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麒麟将  作者: 花鏡
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第百四十四話「パウリナの最後」

いつもお読みいただきありがとうございます。


励みになります。


パウリナとの決着。




 全身を変容させてその異形の姿を晒したパウリナ・イェンセン。全身から溢れ出る凄まじい理気は憎悪や怨嗟と言った負の思念に溢れており、そのあまりの暗さに冥月は微かに眉をひそめた。


「私が、私が望んだのはこんな醜い姿ではないわっ!」


 全身は魔螂族の特徴たる青灰色の肌となり、身につけるものは一切ない全裸。

 肥大化した乳房に妊婦のような腹部、さらには肩口から生えている蟷螂のような鎌とまさに異形としか言えないような姿を晒している。

 そんな彼女に対して冥月は極めて冷淡な様子で口を開いた。


「哀れだなパウリナ・イェンセンよ。他者の都合でヒトの形を捨てさせられその身を変容させられる、これまでお前たちが和人に強いてきたことが跳ね返ってきたというわけだ」


 EMS人の生活を支えるために変異させられ、死ぬまで乾電池か何かのように使われ続ける和人、変異体ネクロス

 彼らのおかげでEMSのエネルギーは安定し、極めて豊かな生活を送れるようになったものの、そのために和人たちは変異させられ、ヒトの形を強引に捨てさせられていたのである。


 そんな行為を容認し、和人の犠牲を軽く考えていたパウリナの身が、魔螂族の都合で変異することは彼らにしてきたことが跳ね返ってきた結果と言えるかもしれない。


「黙れっ!」


 冥月の指摘に激昂するパウリナ。その変異した巨大からすさまじい理気を放つと、空間全体に波紋を投げかけた。


「……なるほど、セオディア同様に特殊な方法で『魔螂羽化まろううか』しただけあって、流石に超越者アイヌアクラスの実力は持っているというわけか……」


 一見したところ強大な力を持っているように見えるが、冥月は微かに首を傾げると近くに立つアルルに目を向ける。


「アルル」


「はい、元老院議長は確かにかなりの理気を持っているようですが、自分の身を受け入れられていないために精度に疑問符がつく実力となっています」


 すぐさまアルルは状況を判断すると冥月にそう告げた。どうやらあの錫杖で理気に関しては無理やり超越者アイヌアの領域にまで高めたらしいが、器用な動きは出来ないらしい。


「……ならばやりようはいくらでもある」


 麒麟剣を構えるとともに背中から白い光の翼を展開する冥月。莉乃と清白もまたそれぞれの得物を構えるとパウリナの動きに目を凝らす。

 瞬間、パウリナの身体が不自然に震えたかと思うと産卵管から粘液が大量に吹き出し、空間と融和して蟷螂のようなシルエットを形作った。


「ふむ、苦し紛れに魔螂獣を生み出したようじゃな」


 魔螂獣、魔螂族に姿を変えたEMS貴族が大量に生み出す一種の生体兵器である。かなりの数が冥月らの前に現れたが、いずれも黄金の光を放つ荘厳な雰囲気だ。


「こいつらは真魔螂獣、ヴァスタ大陸で冥月さんが戦ったという魔螂獣の完全体です」


 アルルの言う通りパウリナから生み出された魔螂獣たちは空間を取り込み実体化した完成形。一体一体が『八識あらやしき』以上の能力を持つという曲者である。


 しかし今や超越者アイヌアに近い領域にいる冥月ら麒麟将の敵ではない。

 命知らずにも飛びかかってきた真魔螂獣の一体を莉乃は斧で一閃、焼滅させてしまった。


「……なっ!?」


「要するに今の俺たちの敵じゃねぇってわけだな?」


 そのあまりの早業に驚くアルルの前で、清白もまた近づいてきていた魔螂獣を一瞬にして切り刻んで見せる。


「そういうことじゃアルル。成長していたのは冥月殿ばかりではなかったということじゃな」


 ニヤリと笑みを浮かべる清白を前に、アルルは困ったように頭をかいた。


「麒麟将、これほどの力を持つとは流石ですね……」


 冥月ら三人はそれぞれの武器を手に次々と生み出される真魔螂獣を切り捨てていく。

 戦局自体は優勢と言えるが、本体であるパウリナを倒さねばこの戦いは終わることはないため、早急に動かねば体力を消耗するだけになるのは間違いない。


「こうなったらもう何もかも終わりよっ!」


 全身から理気の衝撃波をを放ち、真魔螂獣ごと冥月らを粉砕しようと攻撃を仕掛けるパウリナ。


「私以外の者が支配する世界になんて興味ないわ……!」


「……っ!」


 あまりにも強い負の感情、自分以外の存在が自分よりも栄えることが許せない、そのような思念に冥月は顔をしかめた。


「全て滅びて仕舞えば良いっ!」


 しかしパウリナが放った理気の衝撃波は結局『九識あまらしき』クラス、超越者アイヌアたる冥月らを倒すことは出来ない。


「かなりの理気、みてぇだな……」


 攻撃をなんとか捌くと、莉乃はそう呟く。洗練された理気による技ではなく半ば暴走状態にあるため、どのような攻撃を仕掛けてくるのか逆に読みにくいのである。


「ああ、理気に関してのみならば恐らく超越者アイヌアに追随すると言っても過言ではない、しかし……」


 ただし、暴走しているということは付け入る隙はいくらでもあるということ、冥月はパウリナの攻撃を見極めんと目を細めた。


「要は暴走、自分のなかにある負の感情とそこから生じる強すぎる理気に振り回されているに過ぎない」


 自分の生命すらも危険にさらすような行為、長続きはしないだろうと冥月は結論づける。


「行けっ! 我が娘たちよ! 逆らう者どもを根絶やしにしなさいっ!」


 相変わらずワラワラと生み出される真魔螂獣、一瞬のうちにかなりの数に増えたためパウリナに至るのにも難儀しそうだ。


「まずは周りにいる真魔螂獣どもを片付けながら進むとしよう」


 早速冥月は麒麟剣に理気を込めると一閃、雷の剣で射程内の真魔螂獣を軒並み切断、焼滅させる。


「ちいっ! クズ虫どもが、私に使い潰されるだけの奴隷の分際でよくも……!」


 悔しそうなパウリナに対して麒麟剣を振るいつつ、冥月が答えた。


「その奴隷を軽視し、冷遇してきたがための今だ。繰り返し説明していたはずだが、どうやら理解してもらえなかったらしいな」


 聖堂でもなんとかパウリナを説得しようとしたのだが、どうやら無駄に終わったらしく冥月は悲しげな表情を見せる。


「クズどもの理論なんて聞く必要はないわっ! 黙って死になさいっ!」


「……やれやれ、だな」


 次の瞬間投擲された戦斧が飛来、パウリナの産卵管を両断するとともに傷口を焼いて塞いでしまった。


「ぎゃああああああああああ……!」


 ブーメランのように返ってきた戦斧を握るは莉乃。よろよろと後退するパウリナに向かってキバを見せる。


「隙だらけだぜ元老院議長殿、戦い慣れはしてねぇみたいだな」


「り、莉乃、またしてもお前がああああああ……!」


 真魔螂獣を生み出すことは出来ないためふた振りの鎌を伸ばして莉乃を攻撃戦とするパウリナ。


「とりゃあっ!」


 しかし莉乃の放った炎を纏う素早い一閃はパウリナの伸ばした鎌はおろか、そのまま彼女の左腕をも両断した。


「あがっ! う、腕が、私の腕がああああああああ……!」


 断末魔の悲鳴をあげるパウリナ、なんとか呼吸を整えると悪鬼羅刹を思わせるような凄まじい形相で莉乃を睨みつける。


「……よ、よくも、お前はただでは殺さない。ジワジワと嬲り殺しにしてやる……」


「やれるもんならやってみろって、なっ!」


 次の瞬間パウリナの死角から火炎が吹き上がり、彼女の背中を焼いた。


「ぎゃああああああああああ……!」


 もはやパウリナの肉体はあちこちが焼け焦げた満身創痍、限界も近そうな有様である。


「凄い、あれが覚醒した超越者アイヌアの力というわけ、ですか……」


「いや、パウリナの奴が理気を使いこなせていないだけだ」


 アルルの言葉をやんわりと否定する冥月。彼女の理力値は確かに『九識あまらしき』以上と言えるが、負の感情に振り回され半ば暴走状態のパウリナは攻守ともに理気を使いこなせてはいない。


「ともあれ、早くに決着がつきそうですね」


「……いや、そうでもないらしい」


 不吉な理気に冥月はアルルの前に立つと麒麟剣を構え直した。


「お、おのれ、かくなる上は……!」


 空間内に残っていた真魔螂獣たちがパウリナの元に吸引され、次々と取り込まれていく。


「お、おぐおおおおおおおおおおお……!」


 白目を剥きながら真魔螂獣を取り込むパウリナ。輪郭自体は変わらないものの、その身はさらに肥大化し、莉乃が破壊した左腕や鎌も再生、理力値に関しても先ほどの数段上に至ったのは間違いない。


「……魔螂獣を取り込んだようじゃな」


 うんざりしたように呟く清白。その表情たるや、嫌なものを見るかのように顔しかめ、唇も引き結ぶという厳しいものだ。


「ある意味魔螂族らしいが、自分の生み出したものを体内に吸収すると言うのは生物としてどうなのじゃろうな……」


「黙りなさいっ! こ、こうなったら全て終わりよっ! お前たち全員死ぬしかないわ」


 凄まじい理気を放って冥月らを圧倒しようとするパウリナだったが、肝心の麒麟将らはどこ吹く風といった面持ちである。


「その自信はどこから来るのかわからぬが、あまり強引なことは言わない方が良い」


 微かに嘆息すると冥月はすぐ近くに立つ莉乃に目配せをした。


「さあ、束になってかかって来なさい、全員まとめて殺してあげるわ」


「莉乃一人止められぬお前が我々全員を相手にできるわけがなかろうに……」


 煽るような冥月の言葉を受けてパウリナは即座に激昂、全身から属性攻撃を放ち始める。


「うるさいっ! 死ねっ!」


 次々と属性攻撃を打ち込むパウリナだが、冥月を始め麒麟将はいずれも理気による先読みの達人、命中することはなくむしろ余裕を持って回避していた。


「ちっ! カトンボが、チョロチョロと……!」


 苛立つパウリナに冥月は涼しい口調で注意を促してみる。


「力任せに属性攻撃を放つものではない、重要なことは理気の流れを掴んで動きを先読みし、相手の攻撃を予測することだ」


「う、うるさいっ! そんなことわかってるわっ!」


 言葉とは裏腹に暴走状態にあるパウリナでは理気による先読みは困難、そんな彼女を見て冥月は軽く息を吐いた。


「パウリナ、すでに勝敗は決している。投降せよ、決して悪いようにはしない」


「は、卑しい卑猩に投降なんてするわけないでしょうが!」


 やはりパウリナはこんな状況でも投降する気はないらしい。やれやれと悲しそうに首を振ると、冥月は莉乃に視線を向ける」


「……そうか、では莉乃本気でやれ」


「本気を出しても大丈夫なんだな?」


 なにやら確認してくる莉乃。なんとなく心配そうな彼女に対して、冥月は笑みを浮かべる。


「問題ない、この空間ならば何をやっても外に影響は出ない」


「それを聞いて安心したぜっ!」


 次の瞬間パウリナの体内に流れる理気が発火、その身を内側から燃やし尽くさんと牙を剥いた。


「ば、馬鹿な、こ、こんなことが、こんなことがあって良いわけがないわ……!」


 全身を蝕む炎を消すために地面を転がりながら、パウリナはブツブツと何やら呟く。


「これは何かの間違い、こ、この元老院議長パウリナ・イェンセンがこんな醜い姿に変えられ、卑しい卑猩どもにいいように扱われるなんて、こ、これは全てただの悪夢……」


「いい加減現実を認めろよ……」


 呆れたように目を細める莉乃には見向きもせず、身を焦がす炎をなんとか消火し身体を震わせるパウリナ。


「い、いや、こんな、こんなことが、あって良いわけが……」


 現実を受け入れられずにまだ何か呟いているパウリナを見て、冥月は悲しそうに首を振った。


「残念だがこれは全て現実、莉乃そろそろ幕引きをしてやれ」


「任せな冥にいっ!」


 冥月からの下知を受けた莉乃は、背中から赤い光の翼を展開するとともにこれまで見たことがないほどの理気を戦斧の刀身に込め、理気による炎の一撃を放つ。


「真・理力剣っ!」


「ぎゃあああああああああ……! い、いや、いやあああああああ……!」


 莉乃の放った一撃により数々の生命を弄んだ元老院議長パウリナ・イェンセンの肉体は完全に焼滅した。

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