微かに首をかしげる。他に彼女が何の罪を犯しているのか見当がつかなかったためだ。
彼女の告解を待つ冥月の前でアルルは膝をつくと躊躇いながらも、口を開く。
「私は勝手な価値観から清一と私を引き離したEMSを、いえそれに抗えなかった自分自身を憎んでいました」
EMSに渡航した時、彼女はEMS人、清一は和人と同じ人間にもかかわらずに引き離された。全てはEMSに蔓延していた風潮、否それを広めた魔螂族の所為だが、アルルはそんな世界と、力なき自分を恨んでいたのである。
「復讐のためにEMSを滅ぼすことを画策したことは、別に赦されずとも良いことです」
復讐、彼女の語るところによれば、正気に戻った際、和人や爬人が虐げられることに心を痛め何とかしたいとは思ったものの、EMS打倒を願ったのはそれが直接の原因ではなかった。
全ては自分と清一の運命を狂わせたEMSへの復讐、そして無力さが故にその場所に馴染んでしまった自分自身への断罪。
高い地位にいるアルル=クララがEMS打倒に力を尽くしたのはそれが理由だったのである。
自身の内情を吐露したアルルは静かに耳を傾ける冥月の前で、ずっと言いたかったことを口にした。
「ですがそのために貴方を巻き込み、結果的にこのような重荷を背負わせてしまったことは申し訳なく思っています」
多くの戦いを、多くの悲劇を冥月に背負わせ続けたことへの謝罪、たとえ自分のやってきた復讐が許されなくとも、自分のために痛みを耐え続けた彼には、心から申し訳ないと思っていたのである。
長い沈黙の後、神への祈りを終えた冥月は静かに口を開いた。
「……私に謝罪する必要はない」
今にも泣き出しそうな顔で目を上げた先、アルルの前に立つ冥月は穏やかな表情をしている。
「先ほども言ったかもしれないが、もし心から改悛し、己の罪を自覚したのならばすでに罪の赦しを受けている」
互いの罪を断罪するために生まれてきたのではない、互いの罪を赦しあい、共に生きるために生まれてきたのだ。
「あなたの罪を赦します」
最後にそう告げると、冥月はアルルの脇を通り艦橋へと立ち入る。罪の赦しを受け、ようやく全てから解放されたアルルは、まるで少女のように泣きじゃくっていた。
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「来たぜ、主役が……」
冥月が入るとニヤリと笑みを浮かべる莉乃。艦橋にはすでに彼女だけではなく、ヴィルヘルミナ、マスティマ、清白ら冥月以外の麒麟将が揃っていた。
「待たせたな、いよいよ決戦も大詰め、これが正真正銘の最後の戦いだ」
決意を込めた冥月の言葉に四人は一斉に頷く。随分と長い戦いになったが、これで全てに決着がつくのだ。
冥月が右手を上げると、すぐさま時空捻転現象が引き起こされ、麒麟将たちを決戦の地へと誘う。
「あれがソーラ・エンプーサの最後の姿か」
冥月ら麒麟将が転移した先は先ほどと同じ宙域、しかし随分と姿が変わったソーラ・エンプーサの姿に冥月は微かに首を傾げた。
その姿はまるで虹色のどこか歪な巨大な球体。周囲を不規則で飛び回る三つの球体から放たれるエネルギーが互いに支え合い、一つの球体を形作っているのである。
「さっきまではあんな球体ではなかったはずだが……」
その球体から発せられる尋常ではない気運にヴィルヘルミナは微かに眉をひそめる。
「アルル」
すぐさまフリューゲルにいるアルルに分析を頼む冥月。一瞬だけ遅れて、彼女の声が五人の脳内に響いた。
『恐らく体内の余剰エネルギーを理気に変換して頑強な障壁を張り巡らせているものと思われます』
つまるところ球体に見える部分は理気による障壁であり、その内側にソーラ・エンプーサの本体がいるというわけである。
「突破するには?」
『お待ちください……。どうやらソーラ・エンプーサは三体の子機を中心に、それぞれ支え合うようにして障壁を展開しているようです』
子機、先ほどから衛星のように辺りを飛び回る球体。その内側から溢れ出る理気は間違いなく超越者クラス、清白は腕を組むと何度か頷いて見せた。
「魔螂族、しかもかなりの奴が担当しているとみてよいじゃろうな」
間違いなくただの子機ではない、これほどの理気を放っている以上生物、しかも超越者ほどの実力と見て良いだろう。
『いずれにせよこれだけ距離が近いとなると一方的に障壁の無効化はできません』
超越者クラスの力を持つ生命がそれぞれ支え合うようにして障壁を作っているのだ、無効化するのは困難とアルルは告げた。
「つまり、なんとか、ひっぺがえせば、良い?」
しかしマスティマはすぐさま対抗策を思いついたらしく、球体の周りを飛び交う子機を鋭い瞳で見据える。
『はい、子機間の距離が開けば障壁は弱まり突破が可能となります』
なるほど、距離的に離れれば互いが支え合うことは困難となり綻びが出るというわけだ。
しかし外側におびき寄せるにしてもこれほどの理気を持つ相手、間違いなく何か仕掛けてくるのは目に見えている。
「となれば、この役目は儂らで受け持つことになりそうじゃな」
ドンっと自分の胸を叩くと、清白は莉乃に向かって笑みを浮かべた。
「……え?」
何を言っているのかわからないと莉乃の前でヴィルヘルミナもまた破顔する。
「この先で何が起きるかは分からない、少しでもお前たち二人は体力を温存しておくべきだ」
「核部を無力化して、ソーラ・エンプーサを、止める」
どうしても内部に突入する人間は必要になるとマスティマは告げると、戦槌を構えた。
「そして今回に関しては莉乃もついていく、というわけじゃな?」
どうやら三人には冥月と莉乃の密約はお見通しだったらしい。瞑目し、頭を下げようとする冥月を、右手を上げて制止するのはヴィルヘルミナ。
「気にするな冥月、我々とてここまで幸運だけで生き延びてきたわけではない」
ここまで来ることが出来たのは実力と、生命の力たる理気を燃やしてその場ですべきことが出来たが故のこと。
確かに幸運に助けられることもあったのかもしれないが、それを差し引いたとしてもここまで生き延びることが出来たのは実力と言えよう。
「……子機を引きはがして、貴方の道を、切り開く」
言葉に直してみると非常に単純、しかしこれほどの理気を放つとなればまず間違いなくそれほど簡単にはいかないであろうことは明白だ。
マスティマもそれは十分わかっているだろうが退くつもりは毛頭なく、両の瞳には決意をみなぎらせている。
「冥月殿は気にせず、思いっきりやれ!」
刀を構えるとともに理気を集中させる清白。幼いながらも力強いその背中は、兄である清一を想起させる、純粋な心と強靭な力に満ちたものだった。
「……すまない」
一度だけそう呟くと、冥月は麒麟剣を握りしめ、莉乃の隣に立つ。おそらくチャンスは一度切りだろうが、それをモノに出来ないならばソーラ・エンプーサの撃破など望むべくもない。
「……同時に、攻める、そして……」
「それぞれ三つとも反対方向におびき寄せ、障壁を弱体化……」
「その隙に冥月と莉乃が突入する」
マスティマ、ヴィルヘルミナ、清白の三人はそれぞれの獲物を携えて不規則に飛び回る子機を捕捉、理気を高めて狙いを定める。
「よし、行くぞ!」
ヴィルヘルミナの合図とともに三人は散開、さらに理気による属性攻撃を発動して子機を別方向に誘導せんと後方に下がった。
「っ! かかった!」
「上々、あとはこいつらを、出来る限り、遠くに……」
作戦は見事的中、あまりの都合の良さに気色ばむ清白とマスティマだったが、各球体があまりにも執拗な動きで三人には迫ってくるため、清白は表情を険しいものへと変える。
「一直線に向かってくるとは、よほど我々麒麟将に対して恨みを募らせているのかもしれんな……」
次の瞬間球体から放たれる複数の火炎弾、どうやら明白に三人に対して敵意を抱いているらしく弾幕のように空中にばらまかれる激しいものだ。
「攻撃、してきた……」
「じゃがこの程度大したことはない、
しかしこの程度をかわせない三人ではない、すばやく弾幕をかわすとともに子機を引き剝がさんとさらに後方へと向かう。
「っ! 開いた……!」
球体を確認し、力強く頷くマスティマ。どうやら作戦が功を奏したらしく、球体の一部に侵入可能な綻びが現れたのだ。
チャンスは今しかない、冥月と莉乃の二人はこれを逃さんと理気を限界まで高め、突入するための予備動作に入る。
「今だっ! 行けっ!」
ヴィルヘルミナの合図とともに冥月は莉乃を連れて球体内部に突入、その莫大なエネルギーを透過して最後の場所へと乗り込んで行った。